2−4「角の生えた人」

あの時に起きた出来事が、僕は未だに信じられない。


フードコート内でオムライスを口にするマダム。


社員のほぼ全員がバスの近くにいるため止めることができず、僕も必死に走り出すも距離があるため近づけない。


彼女は食べたものを咀嚼し、飲み込み…ついで、勢いよく掻き込む。


オムライスを。皿の上の食べ物を。

品性のかけらもなく、さながら獣のように。


そして、皿を空にしたマダムであった女性は立ち上がる。

ギラつく眼でさらに食べ物を探すように辺りを見渡し、店の奥へと歩き出す。


そこで、僕は彼女の異変に気付く。


…彼女の額に突起が生えていることに。


肉を突き破る三角形のエナメル質の白い物体。

角と言っても差し支えない物体。


そして、彼女の瞳の変化に僕はぞっとする。


それは、もはや人の眼ではない。

暗い眼窩。通常の二倍ほどの巨大なアーモンド型に開かれた眼。


店内にいた顔の見えない店員。

彼女が立ち上がると同時に彼らの姿が実体を持ち出した時、僕は悟る。


彼らも人ではなかった。

彼女と同じく頭部に角を生やし巨大な瞳をした何かだった。


同時に、フードコートの店内も今や岩場から煙を出す洞窟へと変化し、ドアへと近づいた僕の鼻に温泉地で嗅ぐ硫化水素特有の匂いが漂ってくる。


フードコートのドアに辿り着くまで、まだ数メートルの距離。


洞窟の中へと彼らは進んでいく。

暗闇と赤い光の爆ぜる洞窟の奥へ。


飢えに満ちた顔をしながら、ねぐらに帰っていくように。

かつてマダム然としていた彼女を新たな仲間としながら…


「大丈夫?小菅くん。」


主任の言葉に僕はハッと顔を上げる。


…そこは、パーキングから離れた茶屋にある喫茶コーナーの一角。


机の上には名物の饅頭が二つと熱い緑茶が入れられており、慌てて湯のみに口をつけた僕は「あちっ」っと声を上げた。


「…そんなに急いで飲まなくていいわよ。ティガー先生の奢りなんだから。せっかく午後の仕事も免除してもらったんだし、ゆっくり休んで帰ればいいわ。」


そう言われ、僕はようやくあのフードコートの事件の後、午後の清掃がキャンセルになり主任に連れられて茶屋に来ていたことを思い出す。


ティガー先生と呼ばれた向かいに座る男性はフレームが虎縞模様の変わった眼鏡をかけているが…何というか、全体的な印象が薄い感じがした。


顔立ちがぼんやりするのはもちろんのこと、全体的な印象がつかめず、眼鏡の模様ばかりに目が行き下手をすると眼鏡だけ空中に浮いているようにすら見える。


…いや、そんな失礼なことを考えてはいけない。いけないのだが、


「あ、別にいいですよ。額に汗を浮かべてまで必死に僕のことを見なくて。」


そう言ってハハッと渇いた笑いを上げる先生はますます印象が薄くなった感じがし、主任はやれやれと首をふる。


「先生は可哀想に、主張すればするほど影が薄くなる体質でね。なんで先生って呼んでいるかというと元々民俗学者として名の知れた人でね。エージェントとしてこの辺りの管理と研究をしている人でもあるんけど、うちの会社のアドバイザーも兼任している、結構すごい人なのよ。」


それに先生はますます影を薄くさせ、今度は照れたような声を上げる。


「いえいえ、僕の知識が役立てるのならそれでいいんです。それに僕はどちらかといえばフィールドワーク派なんで。エージェントとして現地のことを見聞きして今後の対策を立てられるのなら、それに越したことはないわけで…」


そう言って先生は謙遜しながら話すのだが、ますます影は薄くなっていき、気がつけば先生も注文をしたはずなのに饅頭どころかお茶すら出してもらえていないことに僕は気がつく。


主任もそれに気づいたのか慌てて店の店主(70歳くらいのおばあちゃんだった)を呼び出し、お茶とお饅頭を出してもらうのだが、そこで主任がバスの中でバラ撒いた饅頭は、どうやらここの店のものであったらしいと分かった。


「…ここは地元でも有名な老舗饅頭屋でね。文献にはすでに江戸の頃から街道に茶屋として開いていた記述もあるから随分と古い場所なんだよ。スタッフのおやつから非常用の食用菓子まで重宝しているんだよ。」


そう言って、先生もパクッと饅頭を食べる。


「…それにしても、小菅くんにはすまなかったね。ここの現場は初めてなのに、あまり説明もしないで巻き込む形になってしまって…本来ならもう少し話をして事前知識を渡すべきだったのに、何事も後手後手になってしまって。」


しょんぼりする先生に主任はぬけぬけと「慣れてますから。」と付け加える。


「まあ…大型バスが来ることも、年に2、3度あるかないかの出来事だからね。一応対策も立てているんだが、それでも助けられない人が出てしまうのはこちらとしても歯がゆい話でね…」


そうして饅頭を頬張る先生に、僕は恐る恐る聞く。


「では、あのフードコートはなんなんですか?なんで人を寄せるんですか?」


それに先生はお茶をズズッと飲むとこう言った。


「…あんまり人に言っちゃあいけないんだけどね。昔、この辺りで大規模な飢饉があった。村はほぼ全滅、土地のほとんどは山に還った。実際村がここにあったこと自体、最近になって文献が見つかるまで忘れられていたんだ…そして、フードコートに居たは飢饉で死んだ村人の成れの果てなんだよ。」

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