第141話 文化祭デート

 昼食を食べ終えた後、僕と蜂須は教室を後にし、本格的に文化祭を回る事にした。

 昼食の会計時、店員の生徒達がやけにこちらを注視していたのは気になったが、僕達がカップルらしい振る舞いをしていたから変な注目を浴びてしまったのだろうか。

 もしくは、金髪ギャルと地味な男子という違和感だらけの組み合わせが、やたらと目立ってしまっていたのか。


 まあ、いずれにせよ周りの視線を気にする必要はないだろう。

 僕はこの文化祭で蜂須と正式な恋人になる事を目指しているのに、冷やかしの視線なんかに怯えていたら話にならないからな。

 堂々とカップルらしく振る舞っていればいいだけ――わっ!?


「え!? ちょ、綾音!?」

「ど、どうしたのよ、義弘。」

「いや、どうしたって、いきなり手を……」


 僕の手をそっと握り締めてきた、温かく柔らかな手。

 それが誰の手であるのかは、考えるまでもない。

 廊下という人目につく場所で、蜂須が突然手を繋いできたのだ。


 正直これはあまりにも予想外で、物凄く恥ずかしいけれど、しかし嬉しくもある。

 だって好きな女子が向こうから手を繋いできてくれたんだぞ、むしろ喜ばない訳がないだろ!?

 しかも、蜂須が僕の腕にそっと自分の肩を当てるようにして密着してきているし、とにかく一言で今の気持ちを表すとするならば……文化祭は最高だぜっ!

 ……うん、テンションが上がり過ぎて、今の僕は少しおかしくなってきているかもしれないが、そこは勘弁して欲しいところだ。


「ほ、ほら。次、行くわよ。」


 そう呟いた蜂須の表情はいつになく険しいが、顔が火照っている上に耳も真っ赤なので、照れているのは一目瞭然だ。

 何とか表情は取り繕っているのに、照れを全然隠せていない辺りとか可愛すぎるだろ!

 こんなに可愛い子ともうすぐ本当に付き合えるかもしれないとか、最高過ぎる!

 というか、向こうから手を繋いできている時点で、もう勝負は決まったも同然では?

 勝ったな、ガハハッ!


「なぁ、綾音。次に行く場所なんだけど、僕が決めてしまってもいいか?」


 既に勝敗が見えているのなら、勝負をこれ以上先延ばしにする必要もないだろう。

 本来は文化祭の終盤で告白するつもりだったけど、その予定を前倒しにして、正式なカップルとしてこの文化祭を楽しむ。

 失敗した場合のリスクは大きいが、蜂須の反応を見る限り、今回の告白が失敗する可能性は低いだろうしな。

 予定を前倒しにしてでも勝負に出る価値は充分にあるはずだ。


 だが、今から告白を仕掛けるのであれば、まず告白に適した場所に移動する必要が出てくる。

 候補としては、他に人のいない場所が最適だろう。

 幸いな事に、丁度良い場所の心当たりもあるしな。

 午前中に蝶野会長から教えてもらった情報を、早速有効活用させてもらおう。


「あたしは構わないけれど、何処の出し物を見に行きたいの?」

「いや、出し物を見に行きたい訳じゃないんだ。ちょっと人気のない場所で休憩を、と思って。」

「は、はぁぁ!? あ、あんた、まさか変な事を考えているんじゃないでしょうね!? た、例えば、エッチな事とか……」

「い、いや、そんなんじゃないって!」


 あああ、これは言葉のチョイスを間違えたか!?

 他に人のいない静かな場所で休憩を、という字面だけ見れば、確かにいやらしく聞こえてしまうのも無理はない。

 くそぅ、せっかくいいところだったのに、何たる失態……!


「大体、さっき昼食を食べたばかりで休憩も何もないでしょ。それより、あたし、実は今日のプランを考えてきているの。今から体育館で演劇があるから、それを見に行かない?」

「……ああ。僕はそれで構わないぞ。綾音の行きたい所を優先してくれ。」


 はぁー、やらかした。

 今の状況で僕の希望を無理に押し通すと余計に拗れるかもしれないし、蜂須がせっかくデートプランを考えてきてくれたのだから、それを尊重するのも大事だろう。

 好感度を下げるようなミスを犯せば、告白の成功率はそれだけ下がってしまうしな。

 どうせ勝ちは決まっているのだ、焦って無駄なリスクを踏みに行く必要もない。


 という訳で、僕と蜂須は体育館まで足を運ぶ事になった。

 体育館に辿り着くまでの道中で、同じクラスの奴らと何度か目が合ったりしたけど、まあ気にする必要はないよな?

