2−5「餓鬼」
村が飢饉で滅んだ後、土地開発が進み民間経営のパーキングエリアができた。
交通の便も良かったためそこは繁盛し当時はフードコートも充実していたのだと先生は言う。
「でも、それからしばらくしないうちにフードコートで行方不明者が出るようになってね。警察の捜査が入るもわからずじまいで評判が落ちて、とうとう人が入らずに潰れてしまったんだ。」
だが自体はそれでは収まらず、この辺りの行方不明者は年々増え続けていき、結果としてこのフードコートは会社の管理するものとなったのだという。
「調査の結果、あの店にいる存在が客を呼び寄せることが分かったんだ。呼ばれた客は店の食べ物を食べることで異質な存在の仲間入りをし、次の客を寄せていく。そのサイクルであの場所は成り立っているというのがこちらの見解だね。」
…まあ、見ていただけに僕にもその仕組みは分かる。
では、結局あれは何なのか。
すると先生は一瞬話を止め、「うーん、話してもいいけど、これで小菅くんが今日の夕飯が食べれなくなっても嫌だしなあ。」となぜか悩ましげな口調になる。
でも、僕も知りたいものは知りたいし主任も「いいよ、言っちゃえよ」となぜかタメ口で先生を煽っていく。
「うーん、じゃあ話しちゃうけど、小菅くんは今日の清掃をするときにインカムをつけていたよね?監視カメラを見ながら指示を出す僕らの声を聞くために。」
僕はそれを聞いて頷く。
…そう、今日の清掃は撤去班から出された指示の範囲内で行われていた。
普段行わない清掃方法に僕はどこか訝しみつつも作業をしていたことを思い出す。
「でね、なんで画面を見て指示を出すかっていうと、あの監視カメラで見る景色と、小菅くんたちが見ていた店内の景色が違うからなんだよ。」
(…?)
疑問に思う僕に先生は答えにくそうに言った。
「実は、あの室内に入ると認識能力が書き換えられてしまうんだ。本来無いものがあるように見え、本来その場にあるものが見えなくなる。小菅くんはただ室内清掃を行っていたと感じていたようだが、それは違う。撤去班が大方を片付けた、さらにその後始末として床掃除をしていたんだよ。」
インカムの向こうでは「右、二歩ほど前」など単調な指示が出ていた。
僕はそれを疑問に思わず普段よりも綺麗な室内だと感じながら清掃をしていた。
…でも、それは違っていた。
「君はその一端を見ているはずだし話してもいいかと思ってね。フードコートのドアの前で主任さんに中に入るのを止められていた時、君は室内の本来の姿を見ているはずだから。」
…僕はあの時の事を思い出す。
鼻をつく硫化水素の匂い、角の生えた女性、洞窟のような場所。
あれが、あれがフードコートの本来の姿であり…
「あの場所で彼らは常に飢えている。そして客を入れることで空腹を満たし仲間を増やす…もちろん、客が幸福なのは最初だけで、そのあとはさらなる飢餓感に苦しむしか無いのだけれど。」
(…?)
女性の食事風景を見ていただけに、先生の言葉に僕は疑問を感じる。
それに応えるよう主任がこう付け加えた。
「先生は言っていたでしょ?あの場所では認識能力が狂わされる。だから、彼女が食べたものはオムライスじゃない。彼女の認識が小菅くんに共有されて、そう見えただけ。彼女は食べていたんじゃない…あの場の存在に彼女は食われていた。だから、本当に彼女が食べていたものは…」
その言葉を遮るように、先生は言った。
「今頃は撤去班が本来の肉体である彼女の残骸を片付けているはずだ。散らばったそれらを片付けるのも僕らの仕事だからね。実はその前にもう一件、ドライブスルーと間違えて来たカップルがいた。小菅くんが清掃していたのは、その最後の後始末だったというわけだ。」
僕は最初にあのフードコートで清掃していた時のことを思い出す。
綺麗だと思っていた室内。活気付いたフードコート。
でも、撤去班が見ていたカメラにはおそらく違う光景が映っていたはずだ。
「でも、小菅くんがあの場で食事をしなくて本当に良かったよ。食べていれば、確実にあちらの世界の仲間入りをしていたからね。」
そして、先生は最後に残ったお茶を飲むとこう言った。
「…誰だって、餓鬼にはなりたくないからね。」
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