第136話 文化祭の約束
「遅いわね……。」
おかしい。
2学期に入ってから早1ヵ月が経過しようとしているのに、義弘から未だに何のアクションもない。
あいつ、夏休み中のキャンプで、あたしに告白してきたわよね?
あたしは、「本気で好きだというのなら、もう少し覚悟を決めてから告白をやり直して欲しい」と伝えただけなのに、状況はどうなっているの?
もしかして、蝶野生徒会長が聞かせてくれたあの録音の通り、義弘はあたしの事がそこまで好きじゃなかったのかしら。
告白するからにはそれなりに好意を持ってくれていると踏んでいたんだけど、あたしの見当違い?
文化祭の準備が始まってから、義弘はすぐに蝶野生徒会長に捕まり、毎日放課後になると生徒会室へ行くようになった。
蟻塚さんまで生徒会のヘルプに加わったそうだし、あの2人はきっと、義弘を巡って攻防を繰り広げているのでしょうね。
一方のあたしはといえば、毎日毎日、教室で黙々とクラスの出し物の準備に勤しむだけ。
クラスには義弘以外に親しい人がいないので、あたしはいつも1人ぼっちだ。
「義弘は、このままあたしから離れていっちゃうのかしら……。」
もしかして、義弘の奴、蝶野生徒会長と蟻塚さんのどちらかに靡いたりしていないでしょうね。
今更だけど、あの告白の時、会長の言葉に惑わされず素直にオッケーの返事をしておけば良かったわ……。
後悔先に立たず、とはよく言ったものね。
今思えば、あれって会長の策略だったのかしら。
だとしたら、まんまとそれに引っ掛かったあたしも迂闊だったわ。
義弘と直接コンタクトを取りたいところだけど、あたしからは気まずくて未だに声を掛けられていない。
電話越しでなら何とか話せるものの、そこからの進展はないままだ。
これでは、あの2人のどちらかに義弘を奪われてしまう。
義弘から告白された事実に胡坐をかいて、今までのあたしは受動的になり過ぎていたかもしれないわね……。
「よし、決めたわ。」
こんな場所で嘆いていても仕方がない。
状況を好転させるには、行動あるのみだ。
既に大幅に出遅れている今、躊躇っている時間はないもの。
あたしから義弘に接触し、現状の確認と今後のあたし達の関係について話をすべきだろう。
ただ、今からあたしが直接生徒会室へ向かったところで、邪魔が入るのは目に見えている。
もどかしいけれど、結局一番確実なのは、夜自宅にいるタイミングで義弘に電話を掛ける方法しかない。
これなら、よそ者が邪魔に入る余地はないもの。
しかし、蝶野生徒会長と蟻塚さんの動向は気になる。
偵察がてら、こっそり覗きに行くのは有りでしょうね。
義弘から電話で事情を聞くにしろ、事前に情報は出来るだけ集めておきたいし。
思い立ったあたしは、最終下校時刻を告げるチャイムが鳴った後、生徒会室付近の廊下まで足を運んだ。
義弘達に見つからないよう、廊下の角に身を隠して様子を窺っていると、生徒会室から続々と生徒が出てくる。
そして最後に出てきたのは、やはり義弘と蝶野生徒会長、蟻塚さんの3人だった。
会長が部屋の鍵を閉めた後、3人は鍵を返すため職員室に立ち寄るみたいだ。
その後ろをこっそり追跡しながら、あたしは彼らの話に耳を傾ける。
「クク、文化祭の準備もいよいよ大詰めが近付いているな。あと少し、よろしく頼むぞ。」
「まあ、あと少しですしね。程々にやっていきますよ。」
「私は、正直文化祭なんてどうでも良いんですけどね。あ、そうだ。先輩、文化祭の予定は当然空いていますよね? 私と一緒に回りましょう。」
「僕の予定が空いている事を前提に、勝手に話を進めるなよ……。」
グイグイ攻める蟻塚さんに、義弘は明らかに困惑しているみたいね。
蟻塚さんみたいに清楚で綺麗な子から誘いを受けても乗り気じゃなさそうな辺り、義弘の気持ちが蟻塚さんに傾いている訳ではないと見える。
だが、もう1人の方はどうだろう?
