第149話 回帰する物語
周囲を警戒しつつ、僕はショッピングモールの表の出入り口へ向かったが、予想していた待ち伏せはなく、思いの他すんなりと外へ出る事が出来た。
その以降も、特にこれといった問題は起きず、ようやく自宅のある住宅街まで辿り着いた。
「さすがの綾音も、ここまで僕を追ってくる事はないだろ……。」
はぁ、助かった。
さっきは本当に危なかったな。
間一髪のところで、致命傷を防げたか。
とはいえ、まだ予断を許さない状況であるのは確かだ。
土日を潰して開催された文化祭の翌日、つまり明日は、当然休み……とはならず、文化祭の片付けのために登校しなければならない。
故に、明日も学校で蜂須と顔を合わせる事になってしまうのだ。
同じクラスの生徒という特性上、学校を休む以外の方法では蜂須から逃れられない。
今晩のうちに蜂須に連絡を取って、落ち着いた話が出来れば良いのだが、それが叶わなかった場合は……。
もしもの時は、誰かに仲裁をお願いして、僕と蜂須の話し合いに立ち会ってもらう他ないかもな。
「蜂須の件も厄介だけど、明日は徒歩で登校しなくちゃならないのも辛いんだよなぁ……。」
自宅から学校までの道のりは、徒歩でおよそ1時間近く掛かる程もあるのに、学校の駐輪場に自転車を置いてきてしまった。
そのせいで、明日はいつもよりも早めに起きて、徒歩で登校するハメになるだろう。
はぁっ、明日は家から出たくないな……。
と、そんな事を考えているうちに、僕の自宅がやっと見えてきた。
問題は山積みだが、とりあえず、自宅で少し休んでから今後の事を考えよう。
「あれ?」
自宅前まで辿り着き、そのまま玄関に向かおうとした僕の視界に、予想外の代物が映り込んだ。
まさかと思い、「それ」に近付いてよく目を凝らしてみるものの、僕が見た物は紛れもなく……。
「これ、僕の自転車じゃないか!?」
自宅の玄関前に置かれた、1台の自転車。
サビが少し目立つ、カゴ付きでシルバーのそれは、何処からどう見ても、僕が通学で使っている自転車そのものだ。
だが、僕はこの自転車を学校の駐輪場に置き去りにしてきたはず。
なのに、何故これが自宅にあるんだ!?
「こういう時は、母さんに聞くのが一番早いか。」
母さんは、今日はパートが休みなので自宅にいるはずだ。
僕の自転車を誰かが持ってきたというのなら、何か事情を聞いていてもおかしくないだろう。
そう判断した僕が、玄関の扉を開け、靴を脱ごうとしたその時だった。
「ただい……はっ? 嘘、だろ……!?」
うちの一家は、父さんと母さん、僕の3人家族だ。
しかし、玄関に今並べられている靴の数は、全部で4足もある。
父さんは今日は仕事に出ており、僕はまだ靴を脱いでいない。
本来であれば、現時点で玄関には母さんの運動靴が1足あるだけ、という状態になっているはずなのだ。
なのに、玄関に今ある靴の数は、4足。
つまり――玄関に置いてある靴の数が、本来よりも3足も多い。
「義弘、帰ってきたの? おかえりなさーい!」
リビングから顔を出した母さんが、ニヤニヤした顔つきで足音をパタパタと鳴らしながらこちらに駆け寄ってきた。
玄関の扉を背に立ち尽くしていた僕は、目の前にある見覚えのない靴を指差し、母さんに尋ねる。
「誰か来てるのか?」
「義弘ったら、もう、惚けちゃってぇ! あんた、随分とモテモテになったのねぇ!」
うわぁ、もう嫌な予感しかしないんですが。
このまま家に入って大丈夫なのか、という不安が、僕の脳裏を過る。
しかし、いつまでも逃げ回っていたところで、埒が明かないのも確かだ。
味方がいない場所で厄介ごとに巻き込まれるよりは、母さんがいる状態で踏み込む方が、最悪の事態を避けられる可能性は高いだろう。
「とりあえず、行くしかないか……。」
