第146話 最後のメッセージ

 蟻塚と別れた後、僕は校舎の1階、下足箱近くで蜂須を待っていた。

 昼時という事もあってか、周囲の廊下を歩く人の数はまばらで、多くの人は外や出店で昼食を摂っているのだろう。

 僕はついさっき蟻塚と焼きそばを食べたばかりなので、あまりお腹は空いていないのだが、それでもあと少し腹に何か入れたいところだ。

 しかし、蜂須が来ない事には、僕はこの場所を動けない。


「遅いな……。綾音が遅れるなんて珍しいけど、そういえば午前中は当番が入っていたんだったか。」


 蜂須との合流予定は、昨日と同じく13時だったのだが、既に時間は過ぎているにも拘わらず彼女が現れる気配がない。

 蜂須は午前中にお化け屋敷の当番に入っていたはずだから、その都合で仕事が遅れているのかも……あ。

 僕と蟻塚が午前中にお化け屋敷を訪れた時も、蜂須は当番として仕事に勤しんでいた……って事は、だ。


 ――僕と蟻塚がくっ付いているところを、蜂須にも目撃されてしまったんじゃないかっ!?


「ああああ、ヤバいぞこれは!」


 蜂須との関係がカップル目前まで進展していたところで、とんだ失敗だ!

 そもそも、どうしてお化け屋敷に入る前に僕はそこまで思い至らなかったんだよぉぉぉ!?

 僕と蟻塚が仲ではない事を、蜂須は理解してくれているので、妙な誤解をされる心配はないとはいえ、これは不味いぞ。


 僕が頭を抱えていると、ポケットの中でスマホがブルブルと震え始めた。

 タイミングからして、恐らくは――と思いながらスマホを取り出すと、案の定、蜂須からメッセージが飛んできていた。

 嫌な予感がしつつも、スマホに届いたメッセージを確認してみると……。


「ごめん。午後からの当番の子が体調を崩しちゃったみたいで、何人かで順番に代わりを務める事になっちゃったの。あたしは今から代わりに入るから、多分あんたと合流できるのは1~2時間後とかになると思う。」


 お、おおぅ……。

 まさかのトラブル発生かよ!

 さすがにこればかりはどうにもならないので、蜂須と今から合流する事は諦める他ないだろう。

 とりあえず、何処かで適当に昼食を購入して、1人で食べるか。


「はぁっ、暇だなぁ。」


 グラウンドの出店でお好み焼きを購入し、簡易な飲食スペースを利用してそれをお腹に詰めていく。

 午後からのスケジュールが少し空いてしまったので、この後どうやって時間を潰すか、暫く考える必要がありそうだが……あ、そうだ。


 昨日はあまり眠れずに寝不足気味だったし、この空いた時間を利用して、暫く昼寝なんてどうだろうか。

 何処もかしこも人で賑わう学園祭の真っ只中でも、ゆっくりと眠れそうな場所にも丁度心当たりがあるしな。

 よし、そうと決まれば、早速行動あるのみだ。


 ――という訳で。

 昼食を食べ終えた僕は、校舎の3階の端にある、文化祭で使われていない空き教室へと足を運んだ。

 昨日と同じく、空き教室の鍵は開いており、容易に侵入できる状態だったのは幸いだ。

 僕は適当に空いている場所で体を横にし、静かに瞼を閉じる。

 だが、窓の外から人の声が絶え間なく聞こえてくるので、寝不足気味であるとはいえすぐには眠れなさそうだ……。


 と、この時の僕は思っていたけど、暫く瞼を閉じているうちに、いつの間にか周囲の雑音は遠のいてゆき、僕の意識は深い海に沈んでいくかのように消えていった。


 ……。


 ……。


 ……。


「ん、んん……ぁれ、僕は……」


 キーンコーンカーンコーン、というチャイムの大きな音が、喧騒を切り裂くようにして耳に入ってくる。

 あー、そうだ、そういえば僕は昼寝をするつもりで、文化祭の真っ只中に空き教室に忍び込み、床の上で眠っていたんだったか。

 固い床の上で暫く横になっていたせいなのか、全身が少し痛くて、体が重く感じるな。

 眠る前に、少しは対策なり何なりしておくべきだったなぁ……あ、あれれ?

 ちょ、ちょっと待ってくれないか?


「い、今、何時だ?」


 窓の外に広がる空は、蒼天ではなく、やや赤みがかった色をしている。

 僕が眠りに就いたのは13時頃で、そこから1~2時間ほど睡眠を取るつもりだったんだが、この空の色は、どう考えても……。

 嫌な予感を感じながら、僕はゆっくりと教室前方の掛け時計を見る。


「あ、あ、あぁぁぁ……あああああああっ!」


 時計が指し示していた時刻は、あろう事か、16時を僅かに過ぎていた。

 きっと、蜂須は既にお化け屋敷の仕事を終え、僕を待っているはずだ。

 のんびりしている場合じゃない!


