第一話 忙しい一日
「わぁー」
船を降りた晴人は、島の中央に
今日から、この島に住むことになるのか。なんだか、不思議な気分だな。
ヴーヴー
ズボンのポケットに入れていた情報端末がバイブ音を発したので、電源をつける。
……しまったー。急いで行かなきゃ。あと二十分しかない。
画面には、二十分後に学園前に着く、という表示が出ていた。下調べしたときに、そこまで余裕がないことを確認していたのに、なんで忘れちゃってたんだろ。きっと、これも船のせいだ〜。
そんなことを思いながら、若干小走りになりながら、学園までの道を
「ま、間に合ったー」
情報端末に表示されている時間では待ち合わせまでまだ二分ほどの余裕があった。
今いるところが待ち合わせ場所かどうかだけを、送られてきた文書や地図とともに確認し、それが終わってから軽く身嗜みを整えた。
「あの、間違っていたらすみません。あなたは今日から編入する朝日奈晴人さんですか?」
「あ、はい。合ってます……」
声が聞こえた方を向くと、メガネをかけた長髪の生徒が立っていた。思わず見惚れてしまう。
「私は高等部一年の
「わかりました」
それだけ聞くと、小早川はスタスタと学園の中に入っていった。声は少し低いが女っぽい声だけど、おそらく制服であろう服装ではズボンを履いているし、何より名前が男性名なのか女性名なのかわかりにくい。
そんなことを考えながら、晴人は小早川の後ろをテクテクとついていった。
校舎の中に入ると、すぐに二階に続く階段があるエントランスホールに出るのだが、それには目もくれず、奥へと進んでいき、エレベーターに乗った。
歩いている間はよかったけど、エレベーターの中でも一言も交わさないでいるのは相当気まずく思った。幸か不幸か、エレベーターに乗ったときに、小早川が三十三階のボタンを押しているのが見えた。まだドアが閉まったばかりなのでそれなりに話す時間がある。
それならと、晴人はこの学園に来たら聞きたかったことを早速小早川に聞くことにした。
「あのさ、答えたくなければ別にいいんだけど、小早川さんはいつからこの学園にいるの?」
「そうですね。まあ、まだ時間はありますし、答えます。私は中等部からですかね」
そう言い終わるが早いか、エレベーターの入り口とは反対側から眩しいほどの太陽の光が入ってきた。思わず、その眩しさに目を細める。小早川は器用に手で日光が目にあたるのを防いでいた。
「どこまで朝日奈さんが知っているかは分かりませんが、この学院は早くて小学部から入学し、学ぶことができます。まあ、小学部から入ってくる生徒の大半が生活が苦しくない家系ばかりですが」
ちょうど、エレベーターのドアが開いた。
「乗り換えます。こちらへ」
そういうと、僕の前をスタスタと歩いて行った。
降りた三十三階は外側がガラス張りになっていた。その分、陽の当たる側は廊下は照明がついておらず、陽の当たらない側も必要ないのかデザインなのか、照明はほんのりとひっそりとついているだけだった。足元がきちんと見えていて、壁に取り付けられたプレートの文字が読める程度に。
小早川がボタンを押すとすぐにドアが開いた。小早川に従って、エレベーターに乗り込む。
「この学院で学ぶほとんどの生徒が、中等部から入ってきた人達ばかりです。そして、高等部から入ってくる生徒はなかなかいません。というより、高等部から入ってもメリットがあまりないので、入ろうと思うものがほとんどいません。現に、後頭部からの入学者は、少なくともここ十年の間はいなかったそうです」
今、小早川が言った言葉が何度も頭の中に響いた。
告げられた事実が重くのしかかる。
後頭部を何かで殴られたような鈍い揺さぶりを感じる。
思わず、瞳孔がカッと開く。
心臓の鼓動が早くなる。
多分、今の自分は動揺している。
調子に乗って、浮ついた気持ちで、変に聞かなきゃよかったと後悔している。だって、自分で自分の古傷を抉ったのだから。
それが結果的であったとしても。変に喋るんじゃなかった。
僕がこの学校にきた理由は、表向きには一つ、ある。
もちろん、一つは魔法の技術向上のため。別に、学園に通わなくても魔法技術を磨くことは可能だ。だから、あくまでこれは表向きの平凡な理由だ。そして、もう一つは。
「着きました」
