2−3「観光客は飢えている」

「やばいわね。」


そう言うが早いか、主任は社用車のドアを開けて外へ出る。


…実は、このパーキングエリアに来るまでの道路は封鎖されている。


道には立ち入り禁止の看板が置かれ、赤いコーンとポールで先に進めないようになっている上、入り口近くには撤去班が車で常に待機しているために容易に中には入れないようになっていた。


しかし、現に観光バスは駐車場に停車し、観光客を吐き出し続けている。


首にカメラをぶら下げた男性やオシャレなカバンを持ったマダム。客の大部分は年寄りだったが中には大学生や親子連れの姿もあり、誰もがこの施設に入れると思っているらしく、バスから出ると周囲には目もくれず皆一様に目の前の建物に向かって歩き出していく。


「客が中に入る前に止めないと。小菅くん一緒についてきて。」


主任が言うのと同時に、控えのテントから十数人ほどの撤去班や救護班が血相を変えて走り出てくるのが見えた。


彼らは長い一本のしめ縄のようなロープを、まるで綱引きのごとく手に持って(主任はこれを簡易的な結界だと言った)統制された動きでバスから吐き出される客の周囲を囲い、縄で作られた即席のバリケードで彼らを足止めをする。


「…小菅くんは漏れがないように左のロープを持ってる人たちに加わって。私は押し返す方に加わるから。人数が多いから上手くまとめきれるかどうかは怪しいところだけれど。」


主任の言う通り、僕も急いでロープをつかむがバスから吐き出される客は何十人もいて、僕ら社員の姿が見えていないのか、まるでレミングの群れのように一塊となって前へと進んでいく。


そうしている内に早くもロープが軋み始め、撤去班の声が周囲に上がる。


「お願いですから入らないでください!」


「ここは立ち入り禁止です!」


「あ、眼鏡が落ちた。誰か拾ってくれないか!?」


まさに阿鼻叫喚。


ロープの中から手や腕を出す客の群れはゾンビ映画さながらで、眼はギラギラと光りよだれまで垂らす者もいて、とても正気でないように見えた。


「誰か、テントの中にある非常用ダンボールで陽動を頼む!」


悲鳴にも似た指示がどこかから飛ぶ。

…それから間もなく、バスの近くで声がした。


「こっちにお菓子がありまーす!みなさん取りに来てください!」


見れば、主任がバスの中に移動していた。


バスの窓から顔の女は顔を出すとダンボール箱いっぱいの菓子を振って見せる。

箱の中には大量のビニールに包まれた饅頭の小包装。


そして、主任は客の注目が集まると見るや、車内に饅頭をぶちまけた。


はたから見れば何をしているのかとすら思える光景。

しかし、囲われていた客はそれを見るなり我先にとバスへ駆け込んでいく。


彼らの目指すものは車内に撒かれた饅頭。

入り込んだ者から落ちた饅頭を取り合い、もみくちゃになる車内。


主任はこうなることがわかっていたのか、あらかじめ開けていた窓からひらりと飛び降りるとこう叫んだ。


「早く、社員はバスを結界で囲って。一人はバスを運転して外へ出す!」


そこから先は早かった。


残りの客をバスに押し込んだ後、社員は周囲にロープを張り巡らし運転席に座った撤去班の運転でバスは迅速に外へと出される。


結果としてみれば、主任の行動は大成功。


見た限りではロープの外に漏れた人はいなかったし、今では全員がバスで安全な場所へと移送されているはずで…


「そうでもないわよ。」


指差す主任に僕は人がいないはずのパーキングエリアを見る。

…そして、僕は知った。


パーキングのフードコートに人影があることに。

先ほどロープの中にいたマダム然とした女性がいることに。


そして彼女は涙を流しながら、皿のオムライスを口いっぱいに頬張っていた。

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