 この文化祭を通して本物のカップルになるのなら、周りに関係を隠し通す事なんて出来ないんだし。


 ただ、手を繋いで体を密着させた状態で歩くのは、やっぱり緊張するよなぁ。

 蜂須の体温と柔らかさをダイレクトに感じる事が出来てしまうので、さっきから心臓がバクバクと激しく脈動しっ放しだ。

 隣を歩く蜂須も、相変わらず耳まで真っ赤なままだし、それでいて横顔は強気な表情を何とか保っているものだから、あー、本当に可愛いなぁ。

 何が可愛いって、美人系の顔なのにいちいち可愛い辺りが最高なんだよ。


 ……うん、語彙力がなさ過ぎて意味不明な表現になっている自覚はあるぞ。

 それと誤解されそうだから弁解しておくと、蜂須の良いところは外見以外にもたくさんある。

 彼女は頭が良いし、真面目で優しくて義理堅い性格で、アルバイトも勉強も頑張っているし、おまけに料理も出来るんだ。

 そんな女の子と実際に付き合える可能性が現実味を帯びてきたのだから、嬉しくない訳がない。


 っと、蜂須について少々語り過ぎてしまったか。

 今から演劇を見に行くというのに、蜂須の事で頭がいっぱいになっていたみたいだ。

 まあ、テンションが上がり過ぎて僕の脳がオーバーヒートを起こしているだけなので、暫く経てば落ち着くだろう、多分。


「もう結構席が埋まってるわね。あ、あそこに2人並んで座れる空きがあるわ。」

「じゃあ、あそこに座るか。」


 体育館に僕達が入った時点で、所狭しと整列されたパイプ椅子の大半は既に埋まっていた。

 演劇を見に来た客がこんなに多いとは驚きだな。

 昼食を終えた人達が来るのに都合の良い公演時間が設定されているからだろうか。


 灯りが落とされて薄暗くなっている体育館の中で、僕と蜂須は中央よりやや後ろ側の席を確保し、隣り合って座る。

 椅子と椅子の間隔は多少空いており、映画館の座席のようにカップルが肩を寄せ合ったりする事はギリギリ無理そうだ。

 パイプ椅子を移動させればくっ付く事は出来るけど、さすがにそれは不適切な行いだろうな。

 下手にイチャついていたら周りの迷惑になるかもしれないし、今は我慢する他ない。


 ただ、まだ演劇が始まる前という事もあってか、周囲の客達は普通に雑談に興じている。

 ならば、僕達が普通に会話する分には何の問題も生じないだろう。

 そこで、僕はふと気になった事を蜂須に尋ねてみた。


「綾音って、演劇とか好きなのか?」

「いえ、別に。どうしてそう思ったの?」

「演劇に興味がなかったら、わざわざこうして見に来たりしないだろ?」

「そうでもないわよ。ただ忙しく歩き回ったり何かを食べたりする事だけが、文化祭の楽しみじゃないでしょ?」

「まあ、それはそうだけどな。」


 僕も、別に蜂須のプランに不満がある訳じゃない。

 蜂須とせっかく良い雰囲気だったし、このまま告白まで一気に行ければ、と思っていただけなのだ。

 とはいえ、今焦っても何も良い事はないだろうな。


「ほら、始まるわよ。静かにね。」

「分かってる。」


 まるで母親みたいな物言いだったな、今の蜂須の台詞……。

 僕って、そんな我儘な子供みたいに思われているんだろうか。

 だとしたら、ここで多少なりとも落ち着きのあるところを示さねばなるまい。

 自分の言動に細心の注意を払って、蜂須からの好感度を下げない事を第一に立ち回るべきだ。

 そのためにも、まずは――彼女に言われた通り、大人しく演劇を鑑賞するとしよう。


 ……。


「ふぅ。何とか生徒会長は撒けたわね。さすがに仕事を放って演劇鑑賞なんて出来ないでしょうし。あたしが一歩リード、ってね。」

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