第153話 蝶の愛欲

 蟻塚と入れ替わるようにして、何故かドヤ顔を浮かべている蝶野会長が部屋に入ってきた。

 蟻塚を追おうとしていた僕は、会長によって進路を塞がれてしまい、止む無くその場で足を止める。


「蟻塚さんに話があるので、通してもらいたいんですが。」

「少し前から扉の前で話を聞いていたけど、蟻塚さんは『続きの話は返事の後で』って言っていたよね? 追い掛けたところで、まともに取り合ってもらえないと思うよ?」

「それは、そうかもしれませんが……。」


 僕が今しつこく追及しても、蟻塚はきっと口を割らないであろう事は、僕にも予想がついている。

 あいつは簡単に自分の意思を曲げるような奴じゃないからなぁ。

 蝶野会長の指摘は、的を射たものだと言って良いだろう。


 仕方ない、今は一旦諦めるか。

 もちろん納得はしていないが、無理に追い掛けても事態が好転するとは思えないので、この場は一旦矛を収めるとしよう。

 後で蟻塚に話を聞く事自体は可能な訳だしな。

 今はただ、時間が過ぎるのを待てば良いのだ。


「ふぅ、分かりました……。」

「良かった。じゃあ、納得できたところで、早速始めよっか。」

「はぁ、確かアピールとやらをするんでしたか。会長は何をするつもりなんです?」


 僕がそう尋ねると、蝶野会長は唐突に頬を赤らめ、視線を僕から微妙に逸らした。

 あれ、何だこの反応は。

 まるで少し恥ずかしがっているような態度だけど、この人は一体何をしようとしているんだろうか。

 僕が首を傾げていると、会長はカッターシャツのボタンを上から1つずつ外し……はぁぁぁっ!?


「持ち時間が5分しかないから急ぎにはなっちゃうけど、それでも頑張れば最低でも一回はデキると思うの。前回は失敗しちゃったから、今度こそは赤ちゃんが欲しいなっ♡」

「は……? え、本気ですか!?」


 戸惑う僕をよそに、蝶野会長はカッターシャツのボタンを全て外し終え、シャツを床の上にハラリと落とす。

 露出度合いだけなら、以前のキャンプで見た会長の水着姿と大差ないレベルなのだが、それでもピンク色のブラジャーに包まれた豊丘の圧倒的な存在感や、綺麗に括れたお腹周りなどが露になっているのは非常に不味い。

 見てはいけない、と思いつつも、会長の大きな胸は思春期の男子高校生にとって刺激が強過ぎる!


「そ、それはさすがに駄目ですって! 会長、ストップ!」

「悪いけど、私はもう止まれないの。蜜井くんの事が、欲しくて欲しくて仕方がないの。そもそも、蜜井くん、口では『駄目』と言っている割に、私の下着姿をしっかり見ちゃってるよね?」

「う、うぐぐ……!」


 蝶野会長は手を緩める事なく、スカートのホックを外してそれも脱ぎ捨ててしまった。

 これで、彼女が身に着けているのは上下ともにピンクの下着のみ。

 ゆるふわ系グラマー美人の会長が目の前でそんな恰好をしているのだから、どうしても視線が彼女に吸い寄せられてしまう。

 意志薄弱だと言われようが、こればかりは仕方ないだろ。


 ――だが、それでも。

 超えてはならない一線というものが確かに存在する事も、また事実。

 暴れ出しそうになる動物的な本能を必死に理性の蓋で抑え込みながら、僕は瞼を閉じて視覚を遮断する。

 視覚から入ってくる情報を遮断してしまえば、会長がこの後下着を脱いで全裸になったとしても、何とか耐えられるはずだ。


「なるほど、蜜井くんはそういう手で来るんだね。じゃあ、私も少し作戦を変えるしかないかな? 残り数分もない状況でそういう抵抗をされると、さすがに最後までやるのは厳しいからね。」

「作戦って……おわっ!?」


 目を閉じている僕の背中に、蝶野会長のしなやかな両腕が回され、同時に彼女の肢体が僕の胴体に正面から押し付けられる。

 僕の胴体に擦り付けられている、生暖かくて柔らかな肢体の感触から察するに……さてはこの人、僕が目を閉じた直後に下着も脱いだな!?

