第150話 異常者達の種明かし
「まず、3人共、どうして僕の住所を知っていたんだ?」
蜂須にも蟻塚にも、蝶野会長にも、僕は住所を教えた覚えはない。
もちろん、家に連れてきた事も一度もない。
なのに、どうやって僕の家を突き止め、ここまでやって来たのか。
僕の疑問に対して、最初に口火を切ったのは、この中で最年長である蝶野会長だった。
「クク! 其方が以前、ウェブカメラで部屋の中を見せてくれた事があっただろう?」
「ええ、まあ。」
「その際に、外の電柱を見せてもらった事を覚えているか?」
「えっと……確か、そんな事もあったような気がします。」
「電柱には、その位置情報を示す札が必ず貼られているのだよ。札に記載された情報を基にインターネットで検索すれば、電柱がある場所も分かるという訳だな!」
僕の家のすぐ外にある電柱の場所を特定できたなら、即ち、僕の家の場所も芋づる式にすぐ特定できる……おい、それ本物のストーカーみたいな手口じゃないか!?
あんた、一体何を考えているんだよ!?
あまりの衝撃に、僕は言葉も発する事が出来ず、口をあんぐりと開けてしまった。
その間に、今度は蟻塚が口を開く。
「私は、先輩のスマホにインストールしておいたGPSアプリを使用して、住所を特定していました。」
「は? GPS?」
「はい。先輩と連絡先を交換した時の話ですけど、あの時、私は先輩からスマホを一時的に借りてから、私の方で連絡先の交換をしていましたよね? その際に、ついでにGPSアプリもこっそりインストールしておいたんです。」
あああああ!
こいつもやっぱりおかしかった!
言っておくけど、お前らのやってる事、犯罪に片足突っ込んでるからな!?
「あたしは、この2人みたいな非常識な事はしていないわよ? あたしの元ギャル友達の1人に、義弘の身辺調査をお願いしただけだから。」
「身辺調査? どういう意味だ? それに元ギャル友達って、綾音とはもうとっくに絶縁しているんじゃなかったのか?」
「あたしがあの子達と仲違いするまでは、あの子達の定期テストの勉強を毎回あたしが見てあげていたのよ。でも、あたしとの付き合いがなくなったせいで、あの子達の成績が著しく下がっちゃってね。」
ああ、あの3人のギャル連中、見るからに勉強なんてしてなさそうなタイプだもんな。
一方で蜂須は非常に成績が良いから、必然的に彼女が他のギャル連中のテスト勉強をフォローする立場に就いていたのだろう。
しかし、仲違いして絶縁した事を切っ掛けに、その体勢も崩れてしまった訳だ。
「あの子達の中でも、1学期の期末テストで赤点を連発しちゃった子から、密かにあたし宛てに連絡があってね。夏休みの追試を何とかしないとヤバいから、って理由で『他の2人にバレないようにこっそりテスト勉強を見て欲しい』とお願いされたのよ。それで、あたしはそのお願いを聞く代わりに、見返りとして義弘の身辺調査をその子に依頼したってワケ。」
そういえば、夏休みに入ってすぐの頃に、僕の自宅近くでギャル連中の1人である灰川と顔を合わせた事があったな。
灰川が僕の自宅近くまで足を運んでいたのは、蜂須から依頼を受けていたからだったのか。
今更ながら、ようやく合点がいった。
ただ――。
「正直、やってる事は他の2人と大差ないんじゃないか……?」
悲報、蜂須もかなりおかしかった。
本当に、本当に、ありがとうございました。
……なんて阿保な現実逃避をしている場合かっ!
蜂須だけはまともだと信じていたのに、今日一日だけで、その認識が完全に崩壊してしまった。
もうこの時点で頭がパンクしそうなのだが、まだ謎は残っている。
「僕の自転車を持って帰ってきたのは会長でしたよね? 鍵が掛かっていたと思うんですが、どうやって?」
「ふっ、大した事ではないさ。今日の午後、校内の見回り中に其方が空き教室で昼寝しているのを見つけたのでな、その時に自転車の鍵を預かっておいた。こうすれば、帰宅時に鍵がない事に気付いた其方が『落とし物がないか』と生徒会室まで足を運ぶだろうと考えてな。」
「いや、それ泥棒! 窃盗ですよ!?」
あれ、もしかして一番おかしいのって、蝶野会長なのか?
一体どうなっているんだってばよ。
揃いも揃って、ヤベー奴しかいないんだが?
