第135話 暴かれた裏

 僕は、今日も今日とて生徒会室を訪れ、文化祭に向けての準備に勤しんでいた。

 仕事の進捗は順調であり、先週までの遅れはほぼ取り戻せている。

 正直、もう僕の助けは必要ないんじゃないかと思うのだが、ここを抜けるとクラスの出し物の手伝いをさせられるしなぁ。

 ぶっちゃけ、今更クラスに戻るよりも、こっちのヘルプを続けている方が楽だ。


 ――ただ1つ、僕の両隣に陣取っている奴らの言動に目を瞑ればな。


「先輩。その仕事が終わったなら、こっちを手伝ってもらえますか?」

「蜜井くん、これから私についてきてもらえないか? イベントの準備の様子を見に行くのだが、其方に手伝ってもらいたい事があるのだよ。」


 僕を挟んで同時に声を掛けてきたのは、蟻塚と蝶野会長だ。

 蟻塚がここにいるのはいつも通りだが、今日は会長もずっと生徒会室で仕事をしている。

 つい先日、会長はサッカー部の問題を解決に導き、その後始末も済ませたので、今日から生徒会の仕事に戻ってきたのだ。

 会長でなければ対応できない仕事が溜まっていたため、彼女が戻ってきた事は喜ばしいのだが……。


「せ・ん・ぱ・い? 私の声、聞こえていますよね?」

「さあ、蜜井くん。私と一緒に行くぞ。」


 2人が同時に僕の肩を掴み、鋭い視線をこちらにぶつけてくる。

 えっと、ちょっと怖いんで少し離れてもらえませんでしょうか……?

 この場で僕を助けられそうな第三者、もとい他の生徒会メンバー達にそれとなく目配せするも、彼らはこちらをいないものとして扱っているのか、さっと視線を逸らされてしまった。


 という訳で、僕が自力でこれをどうにかするしかなさそうだな……。

 蟻塚と蝶野会長のうち、どちらの仕事を僕は手伝うべきなのか。

 正直、どっちも嫌だというのが本音なのだが、2人共それを認めてはくれないと分かり切っている。

 なので、ここは常識的な回答を返す他ないだろう。


「僕の仕事はまだ終わってないので、それが終わってからじゃ駄目ですか?」


 事なかれ主義者の必殺技、引き延ばしを発動だ!

 これで時間を稼ぎ、事態が沈静化するのを待つ。

 我ながら完璧な――


「ククク。ならば、生徒会長権限を行使させてもらおう! 其方達は生徒会のヘルプとしてここに来ている以上、私に従ってもらわねばならん!」

「ふぁっ!?」


 うぉぉぉい!

 それは反則技だろ!

 必死の抵抗を権力で強引にねじ伏せやがった!


「随分と卑怯な真似をしますね。生徒会長として、権力を振りかざすのは如何なものかと思いますが?」


 あんぐりしている僕をよそに、蟻塚は怯む事無く蝶野会長に立ち向かっていく。

 こういう時だけは頼もしい……と言いたいところだけど、こいつの反論が通ったら、僕は結局こいつに付き合わされる事になる訳で。

 はぁ、仕方ないな。


「分かりました。僕は会長についていきますよ。」

「先輩!? 本気ですか!?」

「フッ、其方ならそう言ってくれると確信していたぞ。」


 ここ最近、毎日のように蟻塚と一緒に仕事をしていたからな。

 たまには蝶野会長と仕事をするのも悪くないだろう。

 それに、サッカー部の反乱が収まった後、イベントの準備がどうなっているのかは個人的に気になっていた。

 また、後藤から軽く話は聞いているが、サッカー部の顛末についても会長の口から教えて欲しいと思っていたしな。


「では、早速行こうではないか。蟻塚さん、留守を頼むぞ。」

「ちっ……分かりました。この借りは、近いうちに必ず返させて頂きますから。」

「クク、望むところだとも。再び聖戦で相見える時を楽しみに待っているぞ。」


 蝶野会長と蟻塚の鋭い視線が交差し、すぐに逸らされる。

 一瞬だけ緊張感と悪寒を感じた僕は、何も言えずに固まっていたが、会長と目が合った瞬間、金縛りが解けたように足が動いた。

 会長に続いて生徒会室を後にし、廊下に出ると、会長が小さく笑みを浮かべてこちらへ振り返る。


「急に付き合わせちゃってごめんね。でも、選んでくれて嬉しかったよ。」

「まぁ、ちょっと気になる事もあったんで。この機会に話を聞いておきたいなと思いまして。」

「うん、いいよ。サッカー部の事を聞きたいんだよね? 歩きながら話そっか。」


 僕が皆まで言わずとも、蝶野会長は僕が尋ねたい事を既に察していたようだ。

 目的地に辿り着くまでの間、僕が聞きたかった事を蝶野会長は快く話してくれた。


「私ね、サッカー部の部長である坂崎くんに、下半期の部費の削減をちらつかせたの。学校行事に対して故意に問題を起こすのは、立派な不祥事であり、部費を削減するに足る正当な理由だってね。」

「県大会が控えている状態で部費の削減を喰らうのは、なかなかの痛手になりそうですね……。でも、会長が強権を使うなんてびっくりしましたよ。」

「こういうのは最後の手段だと思っていたんだけどね。穏便に対応しても埒が明かなかったから。私が最後通告をしたら、坂崎くんは逆上して、顧問が見ている事に気付かず私に暴力を振るったんだよ。」

