第151話 未来の選択肢

 空が濃紺に染まる頃、僕の狭い部屋には、激ヤバな女子3人が密集していた。

 つい先ほど、食卓で一緒に夕食を囲んだばかりの蜂須と蟻塚、蝶野会長が「僕の部屋で話がしたい」などと言い出したため、こうせざるを得なかったのだ。

 食卓で話した時は、母さんがその場にいた事もあって、大して過激な話などは出なかったから安心していたんだがなぁ。

 彼女達にしてみれば、これからが本番なんだろう。

 全く、本当にどうしてこんな事に……。


 とはいえ、僕の家に友人が来てくれた事なんて今までなかったし、しかも押し掛けてきたのが揃いも揃って美少女ばかりなのだから、壮観ではあるんだよな。

 中身に目を瞑れば、の話ではあるけど。


「で、話って何なんだ? もう時間も遅いし、明日は文化祭の片付けのために登校しなくちゃならないんだから、早めに切り上げて欲しいんだが。」

「帰りの心配なら不要よ。万が一の場合は、泊めてもらう事も視野に入れているから。」

「先ほど、お義母様と一緒に買い物に行った時に、遅くなった場合の宿泊の許可を頂いていますから、先輩は何も心配する事はありませんよ。」

「クク、そういう事だ。其方は大船に乗ったつもりで、これからの話し合いに臨んでくれれば良い。」


 大船じゃなく泥船の間違いだろ、それ。

 というか、こいつら、本気でうちに泊まる気か?

 着替えやら寝る場所やら、どうするつもりなんだろうか。

 母さんが宿泊の許可を出した、って事は母さんの方で何か考えてくれているはずだから、僕が気にする必要はないかもしれないけど、うちにこいつら3人を泊められるスペースなんて余っていたっけ?


 とにかく、これ以上の面倒事を避けるためにも、早く話が終わるに越した事はない。

 だって、狭い部屋の中に女子が3人もいて、しかも3人とも険しい顔をしているんだぞ。

 どんな修羅場だと突っ込みたくなるレベルで気まずいんだよなぁ……。

 正直、今すぐにでも逃げ出したいけど、自宅の場所が割れている以上、僕には逃げ場なんてない。

 覚悟を決めて彼女達と対峙する事こそが、僕にとっての唯一の活路だろう。


「単刀直入に尋ねるわ。義弘は、あたしの事が好きなのよね?」

「あ、ああ……。」

「随分と歯切れが悪いわね。もっとはっきり言ったらどうなの?」


 そんなに詰め寄られても、正直困るんだよなぁ。

 僕は確かに蜂須の事が好きだったが、カッターナイフやら婚姻届けやら誓約書やら持ち出しての凶行を経ても尚、今まで通り「好きだ」と声を大にして言えるかというと……。


「クク。どうやら、其方の今日の蛮行は、完全に裏目に出てしまったようだな? 蜜井くんからの評価を著しく落としたのは間違いあるまい。」

「そうなの、義弘?」

「それは……まあ、ちょっとびっくりしたというかだな……。」


 蝶野会長の指摘に、僕は明確な反論を述べる事が出来なかった。

 今まで、僕は蟻塚や会長からもアプローチを受けていたが、「アプローチの仕方や普段の言動に問題がある」という理由から彼女達の告白を断っていたのだ。

 僕が蜂須の事を好きになったのも、彼女が見かけに依らず真っ当な人格の持ち主だと思った事が切っ掛けだった。


 しかし、此度の一件を通じて、その認識は完全に崩壊してしまった。

 前提条件が崩れ去った以上、彼女達に対して僕が抱いていた好感度が上下してしまうのは、致し方ない事ではなかろうか。


「蜜井先輩が即答しない辺り、生徒会長の言う通りなのは間違いなさそうですね。」

「はぁぁ? ちょっと、義弘、何か言いなさいよ! あんた、あたしに告白してきた癖に、こんなのおかしいじゃないのよ!」


 蜂須が金切り声を上げ、僕の胸倉を掴んで揺さ振ってくる。

 そういうとこやぞ、と突っ込みたくなる気持ちはあるのだが、目の前の彼女が怒りの表情を浮かべているため、火に油を注ぐような言葉を発する訳にはいかず、僕は黙り込んでいた。


