レポート・3「某峠道、山内清掃」
3−1「カーナビは帰還中に指示を出す」
『およそ400メートル先、左方向です』
スマートフォンに搭載されたカーナビの声が車内に響く。
…誰かに、見られているような気がする。
11月の舞い散る紅葉を見ながら、僕はそんなことをぼんやり思う。
(いや、違う。あれは、見られるようなものではなかったのだ。)
後部座席に身を縮こめ、ポケットに入れた社用のスマートフォンに目を落とす。
…昨日知った、二ヶ月前に応募したウェブの短編小説の結果発表。
以前までは最低でも最終選考までは入っていたはずなのに、いざ執筆を再開してみると僕の作品名はそこに載っていなかった。
仕事や鬱で確かにブランクは空いていた。
でも、馴染みの読者から再会を喜ぶコメントや評価をくれた形跡があったので、それなりに編集の目には止まっていたと思っていた。
(…選評にはレベルの高い作品が多いって書いてあったし、つまり、僕の実力がブランクが空いた分、水準に達していなかったと言うことなのだろうか?)
…気落ちしているせいか体が重たく感じる。
仕事を終えた疲れも重なり、シートの上で潰れそうになる。
『この道、左方向です』
そんな折、僕の隣で明るい声がした。
「…今日は連れて行ってもらって、ありがとうございます。」
そう言って、頭を下げるのは高校時代の同級生である里中さん。
彼女は事情があって5月に僕と同じ会社に入り、現在、科学研究部門の検査課の解析班で仕事をしているのだが、今回は二つほど山を越えた某有名神社の宝物庫に異常がないかどうか調査をするため僕らに同行していた。
「おかげで十分な話を聞くことができました。」
そう言って笑顔を見せる彼女の顔は生き生きとしており楽しげにさえ見えた。
…そう、清掃業の傍ら、駄作しか執筆するしかできない僕と違って。
一瞬、そんなことがよぎり、僕は頭を振って窓の外を見る。
(ダメだな、まるで僕が彼女を
山道を抜け、周囲に田んぼと木々が続く。
少し遅い山菜採りの後か山の斜面を降りてくる人の姿もまばらに見える。
「…宝物庫の清掃はちょっと面倒だったけどね。管理者も変わったし物の配置も微妙に変わっていたけど、まあ、異常のない範囲だし、数年後に問題が起きたら、その時はその時かな?そうそう、話は変わるけど小菅くんも来月で勤めて1年になるし、里中ちゃんは半年かあ。月日が経つのは早いわね。里中ちゃん、仕事の具合はどう?少しは慣れてきた?」
ハンドルを握る主任は会社から渡されたスマホのナビをチラチラ見る。
すると、里中さんは「多少は」と僕の隣で控えめに答える。
「学ぶことがたくさんで大変な時もありますが、担当の漆原先生もわかりやすく指導してくれますし、毎日視野が広がるので楽しいですよ。」
「それは重畳」と言いつつ、主任はスマホを見て「んー?」と首をかしげる。
「なんか行きとルートが違うわねえ。別にどちらの道で行っても時間に変わりはなさそうだけれど、なーんか引っかかる気がする。」
里中さんは前に身を乗り出すと心配そうな顔をする。
「…え、壊れてるんですか?一応、システム管理部から支給された最新機種だって聞いているんですけれど。」
それを聞いた主任は「ちゃうちゃう」と手を振る。
「神社までのルートは正確だったし最新機種なのは本当。ただ、上からのお達しでこれを使ってルートを進むように言われたってのが、どうも引っかかってね…里中ちゃん、このスマホ、誰からもらったものかわかる?」
後部座席の里中さんはその言葉に首をかしげて見せる。
「えっと、出る前に神社の経過観察の書類一式と一緒に漆原教授から渡されたんですけど、システム管理部の誰からというのは、ちょっとわからなくて…」
困った顔をする里中さんに主任は「ま、別にいいけど」と付け加える。
「ただ、この道がなーんか引っかかるのよ。前に面倒なことがあったような気もするし。でも、上からのお達しだから、それ以外のルートを使ったら文句言われるのも目に見えてるし…」
と、ブツブツ言ったところで里中さんが不安そうに周囲を見る。
「…あの、さっきから妙な視線を感じるんですけど。」
「ん?」
そう言って、主任は車の速度をほんの少し緩める。
…田畑の奥に見える森。
その向こうから数人の男女がこちらに手を振りながらやってくるのが見える。
『そのまま、道なりです』
カーナビの機械的な音声が妙に耳につく。
その時、主任がアクセルを踏む音が聞こえた。
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