第155話 蟲毒な少女達
蜂須と蟻塚、蝶野会長の3人によるアピールタイムが終了した後、彼女達は僕の部屋に再び集結していた。
日は既に落ち、窓の外から覗く空は深い紫色に染まっているが、彼女達に帰ろうとする気配はない。
「さて、あとは義弘に答えを出してもらうだけね。」
「分かっているかと思いますが、先輩が答えを出すまで、私達は帰りませんよ?」
「ククク、年貢の納め時が来たという事だな! 我々の聖戦の結果が出るのを楽しみにしていたぞ。さぁ、遠慮せずに私を選ぶと答えてくれ!」
僕の左斜め前には蜂須、右斜め前には蝶野会長、僕の背後にある扉の前には蟻塚が座っている。
3人の少女は僕を取り囲むように陣取っていて、蟻の這い出る隙もない包囲網を完成させていた。
彼女達が僕の正面に並んで座っていたなら、隙を突いて部屋から脱出するという手も使えたのだが、今回はそうもいかない。
僕が答えを返すまで、この話はいつまでも続くだろう。
しかし、今この場で答えを返すにあたって、1つだけ問題がある。
複数の選択肢から1つを選ぶ事は、それ以外の選択肢を切り捨てる事と同義なのだ。
誰を選び、誰を切り捨てるのか。
恐らく、最も丸く収める事の出来そうな答えは――。
「誰も選ばない、という選択肢は駄目か?」
正直勿体ない選択肢ではあるが、これなら3人の中で不公平感などは生じないはず。
彼女達は不服に思うだろうけど、自分以外の誰かが選ばれるよりはマシだと考えてくれるんじゃなかろうか。
そんな一縷の希望を託しての回答だったが、僕の答えを聞いた瞬間、正面に座る蜂須と蝶野会長、そして恐らくは後ろにいる蟻塚も、一斉に表情を変えてしまった。
彼女達の顔から表情が消え失せ、粘着質な視線が僕の全身を雁字搦めにするように纏わりついてくる。
「ねぇ、ふざけてるの? そういうふざけた答えが認められると本気で思っているのなら、もっと詰めてやった方が良いかしら?」
「クク、それなら私に任せたまえ。漫画やアニメで仕入れた拷問のネタが幾つかあるからな。」
「先輩は本当に優柔不断ですね。私もそろそろ本気で怒りますよ?」
あ、ヤバい。
3人共、声が普段よりやけに低いし、声色こそ静かだけど明らかに滅茶苦茶怒っている感じがする。
これ以上の抵抗は、逆に僕の首を絞める事にしかならないだろう。
出入口を塞がれた上で取り囲まれているため、逃走は不可。
誰も選ばないという答えも許してもらえなかった。
となると、僕が誰か1人を選ぶ以外にこの状況を終わらせる手段はない、と考えて良さそうだ。
「ふー……。」
緊張感による昂りを鎮めるべく、僕は軽く深呼吸して、スッと目を閉じる。
一応、僕の中では既に1つの結論が出ている。
しかし、可能であるなら「それ」を言わずにこの修羅場を終わらせたいとも考えていた。
僕がこの答えを告げたところで、大きな騒動が起きるのは恐らく避けられないだろう。
だが、蜂須と蟻塚と蝶野会長の3人がそれを望んでいる以上、今度こそ覚悟を決める必要がある。
とはいえ、やっぱり緊張するな……。
彼女達がどんな反応を示すのか気になるし、僕が選ばなかった2人とは、今までのように気安く顔を合わせる事も出来なくなるかもしれない。
様々な想いが胸の内で交錯するが、僕はもう一度深呼吸をして、出来る限り気持ちを落ち着かせる。
もし、この答えを返す事で今までの関係が変化し、終わってしまうのだとしても。
――せめて、彼女達と紡いできた今までの時間を無事に終わらせられますように。
ただ、それだけを心から願って、僕はようやく口を開く。
「この3人の中で、僕が選ぶのは――」
何とか鎮めたばかりの緊張感が再び甦り、僕を押し留めようとしてくるのを強引に捻じ伏せて、僕はハッキリと告げる。
これから付き合っていきたい、と思えた唯一の相手の名前……をっ?
「義弘、ちょっと待って!」
「な、何だ?」
いきなり蜂須からストップを掛けられ、僕は出かかっていた名前を喉の奥に一度引っ込める。
もしや、この場を上手く収めてくれる名案でもあるのか?
だとしたら有難いんだが……多分、そんな都合の良い話じゃないよな。
「あんたが答えを言う前に、あたしも1つ注意しておかなくちゃと思ってね。まずあり得ないとは思うけど、万が一、あたしを選ばなかったらどうなるか……分かっているわよね?」
「え、えーと……」
「クク、確かに自分が選ばれなかった場合の事を伝えておくのは重要だったな! 蜜井くん、私もやる時はそれなりにやるのだ、という事を覚えておいてくれたまえ。」
「先輩。私は、先輩の事、信じていますから。」
うぉおおおおい!
このタイミングで脅しを掛けられたら、余計に答えを言い辛くなるだろうが!
はぁっ、もう逃げたい……。
でも、逃げる事が許されていない以上、どれだけプレッシャーを掛けられようとも、前に進んでいかなくてはならないのだ。
行くも地獄、帰るも地獄の一本道をな。
まあ、とんでもなくグダグダになってしまったが、これも僕達らしいと割り切るとしよう。
――さて。
そろそろ、本当に決着をつけよう。
泣いても笑っても、これが最後だと信じて。
考えに考え抜いた答えを、僕は今、彼女達に示すのだ。
「僕が選ぶのは――」
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