第139話 次の約束
蝶野会長と別れて教室の外に出た僕は、下の階に降りるために階段に向かった。
だが、階段に差し掛かったところで、後ろからパタパタという足音がこちらに駆けてくるのが聞こえたため、慌てて後ろを振り返る。
まさか、会長が追い掛けてきたのか!?
いや、さっきの別れ際の様子から察するに、彼女が僕を追い掛けてくるとは考え辛い。
じゃあ、一体誰が――?
僕が感じたその疑問は、階段近くの廊下の陰から姿を現した黒髪の少女の登場によって解決した。
「先輩、こんな所で何をしていたんですか? 今日の午前中は、クラスの出し物の当番が入っていたはずですよね!?」
「誰かと思ったら、蟻塚さんか。1つ聞きたいんだが、どうして僕の当番の予定を把握しているんだ?」
慌てた顔で出てきた蟻塚は、カッターシャツの上から水色のエプロンを着けている他、長い黒髪をポニーテールに纏めており、更にバンダナも巻いていた。
恰好からして、クラスの出し物の仕事を抜け出してきたように見えるが……。
「先輩の教室に何度も通っているうちに、後藤先輩やその友人方と何度か話す機会がありまして。その際に、先輩の予定なども聞き出しておいたんです。」
「いつの間に後藤と仲良くなってたんだよ……。」
あー、でも思い返してみれば、確かに心当たりはある。
最近、後藤達に「あの1年の可愛い子との仲はどうなったんだ」と質問される機会が何度かあったからな。
今更ながらに、あれはそういう事だったのかと納得したよ。
「先輩が今日の午前中に仕事だと聞いたから、私も自分のクラスの当番を今日の午前中にしてもらって、他の日時を空けておいたんです。」
「わざわざ僕に合わせていたのかよ! って、もしかして蟻塚さんも僕と一緒に回るつもりだったのか?」
「一緒に回りましょう、と今朝お誘いしたはずですよ? まさか忘れていたんですか?」
「え、あぁ、そういえばスマホにメッセージが飛んできてたっけ……。」
今日の午後から一緒に回りましょう、的なメッセージを見た覚えがある。
だが、蜂須と一緒に回る予定が既に入っているため、蟻塚の誘いは断ったはず……あれ、僕は確かに断りのメッセージを返信したよな?
えーと、僕がスマホを見ていたのは、お化け屋敷が開店した後、最初の客が入るまでの間だ。
スマホで蟻塚のメッセージを確認した後、返信しようとした矢先に客が入ってきて――あ。
「先輩、私のメッセージに返信もしていませんでしたよね?」
「わ、悪い。完全に忘れてた。」
蟻塚から見れば、僕は自分の仕事を放り出して蝶野会長とのデートに興じていた挙句、蟻塚のメッセージを無視していた事になる。
蟻塚が語気を強めるのも致し方ないだろう。
僕が軽く頭を下げると、彼女は険しい表情のまま、もう一度今朝のメッセージについて触れてきた。
「今直接お誘いさせて頂きますが、午後から一緒に文化祭を回りませんか?」
「えっと、重ね重ね申し訳ないんだが、今日も明日も、午後からは予定があるんだ。」
断るつもりであるのなら、今朝のメッセージにすぐ返信すべきだった。
僕がそうしていれば、蟻塚に無駄な時間を使わせる事もなかっただろう。
罪悪感を覚えながらも、僕は蟻塚の誘いを断る選択をした。
ここで蟻塚の誘いを受ければ、蜂須との約束の方が無しになってしまう。
僕が断りを入れた事で、案の定、蟻塚は残念そうに表情を曇らせた。
うーん、今回は僕にも非があるし、多少は譲歩すべきか?
さすがにこのまま話を終わらせるのは、ちょっと可哀想だよなぁ。
一応、代案も思いついたし、提案だけしてみるか。
「明日の午前中だったら、僕は一応空いているぞ。」
明日の午前中は、蜂須がクラスの出し物の当番に割り当てられているため、彼女と一緒に行動する約束などは入っていない。
また、蝶野会長からも特に何も言われていないので、この日時だけはまだ僕の予定が埋まっていない状態だった。
だから、蟻塚と一緒に文化祭を回る約束をしても問題はないのだ。
僕の提案を受けて、蟻塚の曇っていた表情がみるみる輝き始め、晴れ渡るような満面の笑顔に変わっていく。
彼女が普段とは少し異なる恰好をしている事も相俟って、その新鮮な可愛らしさに思わずドキッとしてしまった。
そもそも、見た目はアイドルに引けを取らないレベルの清楚系美人だからなぁ。
外見だけなら一番僕のタイプだし、グッとくるのは致し方ない事だろう、うん。
「本当に良いんですか? 私も明日は午前中なら空いているので、是非お願いします!」
「分かった。じゃあ、明日はよろしくな。」
「はいっ! あ、私、先輩を見かけて仕事を抜け出してきていたので、そろそろ戻らないと。今日はこれで失礼しますね。」
「ああ、仕事頑張ってな。」
小走りで階段を降りていく蟻塚を、僕は手を振って見送った。
彼女の姿が視界から消えた後、僕もゆっくりと階段を降りようとして――1つ、問題に気付いてしまった。
その問題とは、僕が1人で迂闊に校内を歩き回ると、他のクラスメイトと遭遇した時に不信感を抱かれる可能性がある、という問題だ。
この午前中の間、僕は本来クラスの仕事が入っていた。
にも拘わらず、「生徒会長のヘルプがあるから」と理由を付けて、クラスの仕事を外してもらったのだ。
もし、今僕が1人で遊び歩いていたら、「生徒会の仕事はどうなった」「今まで何をやっていたんだ」とクラスメイトから追及されかねない。
「不本意だけど、昼過ぎまでは適当に身を潜めておいた方が良さそうだな……。」
文化祭の間、人気のない場所に1人で籠って時間を潰すだなんて馬鹿げているが、今回はそうする他ない。
蝶野会長が「3階には文化祭で使用されていない空き教室が幾つかある」とさっき言っていたし、階段を降りずにこの階の何処かに潜伏するのが良さそうだ。
考えがまとまった後、僕は会長とさっき一緒にいた教室とは真逆の方向へ向かって歩き、空き教室を探していった。
すると、廊下の端近くに空き教室を首尾良く見つけたので、そこへこっそりと忍び込む。
「ここなら大丈夫そうだな。」
教室前の廊下に人が丁度いなかったので、僕が忍び込む場面も見られていないはずだ。
教室前方にある時計の針は、僕が教室に入った時点で11時を僅かに回っていた。
蜂須と合流する予定時刻は13時だったから、まだ1時間以上も空いている。
とりあえず、スマホを弄りつつ、教室の窓からこっそり外の様子を観察したりして、適当に時間を潰すとしよう。
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