3−6「裏方と裏事情」

ついで、曲を聴こうとポチポチとスマホをいじる里中さんに目をやり、江戸川は近くに止めていたバンの方へと行き何かを持ってくる。


「で、今回は里中ももちろんだが、お前さんたちも頑張った身だ。報告書類等もこっちで書いておくし、早帰りの直帰の上に、ボーナス増額は当たり前として…ついでにサブの報酬もやらないとな。」


そう言いつつ、江戸川は主任の手にポンと何かを渡す。


「ほい、今回の成功報酬。保冷剤は入っているが早めに持って帰って食えよ。」


それは、どこにでもあるお菓子屋のケーキの箱。


中に見えるのは何の変哲もないホールタイプのフルーツケーキのようだったが…どうやら主任にとっては違うらしく彼女は膝を震わせながら中身を見つめる。


「ぐ、こ、こんなもので…私が…!」


そこに、江戸川は首をかしげる。


「ん?違ったか?これは年に一度だけ駅前のケーキ屋で販売される10個限定のカスタードフルーツケーキで限定個数ゆえになかなか手に入らない代物だと聞いていたが…違うなら、俺が持って帰るぞ。」


そう言って、引っ込めようとする江戸川の手から主任は素早く箱をもぎ取ると、まるで子供のように後生大事に抱え込む。


「ま、まあもらってあげてもいいわよ。本当は有給使ってでも買いに行きたかったものだし…て、いうか小菅くんはどうなのよ。何にもあげないつもり?」


そう言って噛み付く主任に苦笑しつつ、江戸川はこちらの方を向く。


「じゃ、リクエストに答えて小菅にはこのメルアドと電話番号をやろう。」


そう言って、胸ポケットから出したのは一枚の名刺。

書かれているのは大手出版社の社名と一人の名前。


「…お前さんはどうもここ最近、小説がスランプ気味じゃないか?で、その原因を鑑みるに出版社の色を意識せずに空回りをしている感じがする。」


「え?」と顔を上げる僕。

そこで、「ま、ここだけの話なんだがね」と付け加える江戸川。


「出版社にはその作風の合う合わないがあるんだよ。雑誌の全体をざっと見た時にバランスが取れるような作家を出版社は欲しがるんだ。で、お前さんは、この数年間のあいだに一つの出版社にばかり応募している…違うか?」


…違わない。

そこで、江戸川はゆるゆると首をふる。


「そこが、間違いなんだよ。お前さんが受賞したのは出版社の合同企画の賞だっただろ…現にここの担当が不思議がっていたぞ。なんでこいつは自分の得意分野に合わない出版社に作品を出し続けているのか、このままじゃ腐ってダメになっちまうって…で、業を煮やした俺が名刺をもらってきてやったというわけだ。ま、メールだけでもしてみな。こいつは昔馴染みだが人を見る目はそんなに悪くない、良い相談相手になってくれるはずだ。」


そう言って、したり顔をする江戸川に僕は思わず尋ねる。


「でも、なんでそれを江戸川さんが…」


江戸川はそれを聞くとニタアと笑う。


「なあに、俺はコネと情報を集めるしか能のない人間だからね。それで睡眠時間を削ってまで必死に無駄なことをし続けている社内の人間が少しでも報われるなら、それに越したことはないのさ。」


ついで、主任を見る江戸川。


「それと、ドグラ。今回は及第点にしておくが、部下の健康には気をつけておけ。俺が教えた通りに即死や大怪我については多少の無茶はできるが精神的な疲れは難しいからな。特に、今回みたいなタイプは精神的に不安定なやつほど引っかかりやすい。重々注意しておくように。」


そう言って、ひらひらと手を振る江戸川に「えっらそうに!」と舌を出す主任。


「もう帰ろ、小菅くん。コイツはそういう奴なんだから。」


主任はそう言うと里中さんを伴って江戸川が用意した帰り用のバンに乗り込み、

僕は同乗しつつも思わず主任に尋ねる。


「…あの、江戸川さんって主任とどういう関係なんですか。」


すると、主任は「チッ」と舌打ちしてエンジンをかける。


「昔の上司、今は情報部の部長。以前は私も情報部にいたんだけど、あいつが趣味にしている盗聴と社員の個人生活の詮索に付き合わされるのにうんざりしてね…ま、それ以外にもいろいろあったけど…今回はその話はパス。」


そうして、車を動かし死体の山から離れていく主任。


「何にせよ、領域から離れたとはいえ私たちは山の影響下にあったからね、壁に耳あり障子に目あり、この監視下の中でうかつなことは話さない方が賢明よ。」


そんな主任の言葉につられ、後ろを見た僕は気づく。


…後部座席から見える遠くの山。

あの遺体にくっついていた黒っぽい根と同じ色をした不気味な山。


その山こそが、今まで僕らを監視していた強烈な視線の正体であったのだと…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る