第12章 混沌の文化祭
第137話 文化祭初日
我が校の文化祭は、10月上旬の土日の2日間に渡って開催される。
そして、今日はその1日目にあたる土曜日だ。
登校時刻はいつも通りだが、文化祭は10時から開始となっている。
文化祭が始まるまでの間には、文化祭実行委員会及び生徒会による挨拶や文化祭の開催宣言といったイベントがあり、余った時間で各々の出し物の準備をする事になるのだ。
文化祭前日の時点で、自分達の教室内に設けられたお化け屋敷は完成しているため、準備と言っても小道具の分配や機材などの最終チェックくらいしかやる事はないけどな。
ちなみに、僕はこの1日目の午前中に、クラスの出し物「お化け屋敷」の当番が入っている。
僕の役目は小道具を使って客を驚かせる役で、お化けとして人前に出る訳ではない。
教室内に設置された仕切りは段ボールで作られているのだが、この段ボールの所々には穴が空いており、そこから小道具を出したり、客が通過するのに合わせて効果音を鳴らすのが、僕の主な仕事となる。
人前に出て驚かせるお化け役は、やはりと言うべきかコミュニケーション能力に優れたリア充達の役回りだ。
あいつら、こういう賑やかそうな役が好きそうだものな。
「はぁ……。それにしても、客が来るまで暇だなぁ。」
当然の話であるが、客が入らなければ、僕の出番は回ってこない。
その上、僕の持ち場の周りには他のクラスメイトもいないので、雑談なども出来ない。
まあ、客が入っていたらどの道雑談など出来ないから、正直どうでも良いのだが。
それにしても、文化祭が始まってから10分は経過しているというのに、客が来ないな。
おまけに、お化け屋敷の特性上、教室の中は真っ暗な状態だ。
こんな暗い場所でジッとしていても、退屈だな……。
適当にスマホでも弄って暇を潰すか。
ただ、スマホの灯りが周囲に漏れると問題なので、スマホの角度に気を付けつつ、小道具や遮蔽物を利用して灯りが漏れないように、と。
「ん?」
おっと、スマホにメッセージが着信しているな。
さっきまでお化け屋敷の準備に勤しんでいたから、連絡に気付かなかった。
えーと、誰から……げ。
「先輩、お疲れ様です。今日は午前中からお化け屋敷の当番に入っているんですよね? 先輩のクラスまで是非遊びに行かせてもらいますね。それと、私も今日の午後は空いているので、仕事が終わったら文化祭を一緒に回りましょう!」
おい。
だから、何で蟻塚はごく当然のように僕の予定を把握しているんだよ、おかしいだろ。
こいつは一体何処から情報を得ているんだ?
さすがに気になるし、今度会ったら問い詰めてやろう。
「2名ですね? どうぞ、お入りください。くれぐれもお気を付けて……ふふ。」
僕がスマホを触り始めてから程なくして、静寂を破るように、教室の出入り口で受付をしてくれている女子の声が聞こえてきた。
扉がガラリと開く音と共に、2人分の足音が教室の中に入ってくる。
「へー、そこそこいい感じに出来てるじゃん。」
「そうかぁ? ま、高校生の割には頑張ってるかもだけどさ、ははっ。」
声からして、入ってきたのは男女のペアみたいだな。
上から目線な物言いは若干カチンと来るが、今は黙って仕事を遂行するのみだ。
僕は傍らに置いていたレコーダーを再生し、効果音を鳴らすと同時に、用意していた小道具を仕切りの穴から突き出す。
「お? って、なんだ、こんなショボいので驚かせてるつもりかよ。」
「もう、そういう事言わないの。一応お化け屋敷なんだし、ね?」
僕が脅かしても、この客は全く動じる気配がない。
うーむ、高校生が背伸びして頑張ったところで、子供騙しの域を出ないという事だろうか。
遊園地にある本格的なお化け屋敷のレベルはさすがに無理だとしても、それなりに楽しんでもらえるレベルにすら達していないとなると、売り上げは微妙かもしれないな。
クラスの出し物の準備に全く関わっていなかった僕が、とやかく言えた事じゃないが。
って、考え事をしている間に、さっきの客は僕の持ち場を通り過ぎていったみたいだな。
小道具を引っ込めて、レコーダーの音も止めて、と。
次の客が来るまで、また適当にスマホでも触って暇潰しするか。
「はい、1名ですね……え? 蜜井君ですか? どういった用件で……は、はぁ、なるほど、分かりました。ちょっと呼んできますね。」
あれ?