チーンと音が鳴ってエレベーターのドアが開いた。
その音で、痛みも鼓動の早まりも、動揺がおさまった。
どうやら目的の階についたらしい。
相変わらず、小早川の後に追いつくようについていく。
さっき、横目に見たけど、この階は五十二階らしい。
エレベーターを降りた場所からほんの少し歩いたところにあるドアの前で、小早川は立ち止まった。
コツコツと、二回、ドアを叩く。
すると、中から「どうぞ」という声が聞こえた。
「失礼します、会長。朝日奈晴人さんをお連れしました」
「ありがと、裕ちゃん」
「やめてください。その呼び方恥ずかしいんです」
少し頬をプクーっと膨らませた小早川に促されて、部屋に入る。部屋の中には一人の少女がソファーの背もたれに腰を下ろしていた。
「それでは。私はここで失礼します」
そう言って、小早川はドアを閉めた。ドア越しにコツコツと靴の音が聞こえる。
「さて、君が朝日奈晴人くん?」
「はい」
思わず声が裏返った。それが面白かったのか、会長さんが可愛らしく笑った。
「いやー、すまん。さて、高校からの入学おめでとう。この学園は君を歓迎する。私は高等部二年の
そういうと、天馬さんが僕の近くまで来て右手を差し伸べてきた。僕は慌てて左手に持っていた荷物を右手に持ち替えて、握手に応じた。
「さて、入学した君には説明しておかなきゃいけないことがあります」
天馬さんが指を鳴らすと、窓に遮光用の幕が降り、僕と天馬さんを結界が囲んだ。
「さて、説明して行くわね。この学校、というより、この島は地球全体の各地から魔法を学ぶために人が集まっていること走っているわよね?もちろん、今更異文化がどうとかは知ってると思うけど、特にこの島の中は狭い範囲の中で各地から来た人たちが生活しているから、ここに来る前にいたところよりも発言や行動には注意してね」
天馬さんが説明している間、天馬さんの発言に合わせて結界内に見える情報が変わった。それは景色であったり、文章であったり、様々だった。
「で、ここからが重要なんだけど、この学園では決闘というシステムを許可している。決闘というのは、生徒同士のいざこざを解決する手段として用いる。もちろん、異文化での風習や価値観の違いを理由とする決闘は許可されていないがな」
「だいたいわかりました。ちなみにですけど、決闘はどうしたら始まるんですか?」
「それじゃあまるで、決闘をする前提で話しているように聞こえるが」
「ち、ちがいます!」
それを聞いた天馬さんは、おかしそうに笑った。
「まあ良いか。簡単に言うと、学生証端末で決闘のボタンを押す事で始めることができる。ああ、そっか」
そう言って、天馬さんは指を鳴らして結界を解いた。そのまま壁際の棚を開けて、中からスマホサイズの四角い板を取り出した。
「電源をつけてみろ。それが君の学生証端末だ」
壁面についているいくつ化のボタンを順番に押していくと、おそらく上にあたる面の長細いボタンで電源が入った。
電源がつくと、数秒後に『ログインしてください』と言う案内文が出てきた。
「あの、このログインって何すれば」
「ああ、それは新規登録のところに進んでくれ。で、個人情報を打てば出てくる」
どんな仕組みなのかが気になるけど?言われたボタンを押す。
え?
生年月日は2567年5月27日っと。
性別は男。
出身地は……
その後、所属予定学年やパスワードなどを入れると、『登録完了しました』と言うテロップの後、調査書に付属して送った顔写真と学籍番号などの情報がまとまったページが出てきた。
「終わったか?」
「はい。で、決闘の説明の続きをお願いします」
「決闘のボタンを押すと、その後に決闘の理由を簡単の選択する。他人の目はごまかせないし、島内の至る所に監視カメラがあるから、嘘の選択はダメだ。その後に決闘相手に受諾するか否かがメッセージで送られる。もちろん、相手側は拒否することができる。そして、相手が受諾し次第、勝手に決闘が始まってくれる。まあ、細かい仕組みとかは私もわからないところがあるから、決闘好きな知り合いを作るか、情報通に聞いてくれ」
「わ、わかりました」
魔法学園都市 レテスフィア 帳要/mazicero @magisero
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