「生憎、蜜井くんには既に私と文化祭デートをする予定があるのだよ。すまないが、蟻塚さんには諦めてもらうぞ。」
「だから、勝手に人の予定を捏造しないでくださいって……。」
蟻塚さんに負けじとばかりに対抗する蝶野生徒会長だけど、やはり義弘は乗り気じゃなさそうだ。
あんなに美人な2人に囲まれても誘いに乗らない辺り、あいつの本命は変化していないって事かしら。
だったら、あたしが今から動いても手遅れにはならないわね。
「そうと決まれば、先手必勝よ。」
義弘の予定が決まっていないうちに、早くあたしとの約束を入れてしまおう。
そしてもう1つ、あたしはたった今、心の中で決めた事がある。
文化祭の日、あたしは――自分から義弘に告白する。
義弘がいつまであたしを好きでいてくれるか、あたしには分からない。
もしかしたら、何かの拍子に蝶野生徒会長、蟻塚さんのどちらかを選ぶかもしれないのだ。
っていうか、あの2人の容姿やその他諸々を考慮すれば、今まで靡かなかった事自体が奇跡的と言ってもいいくらいよね。
とにかく、今のうちにあたしは自分から動かなければならない。
決意を固めたあたしは、この日の夜に早速行動を起こした。
夕食後にあたしが電話を掛けると、すぐに電話は繋がり、義弘の声が聞こえてくる。
「もしもし? 急にそっちから電話なんて珍しいな。」
「驚かせちゃったみたいで悪いわね。最近、あんたと話せてなかったな、と思って電話したのよ。」
「そういえば、最近は文化祭の準備で忙しくて、家に帰ってからも電話なんて殆どしてなかったな。メッセージのやり取りで現状報告だけは続けていたけど、久しぶりに綾音の声を聞いた気がするよ。」
「そうね。今まで突き放すような態度を取ってしまってごめんなさい。」
「え? あ、ああ。別に気にしてないから、それは構わないんだが……。ところで、何か用件があったんじゃないのか?」
あたしが突然電話を掛けてきた事に、義弘は驚いているみたいね。
気まずいからと言って、今まで突き放し過ぎたかもしれないわ。
義弘の対応も、心なしかちょっと固い気がする。
でも、ここでめげている場合じゃない。
あたしは意を決して、本題を切り出した。
「文化祭の日なんだけど、2日あるうちのどちらか1日だけで良いから、一緒に回れないかしら?」
「へっ……!?」
義弘が一際大きな声を上げ、息を呑んでいる。
そこまで驚かせてしまうような事を言ったつもりはなかったんだけど、最近のあたし達の関係を鑑みれば当然の反応かもしれないわね。
驚きのあまり、義弘は暫く言葉を失っているみたいなので、あたしはもう一度先ほどの言葉を繰り返した。
「あたしと一緒に文化祭を回らない? あたし、あんたの他に一緒に回れそうな相手とかいないし、あんたと一緒だったら、た、楽しいと思う、から……。」
うう、自分で言ってて恥ずかしくなってきたわね。
恥ずかし過ぎて、声が途中から小さくなってしまった。
だけど、勇気を振り絞ったかいあって、黙り込んでいた義弘がようやく口を開いてくれた。
「わ、分かった。僕で良ければ、もちろん構わないぞ。えーと、僕も文化祭の日は特に予定がないから、1日目でも2日目でも……いや、どうせなら2日とも一緒に回るか?」
「義弘がそれで良いのなら、あたしも異論はないわ。でも、クラスの出し物の当番に割り当てられている時間帯だけは、席を外す事になるわよ。」
「あー、そうか、それは仕方ないな。でも、うちのクラスの出し物ってお化け屋敷だろ? 綾音もお化けの役をやるって事か?」
「違うわよ。あたしは裏方で仕掛けを動かす役。こんなギャルのお化けが出たってそれっぽくないでしょ?」
日本のお化けと言えば、長い黒髪に白装束っていうテンプレートが昔から確立されているもの。
あたしみたいなギャルがお化けとして出てきたら、雰囲気ぶち壊しでしょ。
「っていうか、まるで他人事みたいな口ぶりだったけど、あんたもお化け屋敷の当番が割り当てられてるわよ? 後藤から聞いてるわよね?」
「え!? それ、初耳だぞ!?」
「そうなの? あんた、ずっと放課後はいないから、後藤から伝えておくって話になってたんだけど。」
はー、義弘に注意しておいて良かった。
危うく義弘が当番をすっぽかすところだったわね。
連絡を忘れた後藤が一番悪いのは間違いないけれど、義弘もクラスメイト達から責められていたかもしれないし。
「ちなみに、僕はいつ当番に割り当てられているんだ?」
「あんたは1日目の午前中よ。ちなみに、あたしは2日目の午前中に当番が入ってるわ。」
「って事は、1日目も2日目も、午後しか一緒に回れないって事か。」
「そうなるわね。予定通りに当番が回ってきたら、の話だけど。」
文化祭にトラブルは付き物だ。
去年、あたしはギャル仲間と一緒に文化祭を回っていたんだけど、仲間の1人が出し物の当番を忘れてすっぽかしていた事が後で発覚したのよね。
あの時は、他のクラスメイトが穴埋めしてくれていたお陰で大きな影響はなかったが、今年も同じような事がクラスで起きる可能性はある。
「とりあえず、暫定で2日間とも午後に回る、って予定で確定しておくか。先の事なんて分からないしな。万が一の場合は、臨機応変に対応するしかないだろ。」
「ま、その通りね。じゃあ、それで約束してもらえるかしら。」
「ああ、もちろんだ。」
ふぅ、良かった。
蝶野生徒会長や蟻塚さんが動く前に、義弘を確保できた。
だけど、これだけじゃまだ万全とは言えない。
あの2人だって、絶対に黙っていないだろうから。
例えどんな手を使う事になるとしても、義弘を、必ずあたしだけの物にしてみせる。
だけど、もしそれが叶いそうになかったら、あたしは――。
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