第142話 収束する包囲網

 演劇部による舞台の鑑賞が終わった後も、僕と蜂須のデートは続いた。

 射的や輪投げなどのゲームを楽しんだり、園芸部が販売していた野菜ジュースの苦さに顔を顰めたり、中庭のベンチで少し休んだりと、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。


 歩いている最中はずっと蜂須と密着しっ放しだったからか、案の定、周りからの視線をいつも以上に多く感じたけどな。

 僕と蜂須はまだ正式なカップルになった訳じゃないけど、これだけ人に見られてしまった以上、僕達が公然のカップルとして認知されるのは時間の問題だろう。


 ただ、この状況について、僕は特段不満などは抱いていない。

 むしろ、僕にとって、外堀が埋まりつつある今の状況はむしろ大歓迎だ。

 だって蜂須と本当にカップルになれそうなんだぞ、嬉しくないはずがないだろ。


「ちょっと。あんた、さっきから何ニヤけてるのよ?」

「え? あー、いや、ちょっとな。」


 空が赤く染まりつつある頃、僕と蜂須は一緒に校舎を後にし、帰路に就いていた。

 文化祭はまだ続いているのだが、通常の下校時刻を過ぎた後であれば、他に仕事などがない場合に限り、生徒は自由に帰宅して良い事になっているからな。

 僕も蜂須も、他に仕事は持っていないため、ちらほらと片付けをする店が出始めた頃合いを見計らって帰る事にした訳だ。


 校内でデートしていた時と同じように、僕達は相変わらず互いの肩を寄せ合い、カップル同然の距離感で道を歩いている。

 僕は自転車で通学しているので、蜂須を後ろに乗せて二人乗りで帰る手もあったのだが、それは蜂須によって却下された。

 蜂須曰く、「そういうのは正式なカップルじゃないと駄目でしょ」との事だったが……正直、今日のデートの内容を鑑みれば、「今更では?」という疑問は拭えない。

 まあ、恐らく彼女なりに指標を設けて線引きしているんだろうし、僕は基本的にそれを尊重するつもりだ。

 なので、僕は今自転車を押しながら、蜂須と会話を続けていた。


「ところで話は変わるけれど、明日のデートのプランもあたしに任せてもらっていいかしら? 一緒に回りたい所があるのよ。」

「もちろん構わないが、今日の時点で色んな所を回り尽くしたんじゃないか? 他に面白そうな出し物って残っていたか?」

「明日しかやらないヤツとかはあるでしょ。ま、それでも時間は余るかもしれないけどね。でも、夕方は空けておきたいし、丁度良いと思うわ。」

「え?」


 文化祭の2日目、昼過ぎから夕方にかけての時間は文化祭の終盤に該当し、最も祭りが盛り上がる時間帯だ。

 蝶野会長達が忙しなく準備に勤しんでいた、今年からの新イベント――その名も、「超☆ファッションショー」も、この時間帯に割り当てられている。


 このイベントこそが、去年まで毎年開催されていた「ミスタ―&ミスコンテスト」に代わる、我が校の文化祭における目玉企画だ。

 去年までのコンテストでは、票を集めたいが故に高校生らしからぬラインを攻めたアピールをする生徒が一部目立っており、コンテストの存在自体が保護者の間で槍玉に挙げられていた。

 そこで、今年からはコンテストのルールに大幅な変更が加えられ、また名称も「超☆ファッションショー」へと改められたのだ。


 正直、ルールが厳しくなった事を除けば従来の「ミスタ―&ミスコンテスト」と大差ない内容なので、一見名前を変える意味が薄いように見えてしまうかもしれない。

 だが、会長曰く「コンテストの名前そのものを変更するだけでも大いに意味はある」そうだ。

 不祥事を起こした政党や会社が名称を変更し、悪いイメージを払拭しようとするのと同じ理屈なんだとか。

 ……僕は正直セコい手だと思うんだが、まあ、何も言うまい。


 ついでに言うと、グラウンドに設営するコンテスト用のセットも、去年までの物から大幅にデザインを変更している。

 この変更にも、「去年までのコンテストとは違う」事をアピールするという狙いがあるらしい。

 まあ、そのせいでセットのデザインなどを一からやり直すハメになり、イベントの準備があれだけ大変になってしまった訳だが。


「もしかして、綾音もコンテストに出るのか? 綾音だったら、普通に優勝も狙えそうだな。」

「なっ、何言ってるのよ!? あ、あたしなんて、そんな大した事ないし……。」


 僕がちょっと冗談めかして参加を勧めてみると、蜂須は顔を真っ赤にして口ごもり、視線を露骨に僕から逸らしてしまった。

 うーん、可愛い。

 こんなに美人で可愛くて、しかもお洒落なんだから、蜂須ならコンテストで優勝できると思うんだがなぁ。

 まあ、蟻塚や蝶野会長までもが参加するとなれば、相当な接戦になりそうではあるけど。

 あの2人も、外見だけなら文句無しの美少女だしな。


「コンテストに出ないなら、どうして綾音は夕方を空けておきたいんだ?」

「あのコンテストって、グラウンドに設営されたステージでやるでしょ? 一番大きなイベントだし、開催中はたくさん人が集まるだろうから、逆に校内は人が少なくなると思うの。」

「まあ、確かにイベント中は校内の人も少なくなりそうだな……。」


 告白するにあたって、周りに誰かがいる状況は好ましくない。

 告白場所として空き教室を利用できれば時間を選ぶ必要もないのだが、そのプランは、少し前に蜂須から却下されたばかりだ。

 人気のない場所に連れ込もうとしているなんていやらしい、と酷評されたのに同じ案でもう一度挑んでも、好感度が下がるだけだろう。

 そのため、空き教室のような明らかな密室ではなく、人のいない開けた場所で告白を実行するのがベストだ。

 そして、明日の夕方であれば、告白するにあたって絶好の状況が整っている可能性が高い。


「分かった。じゃあ、明日も綾音の希望通りに行動しようか。ただ、1つだけお願いがあるんだが、僕も夕方に少しだけ時間を貰いたいんだ。構わないか?」

「それって……! え、ええ、いいわよ。あの……た、楽しみにしてるから……。」

「お、おう。」


 耳まで真っ赤にした蜂須が、僕から微妙に視線を逸らしたまま頷いてくれた。

 反応から察するに、僕の意図を彼女は察してしまったのだろう。

 キャンプの時に一度告白しているんだし、まあ簡単に読まれてしまうのも無理はないよなぁ。


 でも、こちらの意図を察した上で「楽しみにしている」って返事が来たって事は……よっしゃぁぁぁぁ!

 ふふっ、これはもう勝ったも同然だ!

 明日が今から楽しみだな!

 ははははははは!


 ……。


「んー、こっそり後をつけてみたら、とんでもない事になっちゃってるけど、それでも私の勝利は揺るぎないよ♪」


 ……。


「どんな手を使ってでも、私の虜にして差し上げますからね、先輩♡」

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