1−2「サボりの勧め」
「俺が死者かもしれないって?ここが彼岸だから?」
途端に男性は腹を抱えてゲラゲラと笑い出す。
「…ねーよ、そんなオカルト。っていうか、お化けが見えるのは精神異常の一つなんだぜ。ネット検索すれば論文付きでそんな話がゴロゴロ出てくる。脳内に分泌されるホルモンバランスの崩れとか、単なる見間違いとか…」
ひっ、ひっと引き攣れるように笑い終えた男性は首を振る。
「あーあ、小菅クンも上司にそんな話でたぶらかされちゃってマジかわいそう。入社の時に色々丸め込まれたんだろ?鬱で人生に絶望して死にたがっているなら死に場所を与えてやるとか、それでも人生に希望があるとか…いやいやいや…、ねーし、諦めろよ。お前は俺と同じ就職氷河期世代だし、お互い不幸の坂を転がって、ただ生きていくしかない人間なんだからさ。」
いつしか周囲で清掃する社員の姿も見えなくなっていた。
僕は黙って仕事を進めることにし最後の墓石の苔を落とすため磨きにかる。
…そこで気づいたことだが、どの墓石も苔が満遍なくついていて足元も壁も苔むしていることから、室内にも関わらず湿気が多い場所のように感じられた。
そこに、男は割り込んでくる。
「だーかーら、やめちまえってそんなこと。意味ないんだよ。俺だって入社当初は金回りが良いし他に就職先もなかったから必死に働いていたけどさ…でも途中で思わね?俺、何をしているんだって。こんな目の前で幻覚まみれの異常しかない現場で何を目的にして仕事をしているんだって。」
そして、男は何かに気づいたかのように顔を上げる。
「あ、そうそう。小菅は小説家志望なんだって?でも、時間がねーんだろ?俺も自作のゲームを作って一発当てたがっていたクチなんだけどさ。なんかそれも、時間が削れるたびに、どんどんモチベーションが下がっていってさ。」
平日は帰ってきても仕事のせいで疲れて眠ってしまう。
休日にも疲れが持ち越され、システムづくりのためにパソコンに向かうも頭痛や吐き気のせいでコード一つまともに書くことすらできない。
歳のせいか、それとも体の不具合か。
そんなことすらわからないくらいに体がだるい。
布団で休もうかと横になるも、日々と将来への不安で眠ることができず、寝不足が当たり前になっていく日々。
時間が経つにつれ増していく焦燥感。
仕事のためだけに自分は生きているのかと情けなさを感じていく毎日。
ゲームのシステム開発者になりたいという明確な目的を持っているのに、そこにたどり着くことすらできない辛さ…
「何度も思ったよ。夢なんか持つだけ無駄だって。生活するのなら自分を殺して生きていくしかないと、死んだように生きていくしかないと、俺はこの1年で、じゅーぶんに思い知らされたんだよ。」
…作業をすることもなく、己の事を語り続ける男。
「しかもさ、そんな俺に上司は言うわけ。磨き残しがあるだの、上手に清掃する方法を身につけろだの。月日が経つごとに言葉のキツさが増していく。挙句、俺は真面目にしているつもりでも上司は真面目に見えていないらしくってさ、とうとう仕事に対する姿勢が悪いって態度が気にくわないって…でも、真面目ってなんだよ。何すればいいんだよ?具体例なんか一つも教えてくれなかったくせに。…で、俺はアイツの言うことが何も信じられなくなってさ、顔合わせれば喧嘩になって…それで、俺は…」
そこに女性の声がかかる。
「あ、死んで二日ぶりかな?清掃班の平塚くん。班長の暴言に思い詰めて社用車の運転中に赤信号無視してトラックに突っ込んだんだよね?ドライブレコーダーに上司の言葉が残って状況証拠になった話は…知ってるかな?」
『へ?』
主任の言葉。その言葉に僕に話しかけていた防護服を着ていない男性…
平塚と呼ばれた男性の額からツーっと赤い血が滴ってきた。
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