「義弘ー、お母さん、今から買い物に行ってくるわね。」
「はぁぁっ!? え、ちょっ、母さん!?」
リビングに入ってきた母さんが、クスクスと笑いながらとんでもない言葉を口走った。
いやいや、買い物て。
僕が帰宅した時点で空は真っ赤で、もう日が暮れかかっていたんだぞ。
なのに今から買い物って、どういう事だよ。
大体、母さんが今いなくなったら、僕は孤立無援の状態でこの激ヤバ3人娘に囲まれる事になるんだが。
そんな最悪の状況だけは、本当に勘弁して欲しいところだ。
「今日はパートは休みだったんだろ? まだ買い物に行ってなかったのか?」
「あら、ちゃんと今朝に買い物はしてきたわよ? でも、こんなに可愛い子達が3人も来たんだから、せっかくだし夕飯を食べていってもらった方がいいでしょ? 時間も結構遅いしね。という訳で、追加の食材を今から買ってくるわね~。」
「えぇ……。ってか、もうそろそろ外は暗くなってくるんだし、早めに帰ってもらった方がいいだろ。」
中身がアレとはいえ、この3人は見目麗しい少女なので、あまり遅い時間に帰らせるのは問題があるだろう。
……という本音交じりの建前で、僕は何とか抵抗を試みた。
しかし、当の3人はというと。
「あたしは別に大丈夫よ? バイトで帰りが遅くなる事なんて日常茶飯事だし、気にしないわ。」
「私も問題はないぞ。いざとなれば、其方の部屋に泊まっていくのも吝かではない。」
「あ、お義母様、私も一緒にお買い物に付き合ってもいいですか? 荷物持ちなど手伝います。」
「ふふ、ありがとう。じゃあ、美波ちゃんも一緒に付き合ってもらえる?」
「はい、是非!」
おい。
蟻塚の奴、いつの間に母さんとそんなに親しくなっているんだよ。
僕が帰宅する前にどんな話をしていたのか、少し気になってくるな……。
とはいえ、蟻塚も買い物に行ってくれるのは、正直助かる。
僕が相手をすれば良いのは、残り2人だけになるからな。
母さんと蟻塚が家を出ていった後、僕は改めて、家に留まった残り2人の少女――蜂須と蝶野会長に向き合う。
「とりあえず、2人に聞きたいんだが、僕の家まで来た用件は?」
「私の用件は、さっきも言った通りだ。自転車を届けるついでに、其方の御両親への挨拶に伺ったのだよ。」
「はぁ、そうですか。で、綾音の用件は?」
「あたしの用件なんて、わざわざ聞かなくても分かるでしょ。まさか、この期に及んで想像すらつかない、なんて惚けるつもりじゃないでしょうね?」
怖っ!
蜂須にギロリと睨み付けられ、僕の背筋に悪寒が走る。
いや、確かに蜂須の用件は分かり切っているんだけど、そんなに睨まなくても……。
「義弘のお母さんには、あたしの方で結婚の話をつけておいたわ。」
「……ふぁい? え、そマ?」
「お母さんは、喜んでくださっていたわよ? 友達が殆どいなくて、異性関係もパッとしなかったあんたに、結婚しても良いと言ってくれる女の子が現れるなんて、って。」
何故かナチュラルに僕がディスられてるんだが、これ如何に?
というか、母さん、そんな簡単に結婚の話を通したりするなよ……。
明らかにおかしいのに、喜んでる場合じゃないだろ。
「む? 私も蜜井くんの母上に結婚のご挨拶をしたが、喜んで許可してくださったぞ?」
「あんたも同じ事してたのかよ! 揃いも揃って、一体何を考えてるんだ!?」
「クク、考えるまでもなく分かるだろう? 私は其方に『初めて』を捧げたのだから、当然責任は取ってもらわなくてはな!」
「義弘、今の話はどういう事? 『初めて』って、あんた会長と何をやったのよ!?」
「そんなの、僕に聞かれても分かる訳ないだろ!」
あああ、もう何が何だか、意味不明だ!
矢継ぎ早に繰り出されるパワーワードの数々に、脳みその処理が追い付かない。
混乱のあまり、僕は頭がクラクラする感覚を覚えるが、蝶野会長の追撃はここで止まらなかった。
「キャンプの2日目の夜に、私は蜜井くんに女としての『初めて』を捧げたのだよ。」
「……はい?」
え、待って?
それはさすがに冗談だよな?
キャンプ2日目の夜は、蝶野会長が寝静まったタイミングで僕が蜂須を天体観測に連れ出し、告白したんだぞ。
会長は僕よりも先に就寝していたのに、僕とそういう行為が出来る訳がない。
「其方達がテントを抜け出した時、私は実は起きていてな。其方を他の女子に奪われたくないあまり、テントに戻ってきた其方を襲ったのだ。其方を起こさないよう気を付けて、慎重に1回だけしかやらなかったから、其方が気付かなかったのも無理はあるまい。」
「え、えーと……」
「ついでに言うと、あの時は危険日でな。妊娠まで持っていければより確実だったのだが、残念ながら後日調べた結果、妊娠はしていなかったのだ。無事に妊娠していれば、確実に其方を私の物に出来たのだがな、クハハハハッ!」
「……。」
あ、あのですね?
わ、わわ、笑っている場合かぁーっ!
今の話の真偽がどうであるかは、僕にはまだ分からないけど、もし真実だったらそれも犯罪だからな!?
「ねぇ、義弘。あたし、今から警察に電話していいかしら? この人、逮捕してもらった方が良いと思うわよ?」
「僕も同意したいところだけど、綾音も逮捕されるだろ。カッターナイフで脅して追い掛けてくる事も、逮捕されてもおかしくないレベルの所業だと思うんだが。」
「は? あんた、あたしの事が好きだったんじゃないの? だったらこのくらい、何も問題はないでしょ?」
あ、あー、うん、そうですか。
ははっ、何だこれ。
なぁ、教えてくれよ?
僕の周りの女子は、頭がおかしい奴しかいないのか?
だとしたら、僕は一体、どうすれば――。
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