受付の方で、僕の名前が呼ばれたような。
いや、あり得ないよな、うん。
僕の聞き間違いだろう。
そう思いたかったのだが、この直後、受付をしていた女子が僕の傍までやって来てしまった。
「蜜井君、生徒会長が『仕事を手伝って欲しい』って言ってるから、抜けてもらっていいよ。」
「は? え、会長が!?」
おい待て、どういう事だよ!?
生徒会のヘルプは、文化祭の準備が終わった時点でもう不要なはずだろ!?
話が違うんだが?
「僕が本当にここを抜けたら、持ち場が空いてしまうだろ。それは不味いんじゃないのか?」
「さっきクラスのグループチャットで呼び掛けたから、すぐに代わりの人が来てくれるし、そこは心配しなくても大丈夫だよ。蜜井君がずっと生徒会のヘルプをしてた事はみんな知ってるしね。」
「分かった。じゃあ、行ってくる……。」
外堀を完全に埋められている上、相手は生徒会長。
となれば、僕がこの場で断る訳にはいかない。
蝶野会長は別に怖くないのだが、断った場合、クラスメイト達への釈明が面倒だからな。
受付の子に後を託し、僕は持ち場を速やかに離れて教室の外に出る。
すると、教室の前では会長が笑顔で僕を待っていた。
幸い、他に並んでいる客はいなかったため、速やかに僕の代わりの人が来れば問題はなさそうだ。
周囲の状況を確認した僕は、会長に詰め寄る形で、自分から口火を切る。
「会長、どういうつもりですか? 嘘をついていきなり呼び出すなんて、何を考えているんですか?」
「嘘なんかじゃないよ? ちゃんと仕事があるから呼んだの。私、これから見回りに行くんだけど、蜜井くんにもついて来て欲しいんだよ。」
「それ、僕が同行する必要性ってありますか? ただの見回りなら、会長1人で充分では?」
「そうとも限らないよ? 文化祭は、学外のお客さんもたくさん来るし、万が一のために男手があるに越した事はないでしょ?」
蝶野会長の権力は、あくまで学内の生徒達に対して発揮されるものだ。
学外の人間、特に問題を起こすような輩には通用しない。
会長が注意をしたら相手が逆上してきた、という展開は充分にあり得る。
つい先日、会長はサッカー部の部長から暴力を振るわれそうになったばかりだしな。
だからこそ、会長は1人での見回りに不安を覚えている、って事か。
「事情は分かりましたけど、それなら他の役員の人に頼めば良いのでは? 男子の役員もいましたよね?」
「いるにはいるけど、その子達は、他の女子の役員とペアを組んで動いているからね。私だけが余る形になっちゃったんだよ。」
「それで、僕に声が掛かった訳ですか。」
今から蝶野会長に声を掛けられても、素直にヘルプに応じてくれそうな生徒。
尚且つ、いきなり引き抜いたとしても、その生徒が所属しているクラスや部活動の出し物に影響が極力及ばない事。
これらの要件を満たせる生徒は、非常に限定されるだろう。
「話は理解しました。今からクラスに戻るとみんなから余計に怪しまれますし、今回はついていきますよ。」
「ありがとう。じゃあ、今日一日、よろしくね。」
「あー、えっとですね、午後からは予定が入っているので、午前中だけって訳にはいきませんか?」
今日と明日の午後、蜂須と文化祭を一緒に回る予定が僕にはある。
しかも、この話を持ち掛けてきたのは蜂須からだった。
これは、もうデートと言って差し支えないのでは?
僕は一度蜂須に告白していて、その状態で彼女からこのようなアクションが返ってきたのだから、完全に脈ありと見做していいだろ。
となれば、この約束をすっぽかす、という選択肢はあり得ない。
「予定? もしかして、誰かと一緒に回る予定でもあるのかな?」
「ええ、まあ。」
蜂須と回る、とはこの場では言わない事にした。
いずれにせよ、見回り中の蝶野会長に蜂須と一緒にいるところを目撃されれば全て明らかになってしまう話だが、それでもバレないに越した事はないからな。
「ふーん。それなら仕方ないかな。私が急に誘ったのが悪いしね。じゃあ、午前中の間だけお願いできるかな?」
「分かりました。それで良ければ付き合いますよ。」
面倒な事になったが、クラスの出し物の仕事を続けるのも退屈そうだったので、今回は良しとしよう。
蜂須との約束は破られずに済みそうだしな。
文化祭開始早々、予想外の展開になってしまった事は気掛かりだが、何とかなると自分に言い聞かせながら僕は蝶野会長と一緒に歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます