第152話 蟻の求愛
蜂須と蟻塚、蝶野会長の3人が、それぞれ1人ずつ僕に対して自身をアピールするという、異様な時間が始まりを告げた。
じゃんけんによる公平な順番決めの結果、3人の中でトップバッターを飾る事になったのは、蟻塚だ。
蟻塚のアピールタイム中は、僕の部屋には彼女と僕だけが残り、蜂須と蝶野会長はリビングで母さんと雑談に興じて時間を潰す事になる。
「さて。ようやく2人きりになれましたね、先輩っ♡」
「え、ちょっ!? いきなりどうしたんだよ!?」
険しい表情を一転させて満面の笑みを浮かべた蟻塚が、僕の胸に飛び込むようにして抱き着いてくる。
柔らかな感触と体温、そして爽やかな花の香りが直に伝わってきて、心臓がドクンと跳ねるように脈を打つ。
「ふふ、先輩、緊張していますね?」
「さぁな。」
「素直じゃないですね、先輩は。でも、私はちゃんと言いますよ。私は、先輩の事が大好きです。」
思いの他ストレートな、愛の言葉。
抱き着かれている今の状況でそんな言葉を囁かれたら、ドキドキしてしまうのは致し方ない事だろう。
実際、最近のこいつの言動は割とまともだし、蜂須が今日の一件でやらかしたため、相対的に蟻塚の株が上昇しているのは確かだ。
「私、先輩とこれからも一緒にいたいです。昼食を一緒に食べたり、図書委員の活動をしたり、放課後や休日にはデートをして、同じ大学に進学して、いつかは結婚もしたいです。」
「今日の蟻塚さんは、随分と直球だな。」
「私は元々直球ですよ? 思った事は遠慮せずに口に出すタイプであるのは、先輩もご存じなのでは?」
「言われてみれば、確かに以前からそうだったっけ……?」
確かに、蟻塚は僕に対しても容赦なく毒を吐くのが日常茶飯事だったな。
以前の告白も直球だったし、こいつは回りくどい言い回しなどが嫌いなのかもしれない。
蟻塚は元のスペックが満遍なく高いから、真正面からぶつかっても大抵の事はどうとでもなるだろうしな。
ただ、他人のスマホに勝手にGPSアプリを仕込むのは、さすがにあまり直球なやり方とは言えない気がするが。
基本的には直球勝負を好むが、いざとなれば邪道な手も辞さないのが蟻塚という人間の本質なのかもしれない。
「先輩は、私じゃ駄目なんですか? どうしたら、先輩に選んでもらえますか?」
「それは……どう答えれば良いだろうな。」
少なくとも、今この場で答えを返す訳にはいかない。
とはいえ、僕が蟻塚に少なからぬ魅力を感じているのは紛れもない事実だ。
他の奴らの言動が過激化しているのに対して、こいつは逆に落ち着いてきているからな。
もちろん、さっきのGPS云々の話を除けば、の話ではあるのだが。
幾つか難点はあるにせよ、僕の正直な気持ちとしては、今の蟻塚と僕が付き合う選択肢は否定し切れない。
時々毒舌を浴びせられる事はあるが、それでも蟻塚との軽妙なやり取りは割と楽しいんだよなぁ。
それに、3人の中では見た目も僕の好みに一番近いしな。
「ふふ、先輩は相変わらず優柔不断ですね。でも、先輩は必ず私を選んでくれますよ。」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「簡単ですよ。私を選ばなかった場合は……ふふふふっ。」
「おい、何だその意味深な笑い方は。僕が蟻塚さんを選ばなかった場合に、一体何をするつもりなんだよ?」
耳元で囁くような笑い声を出されると、耳や背中がゾワリとして怖いんだぞ。
GPSを勝手に僕のスマホへインストールした実績もある奴だから、いざという時に何をやらかすか読めない辺りが、余計に不安なんだよなぁ。
まさかとは思うけど、蜂須のように刃物を持ち出したりしないだろうな?
そんな予想を立てていた僕であったが、蟻塚が返してきた答えは、僕の予想とは正反対の方向のものであった。
「私が今回も選ばれなかった場合は……きっと、号泣すると思います。」
「号泣? イメージが全く沸かないな。」
「先輩は、私を何だと思っているんですか? これでも、私はかよわい女の子なんですよ?」
「かよわい女子は日常的に毒舌を振るったりしないだろ……。」
呆れながらも僕が突っ込むと、蟻塚は体を小刻みに震わせ、「ふふふ」と小さく笑い声を漏らした。
僕の真っ当な突っ込みが、そんなに面白かったのか?
全く、こいつは……。
でも、もし僕がまた蟻塚をフったとしたら、次こそはこんな楽しいやり取りも出来なくなってしまうんだろうな。
蟻塚が号泣する、というのはあまりイメージが沸かないけど、花火大会の日、僕が蟻塚をフった直後に、彼女は確かに一筋の涙を流していた。
冗談めかして言ってはいるけど、今回も僕が蟻塚を選ばなかったら、蟻塚は本当に号泣するのかもしれない。
蟻塚が本気で泣くところは、僕も見たくはないな……。
「先輩、改めてちゃんと言わせてください。私、先輩と知り合って、親しくなれて、短い間でしたがとても楽しかったです。両親には相手にしてもらえず、友達もいない人生を送ってきた私にとって、先輩との時間はかけがえのない、幸せなものでした。もし先輩との未来が望めないのなら、私には……もう、悔いなどありません。」
「え……?」
何だ、蟻塚の今の言葉は。
十中八九、ただの冗談だと思うのだが、まさかな。
不穏な物言いに、胸がザワザワする感覚が走る。
今すぐに、この場で蟻塚の真意を確かめたい衝動に駆られた僕だったが、僕が彼女を問い詰めるよりも先に、部屋の扉が「コン、コン」とノックされた。
「名残惜しいですが、そろそろ時間のようですね。次の方に交代します。では先輩、また後で。」
「ちょっ、待ってくれ! 僕にはまだ聞きたい事が……!」
「聞きたい事があるのだとしても、今はそれに答えられません。どうしても私に何か尋ねたいのなら、それに回答するのは、先輩からお返事を頂いた後にさせてください。では、失礼しますね。」
蟻塚がスルリと僕から離れ、部屋から出ていこうとする。
僕は彼女を引き留めるために慌てて立ち上がったが、蟻塚と入れ替わりに部屋に入ってきた次の女子が、僕の進路を塞ぐようにして立ちはだかったのだった。
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