「それは、もう致命的としか言えないですね。」


 生徒に暴力を振るうだけでも大問題だが、振るった相手がよりにもよって女子とはな。

 しかも、その場面を教師に見られたとなれば、致命傷は免れない。

 文字通り、ゲームオーバーだ。


「会長は、怪我とかはしなかったんですか?」

「うん、顧問の先生が止めてくれたからね。殴られそうになったけど、結果的には胸倉を掴まれただけで済んだよ。」

「そうですか、それは良かったです。」


 蝶野会長が暴力を受けた、と聞いた時はびっくりしたが、怪我がなくて何よりだ。

 まあ、元気な姿で生徒会室に現れた時点で、何も問題なかったのは分かり切っている事だったか。


「サッカー部に対して課す処分については、部費の削減は決定事項。あと、イベントの準備にもこれからは必ず参加してもらう。但し、今回の問題を理由に、県大会への出場を辞退させるような事はしない。それが、私と顧問の先生が協議して決めた処分の内容だよ。」

「まあ、妥当ですね。部長の巻き添えを喰らう形になった後藤達はちょっと不憫ですけど。」

「唯々諾々と部長の指示に従って、イベントの準備を放棄していたんだから、彼らも責任を負うのは当然だよ。」


 うわぁ、辛辣だなぁ。

 いや、蝶野会長の言っている事は確かに正論なんだけどな。

 それなりに親しい友人である後藤が、今回の件で少し凹んでいるみたいだったから、ちょっと同情しちゃうんだよなぁ。

 とはいえ、これまで散々振り回された挙句、暴力まで振るわれたのだから、会長が怒り心頭になるのも無理はないが。


 と、話をしているうちに、僕達は体育館の一角に辿り着いていた。

 放課後の体育館は、バスケ部などが練習に使用する場所なのだが、その一部を間借りする形で作業スペースが確保されている。

 もちろん、ここだけでは作業スペースが足りていないため、他にも空き教室などを確保して作業が進められているのだが、サッカー部から派遣された助っ人はこの場所で仕事をしているらしい。

 彼らの中に見知った顔を見つけた僕は、早速そいつに声を掛けてみる事にした。


「後藤、ちゃんとこっちに来てたんだな。」

「よぉ、蜜井か。って、生徒会長も一緒かよ。もしかして、俺らがサボるとでも思われてたか?」


 大道具の作成中だったらしい後藤が、ツンツン頭を掻きながら苦笑いを浮かべている。

 これまでの経緯が経緯だけに、僕達がここへ来た理由をすぐに察したんだろう。

 だったら、こちらも下手に言い繕う必要はなさそうだな。


「まあ、そんなところだ。後藤の他にサッカー部の奴は来てるのか?」

「おう、他は1年の奴が2人来てるぜ。準備作業に参加するメンツは日替わりで交代していく事になっててな、今日は俺らが担当だ。」

「なるほどな。そうしないと不公平感が出るだろうし、致し方ないか。」


 文化祭の準備を手伝う当番決めでまた揉めたりしたら、今以上に重い処分を下されかねないしな。

 平等に仕事を振るのが一番手っ取り早く確実だろう。

 サッカー部の連中が準備に参加する事によって、作業もスムーズに進むようになるはずだ。

 これにて一件落着……かと思いきや、後藤が「お」と声を上げ、とんでもない言葉を口にした。


「そうだ、1つ思い出したんだけどよ。坂崎の奴、お前が親しくしている1年の可愛い子に目をつけてたみたいだぜ?」

「蟻塚さんに、か?」

「ああ。坂崎が、その蟻塚って子に『付き合ってくれ』ってこの前言ったらしいんだが、『私を振り向かせたいなら、県大会で好成績を出して格好良いところを見せて欲しい』って返されたらしいぜ。だから、あいつは試合に勝つ事に躍起になって、大会に向けての練習のために文化祭の準備をバックれよう、と考えたんだとよ。」

「へぇ、そんな事があったのか。」


 うちのサッカー部は地区大会で優勝したのが奇跡的なレベルの弱小部らしいから、蟻塚はそこを突いて無茶な条件を出し、告白を間接的に断ろうとしたんだろうな。

 とはいえ、少し気に掛かる部分もある。

 蟻塚の性格上、こんな遠回しな断り方はせず、もっとストレートに容赦なくフるものだと思っていたんだがな。

 蟻塚は、坂崎が条件を満たせば付き合っても構わない、と考えていたんだろうか?


 多分あり得ないとは思うけど……なんだろう、ちょっとモヤッとするな。

 あんなに僕にアプローチまがいの事をしておいて、どういうつもりなんだ?

 蟻塚を一度フった僕に、文句を言う筋合いなんてないと分かってはいるが、何だかなぁ。


「その話は、私も初耳だな。ククク、情報提供に感謝するぞ。」


 ここへ来てから静かだった蝶野会長が、小さく笑みを漏らしている。

 しかし、心なしか彼女の表情、目が怖いような。

 眉間に微妙に皺が寄っていて、ちょっと怒っているっぽい顔にも見えるんだが。


「蜜井くん、そろそろ次の場所へ様子を見に行くとしよう。ついて来てくれ。」

「は、はぁ。分かりました。後藤、そういう訳だから、じゃあな。」

「おう。お前も何だか大変そうだが頑張れよ。」


 おい、それどういう意味だよ、後藤。

 お前が何を心配しているか、まるで理解できないんだが。

 少し気にはなるけど、既に歩き始めた蝶野会長を無視する訳にもいかず、僕はすぐにこの場を離れる事にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る