織姫と彦星よりも遠い距離で

相応恣意

織姫と彦星よりも遠い距離で


 15光年。

 織姫とされるベガと、彦星とされるアルタイルの距離らしい。

 光の速さで15年かかる距離をも乗り越えて、2人は1年に一度、逢瀬を楽しむ。

 それに比べて、4年に一度しか出会えない俺たちの距離は、どれほど離れているというのだろうか。


 *


 ホームに滑り込む電車を、窓越しに眺める。

 次々と電車から吐き出される人たちの中に、手入れの行き届いた、長い黒髪をなびかせた彼女の姿を見つけた。

 すぐにこちらに気づいて手を振った彼女に、こちらも手を振り返して応える。

「ごめんね、待った?」

 慌てなくてもいいのに、息を切らせてやってくる。

 喫茶店の窓際の席。改札が臨めるこの場所が、かつて彼女と付き合っていた時のいつもの待ち合わせ場所だった。

「いいや、一本早かっただけだから」

 本当は1時間前から待っていたけれど、それは秘密。

「えー本当? アキラはいつもそうやって嘘つくからなあ」

 こちらの嘘を見透かしながらも、茜はそれ以上踏み込まない。2月29日だけの再会は今日が2回目だけれど、4年前と変わらない距離感が心地よくて、それを口火にお互いの近況報告に花が咲いた。

 積もる話はいくらでもあった。4年という歳月を、今日というわずかな時間で埋めることなんてできやしない。できるとも思っていない。けれどもその溝を少しでも埋めようと、お互いの話はとどまるところを知らない。

 3杯目のコーヒーが冷めたころ、どちらからともなく不意に沈黙が訪れるまで、他愛もない話は続いた。

 お互いにその沈黙を楽しむかのように、コーヒーに口をつけると、なんでもないことのように彼女が切り出した。

「私ね、年内には結婚することになると思う」

「……そっか」

 それだけ返すのがやっとだった。いつかはこんな日が来るだろうと思っていたし、近況報告の端々にもそれは感じ取れていた。

「何か言うことは無いの?」

「……おめでとう。ご祝儀はいくら包めばいい?」

「それだけ?」

 彼女の眼差しが、真っすぐに俺の瞳を射抜く。

「…………」

 喉の奥まで出かかった言葉を飲み込み、視線を逸らすことしか俺にはできなかった。

 それも織り込み済みだったのだろうか。彼女は小さなため息をひとつだけついた。

「そんなわけだから、もしかしたら、これでアキラと会うのは最後になるかもしれないから……その時はごめんね?」

 そんな言葉を彼女に言わせてしまったことに――こんなにも悲しい表情をさせてしまったことに、自己嫌悪と後悔を覚えながら、俺にできるのは、笑ってごまかすことだけだった。


 *


 電車に乗り込む彼女に手を振る。

 彼女は一度だけ、こちらを振り向いてくれた。

 それが最後のチャンスとわかってはいたけれど、俺は彼女の手を握ることはせず、そのまま黙って手を振り続けた。

(2月29日だけ再会して、そのときお互いの気持ちが一緒だったなら、また付き合いましょう)

 別れの日に交わした、若気の至りの約束。

 けれど4年という歳月は、今の生活全てを捨てる覚悟を決めるための時間としては、あまりにも短く、かつての情熱の炎を燃やし続けるには、あまりにも長すぎた。

 そして4年という歳月は、過去を思い出にしてしまうのに十分すぎて、楽観的な未来を描くには不十分だった。

 前回の再会でも痛感した、その真理を、俺は乗り越えることはできやしなかった。

 俺と彼女の距離は、電車一本。けれど心の距離は、いつのまにか、織姫と彦星よりも遠くなってしまっていたのだから。

 そんな俺にできることと言えば、天の川を渡れなかった自分の不甲斐なさを呪いながら、段々と遠ざかっていく電車の姿が見えなくなるまで見送ることだけだった。


                                   了

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