夜明け

 深い霧が揺らぎだし、海のように、星々のように、その身をまたたかせる。

見れば、足下の泥中でいちゅうから、みずみずしい花芽かがが、いきいきと顔を出していた。間もなく現れたのは、薄紫の花弁かべん。ラベンダーの香りが、優しくただよう。

この大地が、初めて優しさを覗かせた瞬間であった。

一輪の花から、波のように緑が広がってゆく。

東の空には、装いを改めた朝日の、桃色の輝きと、少しばかりの綿雲わたぐもの、西を目指す姿があった。


 緑の細波さざなみが、丘を登ってゆく。すっかり色に染まったかと思えば、絵の具を流すように、赤や黄の美しい花々が、天辺てっぺんから低いほうへと、鮮やかに丘を仕立て上げる。

その様子は、空へと背を伸ばす果樹の艶やかな青葉、果実に隠れ、やがて見えなくなった。

更に高くそびえる北の遠山とおやまは、冬の白雪をかぶり、ほのかな霧中で朝日を浴びる。それはまるで、宙を浮遊しているかの如く、壮麗だ。


 小川のせせらぎが、右から左へと、蘇ってなだらかに流れる。

夜明けと共に、何処からかやってきた小鳥たちが、後ろから前へと、滑るように飛んで行く。そして木の葉に囲まれた小枝にとまり、その色鮮やかな身を休めるのだ。

喜びを仲間と歌い合うと、再びたわむれに飛び回った。

空を見上げると、大きく羽ばたく旅鳥の親子。七色の陽光ようこうを翼に浴びて、頭上を行く。

雄大な石の古城を越えて、南の空へ消えていった。


 かすんで見える城門から、一本の小道が伸びている。

男は貴族の身形みなりで、城から道を下り、人型ひとがたの前で足を止めた。

「美しい自然だ」

小さくひらけた場所から、辺りの木々を見渡す。

「これを待っていたのだろう?」

人型は、小さな岩に腰かけ、うつむいている。

「僕と、お茶をしよう」

男は、茶会の相手を見つけた。

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