3−4「伝説と切り替え」
『ドグラ、スマホのミュージックアプリを起動しろ。切り札が入ってる。』
スマホから流れる男の声にすかさず主任はナビのスマホを操作する。
ついで、車内いっぱいに流れてきたのは僕が初めて耳にするアップテンポな曲。
…だがしかし、なんだか曲の内容が怪しい。
いや、確かに曲は曲なのだが、内容が女の子の日常の気持ちを歌ったものであり、それを歌っているのがなぜか二人の男性ボーカルなのが、なんとも言えず…
「はうあ!それは『僕らは百合じゃない』のコミケ限定版DLソングじゃない!?初回限定で回数に制限がかけられていてわずかな僕百合ファンの女子の間でしか手に入れることができなかったという伝説の曲…!」
シートベルトで押さえつけられながらも前に乗り出す里中さん。その表情は歓喜と興奮に満ちあふれ、先ほどのダウナー状態はどこへやら…
「女装姿で恥じらいながらも歌う、ダブル主人公のジャケット表紙がSNSで話題になって、限定版ゆえに公式でもファン同士の曲の取引が厳重に禁止されていて、もはや耳にするだけで伝説と言われる曲がどうしてここに…!」
…いや、知らないよ?そんなこと。
元気になった里中さんの異常なまでのマニアックな興奮ぶりにドン引きする僕。
そんな里中さんにスマホの男は提案する。
『うんうん、効果は抜群だな。里中、ここを無事に切り抜けたらスマホごとこの曲をやってもいいぞ。なんならツテで次回のコミケ限定のDL情報もやろう。』
「あ、ヤバ。私この危機的状況で絶対生き残らないと。」
ぐっとガッツポーズをする里中さん。
僕は里中さんの知りたくもない一面を知り、やや彼女と距離を置こうとするが、その時気づく。
車から先ほどまで張り付いていた虫がぺりぺりと少しずつ剥がれていくことに。
晴れていく視界の中、追ってくる黒い人だかりの足が遅くなっていることに。
『標的の思考に割り込めない上に、向こうさんの苦手な特定の周波数に合わせた低周波も混ぜているからな。文字通り虫除けになっているというわけだ。』
得意げな声がスマホから流れる中、主任はジト目でスマホを見る。
「…江戸川、最初からこうしとけば問題なかったんじゃないの?」
すると、スマホごしの声は『んなもん、わかってるだろ?』と続ける。
『それじゃあ囮にならない、ここまで一定数を引き付ける必要があったからな。幸いにして間もなくゴールだ。出口には俺を含めたエージェント数人と撤去班がいるから指定されたところで車を止めてくれ。』
その言葉を聞いた主任は舌打ちをしてハンドルを握る。
「クッソ、こうなるってわかっていたら今日の仕事有給にしとくんだった…」
そうぼやきつつも主任は車の速度をわずかに緩め、道の先に見える人々…僕らを待ち構えていたのか、重装備をした撤去班と神官と思しき格好をした人だかりの中へと社有車を走らせていった…
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