 あまり詳しく説明すると問題がありそうなので表現を多少濁すが、会長の胸の先端部らしき物が僕の胸板に当たっているっぽい感触があるのだ。

 それに、僕のズボンの股間部分に乗っかっているであろう彼女の股は、明らかに湿っている。


「ねぇ、蜜井くん。私ね、蟻塚さんや蜂須さんよりも蜜井くんの事が大好きだ、って言える自信があるよ? 蜜井くんは、私の事は苦手なのかな?」

「話を続ける前に、まずこの体勢を何とかしてもらえませんか?」


 おい、蝶野会長は何で平然と話を続けようとしているんだよ。

 視界を遮断しているとはいえ、僕にも限界があるんだぞ。

 まあ、裏を返せば、彼女には理性を正面から破壊してくる程に魅力があるとも言えるのだが……。

 とにかく、全裸なのはさておいて、せめて会長には僕から離れて欲しいところだ。

 視覚を遮断している今、一番危険なのは肌から直に伝わってくる感触だからな。


「ふふ、だーめ♡ この体勢を止めろって言うなら、寸止めじゃ済ませないよ?」

「くっ……!」


 今の蝶野会長なら、更に過激な行為を仕掛けてくる事も充分にあり得る。

 現時点ではギリギリのところで僕も何とか冷静さを保っているが、会長の行動がより過激さを増した場合、僕が尚も冷静でいられるかは不透明だ。

 この状況の何処が「寸止め」なんだと突っ込みたい気持ちはあるが、あとほんの数分ほど我慢して、何とか切り抜ける他なさそうだな。


「話を戻すけど、蜜井くんは、私の事をどう思っているかな? そうやって目を閉じていないと危ない、って自覚がある辺り、ちゃんと魅力はあると感じてくれているのは間違いないよね?」

「それは否定しませんけど、外見はともかく、言動が一番ヤバいのは会長ですからね?」


 蜂須や蟻塚も言動に問題はあるが、蝶野会長のヤバさは彼女達よりも更に上だ。

 これまでの出来事を通して、僕はそう確信している。

 しかしながら外見的な魅力、とりわけ性的な部分において、彼女は他の2人を遥かに凌駕しているのも明らかだ。

 ヤバい女だと分かっているのに、目を開けて彼女を見たいという囁きが、さっきからずっと僕の中で鬩ぎ合っている。

 そこを突くようにして、会長は僕の耳に「ふっ」と息を吹き掛けるような距離で囁く。


「私を選んでくれたら、もう我慢せずに私の事を好き放題に出来るんだよ? ほら、少し想像してみて。お昼休みや放課後に、誰もいない空き教室とかで落ち合って、イケない事をしてる場面を。凄く興奮するでしょ?」

「……っ!」


 あ、不味い。

 さすがに、もう限界かもしれないな。

 一瞬だけだが、真っ暗だった視界に薄明かりが差し込んできてしまった。

 蝶野会長の言葉に釣られて、僕の中の欲望が首をもたげ、瞼を閉じる力が一瞬だけ緩んだのだ。


「私ね、蜜井くんの事を好きになってから、自分がとても性欲の強い女の子だったって気付いちゃったんだ。蜜井くん、私ね、そろそろ限界――」

「ちょっと! もう5分過ぎてるわよ!」


 ガタンッ!

 大きな音を立てて、部屋の扉が開く音がする。

 反射的に僕は目を開けそうになるが、寸での所で思い留まった。


 今、目の前には全裸の蝶野会長がいるはずだ。

 目を開けてしまえばどうなるかは、考えるまでもない。


「あ、あんた達、一体何をやってるのよ! 特に蝶野生徒会長、それはルール違反でしょ!」

「む? アピールには制限時間こそ設けられていたが、内容については特に規制はなかったぞ?」

「だとしても、問題大有りよ! あたしも着替えを手伝うから、すぐに下着と服を着て!」

「むぅ、仕方ない。時間が来てしまったのなら、従わない訳にはいかないな。」

「義弘、あたしが『良い』って言うまで、絶対に目を開けるんじゃないわよ! もし開けたら、あんたの目を潰すからね!」


 こ、怖ぇ。

 さっきカッターナイフを振り回していた蜂須だからこそ、今の脅しには本物の迫力がある。

 目を開けても碌な事にならないのは火を見るよりも明らかなので、今は黙って従っておこう……。

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