 どうしよう、この状況。

 色々と打開策を練ってみたけど、これといった策が思いつかないぞ。

 早くこの話し合いを終わらせて彼女達を帰らせたいのに、これじゃあ収拾がつかない。

 何か、状況を変えるための一手があれば――と、僕が頭を抱えたその時。


「クク、既に結論が出ている議論を続ける必要はあるまい。それよりも、聖戦によって我らの雌雄を決しようではないか!」


 おい、蝶野会長がまた意味不明な事を言い出したぞ。

 ただでさえ状況が混沌としているっていうのに、余計にかき乱すような言動は慎んで欲しいんだがなぁ。


 とはいえ、彼女の提案によって場の空気が変わったのは確かだった。

 僕の胸倉を掴んでいた蜂須が手を離し、会長の方へギロリと視線を向けたからだ。

 会長の中二ワードは相変わらずだが、ここまでの流れを踏まえれば、彼女が何を言おうとしているのかはある程度察しがつく。

 恐らくだが、彼女は――。


「我々3人の中から、蜜井くんに将来の伴侶を選んでもらうのだよ。この場でな!」


 あああ、やっぱりそうなるのかよ!

 いや、それ以外ないよな、この展開だと!

 事なかれ主義者の僕としては、丸く場を収める選択肢を選びたいところだが、恐らくそんな選択肢はないだろう。


 しかしながら、いきなり「選べ」などと言われても困る、というのが正直な感想だ。

 このまま流されるのは御免だな。

 無駄な抵抗に終わるかもしれないが、それでもやれるだけやってみるか。


「あのー、どうしても今選ばないと駄目なんでしょうか?」


 正直、物凄く嫌なんですが。

 3人共、外見は良いけど中身がヤバい奴ばっかりだし。


 例え美少女が相手だとしても、ストーカーと付き合うなんて御免だっ!


 そう叫びたい気持ちは山々なのだが――それでも、もし「今の3人」のうち誰かを選ぶ必要があるのなら。

 一応、ついさっき出したばかりの新たな結論が、僕の中にはある。


 しかし、それを口に出すのはあくまで最終手段だ。

 何事もなく乗り切れるのであれば、なるべくそうしたいからな。


「ふむ。今すぐに選ぶ事は出来ないのか? 其方が一想いに他の2人を切り捨ててくれればそれで終わる話なのだがね。」

「先輩は優柔不断ですから、きっと結論を先延ばしにするだろうと思っていました。だから、私から提案があるのですが。」


 煮え切らない僕に業を煮やしたのか、蟻塚が不穏な言葉を口にする。

 そこはかとなく不安なんだが、こいつ、一体何を企んでいるんだ?

 ただでさえ逃げ場がないのに、余計に追い込むような提案が出なければいいのだが……。


 僕はゴクリと固唾を呑んで、蟻塚の次の言葉を待つ。

 彼女の提案が如何なるモノであるかによって、僕の命運は大きく左右される事になるだろう。

 緊張のあまり喉が若干乾いてくる感触を覚えながらも、黙って見守る僕達に、蟻塚が告げた提案の正体。

 それは、予想外に真っ当で、直球なモノであった。


「私達3人が、1人ずつ順番に先輩へアピールしていくんです。それぞれのアピールが終わった後、先輩に誰かを選んでもらいましょう。」


 なるほど、所謂プレゼンをやるって事か。

 蟻塚が何を言い出すのか不安だったけど、普通にまともな提案が出てきて拍子抜けしたな。

 いや、今のこいつなら、別に不思議でもないか。

 最近の蟻塚は、割と丸い言動が増えてきていたからな。


「あたしは異論はないわよ。でも、アピールするにあたって、一定のルールは必要よね? でないと、滅茶苦茶な事になるのは目に見えているし。」

「はい、それはもちろんです。ですから、1人あたり、アピールタイムは5分以内としましょう。あと、アピールタイム中は、関係ない他2人はこの部屋から退出してもらう、という事でどうでしょうか?」

「クク、良かろう。その聖戦、受けて立とうではないか!」

「決まりね。じゃあ、早速始めましょうか。」

「ええ、善は急げと言いますからね。まずは順番を決めていきましょう。」


 蜂須と蝶野会長が同意した事により、蟻塚の提案は可決された。

 彼女達のうち、僕は果たして誰を選ぶ事になるのか。

 あまり気は進まないが、逃げられそうもないしな。


 ――せめて、平和な結末で終わりますように。


 心の中でそう祈りながら、僕は彼女達のアピールタイムが始まるのを待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る