ニヤニヤしている母さんを放置して、靴を脱いで家に上がった僕は、真っ直ぐリビングへと向かう。
そして、リビングの扉を開けた僕の視界に飛び込んできたのは――。
「は……ははっ、何だ、これ?」
さすがに、この展開は予想外だったなぁ……。
あまりの衝撃を受けたせいか、はたまた、気力や体力が途切れてしまったせいか、両足から力が抜けてしまい、僕はその場にへたり込んでしまった。
すると、食卓の椅子に腰掛けていた1人の少女が立ち上がり、ゆっくりと僕に近付いてくる。
そして、彼女は僕を見下ろし、片手を大きく掲げた。
その掲げられた手には、蛍光灯の光を受けてギラギラと金属質の輝きを放つ「何か」が握られている。
「おかえりなさい。そして……!」
少女は、掲げていた手を、その手に握る「何か」を、僕に向かって一直線に振り下ろす。
最早、僕の命運もここまでか。
あまりの展開に思考が追い付かず、僕はただ、彼女が腕を振り下ろす様を茫然と眺める事しか出来なかった。
「くっ……!」
これまでの出来事が、走馬灯のように僕の脳裏を駆け巡る。
どうして、こうなってしまったんだろうな。
こんなはずじゃ、なかったのに。
自分にも大いに原因がある事は分かっているけれど……なんて反省は、後の祭りか。
今の僕に出来るのは、甘んじてこの審判を受け入れる事のみだろう。
僕は瞼を閉じ、最期の瞬間が訪れるのを待った。
そして――。
「んっ? んぐぐっ!?」
あ、あれ?
口に何かが詰め込まれたような感触があるぞ?
しかも、温かくて甘い味がするな……。
一体どういう事だ?
「え、えーと……」
何が起きているのか確かめようと、僕は恐る恐るゆっくりと目を開ける。
すると、僕の口に突っ込まれている、銀色の……これは、フォークか?
「ここまで走ってきたから、疲れているでしょ? 甘い物でも食べて、糖分を補給した方がいいわよ?」
据わった目で僕を見つめながら、僕の眼前の少女――蜂須綾音は、そんな一言を口走った。
さっきよりも幾分か落ち着いているようではあるが、顔が全く笑っていない上、相変わらず虚ろな瞳をしているため、やっぱり怖い。
だが、今すぐカッターナイフが出てこない辺り、とりあえず今のところは問題なしと考えて良さそうだ。
口に詰め込まれた物を咀嚼して飲み込むと、僕は腰を上げ、改めて食卓の方へと目を向ける。
食卓の椅子には、あと2人、玄関に靴を置いていた人物が腰掛けたままだったからだ。
その2人の正体は――。
「綾音もだけど、何でそこの2人も僕の家にいるんだ? 蟻塚さんに、蝶野会長。」
この3人に、僕は自宅の住所を教えた覚えはない。
なのに、こいつらはどうやって僕の家に押し掛けてきたんだよ。
それも、3人が同じタイミングで平然と押し掛けてくるとか、色々おかしいし、勘弁してくれ……。
「私は、先輩が蜂須先輩に追い掛けられているのを見て、『何かあったんだな』と思いましたので。先手を打って、お義母様にご挨拶しておこうと考えてここへ来たんですけどね……。」
「クククッ! この3人の中で、一番早くここへ来たのは私だ! 蜜井くんが自転車を置いていったのでな、其方の御両親に挨拶するついでに、自転車を届けに来たのだよ。」
うん、ちょっと待って?
突っ込みどころがあり過ぎて、何処から突っ込んだものかと悩むんだが。
蜂須と落ち着いて話す前に、まずはこのカオス過ぎる状況を整理させて欲しいところだ。
そうでなければ、頭が混乱し過ぎてまともな話が出来そうにないし、そもそも蜂須と話すにあたって、他2人を先に帰さなければならないからな。
とりあえず、1つ1つ順を追って、気になるところを彼女達に確認させてもらうとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます