クリーン・アップ2
化野生姜
レポート・1「社内ビル、墓地群清掃」
1−1「墓掃除をする人たち」
(…会社を最後まで続けてね。今までみたいに1年で辞めたりせずに。)
不意に母親の言葉が頭に浮かんだのは墓場の中。
9月のお彼岸。会社の清掃員になって10ヶ月。
先月墓参りに行った時の母の言葉を思い出し、僕はなんとなく気分が沈む。
…なにぶんこの数年間、僕は仕事を長く続けることができなかった。
就職氷河期にいじめに遭い鬱病を患う日々。長くて1年、早くてこの時期に仕事先や医者の勧めでバイトを辞めてしまうのが当たり前になっていた。
今の清掃業は寮生活で給料は良いが、長く続くかというと微妙な気もする。
何しろこの職場では…
「…ふうん、お前は
そう言って、握手を求めてきたのは僕と同世代の男性。
墓石のひしめく巨大なドーム状の空間。
大きな防水扉の先を抜けた先にある、すり鉢状に落ちくぼんだ空間の中での事。
区画分けされた空間で、彼も清掃員なのか向かいの区画で墓石を磨く防護服姿の社員を見ると意味ありげにニヤリと笑う。
「やっぱ変だよな?俺も、何で会社の地下にこんな空間があるのかと思うよ。」
…まあ、確かにそれは言えている。
会社の玄関で上司である主任と合流し、3階の総務課を抜け、奥の階段を1階分下り、さらにコの字になった別棟へと向かう長い渡り廊下を進みながら、赤い空の下で増改築を繰り返したのか歪なおうとつのついた本社ビルをちらりと眺め、突き当たりにある5枚の扉の一番左端を開け、1台のエレベーターのタッチパネルにB25と主任が入力し、向かった先の分厚い扉の前の立つ守衛に名札とスマートフォンと所持していた貴重品諸々全てを渡し、あらかじめ決められた部屋で防護服を着用してから行われる清掃。
そもそも、防護服を着て清掃すること自体、おかしいことは否めない。
そこが地下に広がる墓場の中ならなおさらだ。
「それに考えてみれば、これだけ清掃班の社員が一堂に会するのも珍しいよな。っていうか、俺の場合入って1年くらいなんだけど…小菅もそんな感じだろ?」
そう言われて、僕は返答に迷う。
…というか、今も清掃中でこの時点で差し出された手を握り返せていない。
ホース片手に水をかけ電動ブラシで苔をそぎ落とす作業。
なぜ、そこで立ち上がり手をにぎり返さないのか。
社会人としてマナー違反ではないのだろうか。
そんな疑問が頭をもたげていると相手の男性も煽ってくる。
「何?初対面の人間の握手もできないってか?はあ…それだから小菅くんは人間関係がうまくいかなくなっちゃうわけだ。」
皮肉げにため息をつく男性。
まあ、確かに僕も性格的に臆しがちな面があることは否めない。
…でも、それ実はそれだけではない。
僕の上司である清掃班の主任。
エージェント・ドグラを名乗る若い女性。
彼女が席をはずす時、僕にこう言ったのだ。
「…私が戻ってくるまで、そこで作業をしていてね。人が来ても無視しといて。だって今日は9月のお彼岸、その日は…」
墓へ向けて死者に話ができる日。
話しかけてくる人間も生きている人間とは限らないのだから。
…彼女は確かに、僕にそう言い残していた。
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