「……っ!」


 慌ててスマホを取り出し、蜂須からのメッセージが来ていないか確認してみると、案の定、メッセージと不在着信が大量に入っていた。

 メッセージの数は50件以上、不在着信も30件以上来ている。

 これだけ着信があれば普通は気付くはずなんだが、盛大に寝過ごしたくらいだし、余程ぐっすり眠っていたんだろう。


 って、呑気に自己分析している暇はないぞ!

 僕は急いで教室を飛び出し、階段を駆け下りて廊下の人混みを掻き分け、本来の待ち合わせ場所であった下足箱前の廊下まで辿り着いた。

 しかし、周囲を慌てて見回してみるも、待ち人の姿は何処にもない。


「これはヤバいぞ……!」


 僕は改めてスマホを確認し、蜂須から飛んできたメッセージに居場所が明記されていないか調べる。

 メッセージの数は50件以上もあったので、最新の物から遡るようにして見ていくのが一番早いだろうな。

 そう思って、まずは彼女から最後に来ていたメッセージを見てみる事にしたのだが――。


「それがあんたの気持ちなのね。ありがとう、今まで楽しかったわ……。蟻塚さんとお幸せに。さようなら。」


 あ、あぁ……。

 さ、最悪だ!

 くそっ、僕はどうしてこんな失敗をやらかしてしまったんだよ!

 とにかく、一刻も早く蜂須に会って、謝罪して誤解を解かなければ!


 逸る気持ちを必死に堪え、蜂須からのメッセージを1つ1つ確認して、彼女の居場所の手掛かりを探す。

 だが、「まだ下足前で待っているから」というメッセージ以外に、それらしい物は見当たらない。


「くっ、こうなったら!」


 迷っている時間があるのなら、校内やグラウンドを駆けずり回って、虱潰しに蜂須を探すべきだ。

 いや、最早それ以外に手はない。

 僕は一言だけ蜂須に返信してからスマホをポケットに仕舞うと、小走りで廊下を駆け出した。

 そして、まずは自分のクラスのお化け屋敷へと向かう。


 もしかしたら、午後からの予定が空いた事で、蜂須がクラスの手伝いに戻っているかもしれない。

 そう考えた僕は、受付の女子に蜂須の事を尋ねてみるも――。


「蜂須さんだったら、こっちには戻ってきていないよ? 何かあったの?」

「いや、何でもない。教えてくれてありがとう。」


 お化け屋敷の方に、蜂須は戻ってきていないか。

 となると、完全に蜂須の居場所は不明だな。

 現在進行形で移動している可能性も大いにある上に、文化祭の真っ只中という事もあって、校内もグラウンドも大勢の人で賑わっている。

 必至に駆けずり回ったところで、蜂須を見つけるのは骨が折れるだろう。


 とはいえ、蜂須は髪を金色に染めているため、その特徴的な外見は目立つはずだ。

 この学校の生徒の中で、髪を派手に染めている奴はかなり少ないからな。

 もちろん、外部から訪れた客はその限りではないが……。


「はぁ、はぁっ、はぁっ……! なかなか見つからないな……。」


 あちらこちらを必死に駆けずり回ってから、どれだけの時間が過ぎただろうか。

 空はますます赤みを増して、グラウンドは目玉イベントのコンテストでワイワイと盛り上がっている。

 この文化祭も、いよいよ大詰めを迎えているのだろう。


 なのに、僕は。

 未だに、蜂須を見つける事が出来ていない。


「何処だ? 何処にいるんだ?」


 蜂須が今いるかもしれない場所。

 文化祭の終焉が近付き、最も盛り上がっているこの時間帯に、彼女が行きそうな所。


 最後に来ていた、思い詰めたような文面のメッセージからして、呑気にお店を回って楽しんでいるとは思えない。

 とすると、他に人のいない場所で1人きりになっているか、或いは、何となく大勢の人が集まっている場所でぼんやりしているか、の二択が濃厚だろうか。


「そうだ。屋上に行けば、外をまとめて見渡せるんじゃないか!?」


 屋上からであれば、グラウンドや校門前など、様々な場所が見えるはずだ。

 校内や体育館の中まではさすがに分からないが、体育館はさっき一度見てきたし、校内に関しては、屋上に上がる前に改めて軽く回ってみれば良いだろう。

 そうと決まれば、早速行動あるのみだ!


「待っててくれよ、綾音!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る