第134話 痛恨の一撃
あああ、もうっ!
どうしてこんなに何もかも上手くいかないの!
生徒会長としての仕事、全然進まないんだけどっ!?
生徒会室を出た私は、思わず大声でそう叫びたくなる衝動を堪えて、他の部活動の見回りに向かう事にしたの。
募りに募ったイライラのせいか、私は無意識のうちに乱暴な歩き方をしていたようで、廊下にいた生徒達が私を避けていく。
おっと、いけない、いけない。
私は生徒会長なんだから、乱暴な言動は人前では慎まないとね。
周りの反応を目の当たりにして頭が冷えた私は、溜息をついて気持ちを落ち着かせる事にした。
「はー……。」
ここ最近、私はずっとイライラしている状態が続いている。
私が苛立っている理由は幾つかあって、まず1つ目の理由は、夏休み中のキャンプで仕掛けた一発勝負が「的中」しなかった事だ。
これが決まっていれば、問答無用で蜜井くんを私だけの物に出来るはずだった。
なのに、まさか失敗するなんて……はぁっ。
あの時は興奮していてすっかり頭から抜け落ちていたんだけど、私と蜜井くんのあられもない姿をスマホのカメラに収めておくべきだったんだよね。
次に仕掛ける時は、前回の失敗を教訓に策を練り直しておこう……と思っているんだけど、それを邪魔する人が現れたのが、私のイライラの原因の2つ目。
蟻塚さんが、生徒会のヘルプ要員として文化祭の準備に加わった事だ。
サッカー部が反乱を起こした事によって、私が受け持つはずだった生徒会の仕事の一部が宙ぶらりんになり、新たにヘルプ要員を募る必要が出てきてしまった。
上手く言いくるめて蜜井くんだけを引き入れるつもりだったのに、これはとんだ誤算だったよ。
蟻塚さんが「自分もヘルプ要員に入りたい」と言い出した時は断るつもりだったけど、切羽詰まっている状況でヘルプを断るのであれば、当然相応の理由を用意しなくちゃならない。
この時、私が下手な言い訳をすれば、彼女は容赦なくそこを突いて私を追い詰めてくる。
だから、私は蟻塚さんを引き入れるという苦渋の決断を下さざるを得なかった。
それもこれも、あのサッカー部のせいだ。
私は自分の事を短気だと思った事はないけど、今回ばかりは堪忍袋の緒が切れた、もとい激おこだよっ!
サッカー部がイベントの準備を放棄した分だけ、真面目に準備を手伝ってくれている人達に皺寄せが行っているんだ。
なかなか事態が前進しない事もあって、現場の人達からも不満の声が多く出ている。
今までは何とか不満を抑える方向で動いていたけど、それももう限界に来ているからね。
サッカー部の人達の事を考えて穏便に解決しようと頑張るのは、昨日で終わりだ。
私は、今まであの手この手でサッカー部の部員達から部の内情を聞き出し、解決策を打ち出そうとしていた。
だけど、彼らは殆どまともに取り合ってくれず、大した情報を得られないまま臨んだ交渉は滑りっ放し。
正直、手詰まりの状態だったんだよ。
でも、蜜井くんが後藤くんから情報を引き出してくれたお陰で、今のサッカー部に自浄作業が期待できない事、私が今後粘っても進展はないであろう事が明確になった。
だから、今からは容赦なく強硬策を打たせてもらう。
もしもに備えて、準備はバッチリだからね。
「ごめんなさい、少しいいですか?」
「……今日も来たんすか? 懲りないっすね。」
サッカー部が練習しているグラウンドに赴いた私は、準備運動中だった部長に声を掛けた。
毎日私がここへ赴く度に、彼はうんざりした表情を浮かべるんだけど、私の声掛けを無視した事は一度もない。
ま、そんな態度を取っていたら、私に生徒会の権限を行使されるかもしれないから、最低限の対応だけはしてくれるんだろうね。
その小賢しい逃げは、ここでもう終わりにさせてもらうけど。
「私が今日ここへ来た用件は、いつもの話とは違います。今年度の下半期に、サッカー部に支給される部費についてのお話です。」
「は? 部費? どういう事っすか?」
彼は、私が「文化祭の準備に協力して欲しい」と説得をしに来た、と思い込んでいたみたいだね。
でも、それは間違いだ。
私がこれからやるのは、説得なんかじゃない。
強権を振りかざした――脅迫だ。
「各部活動に支給される部費の予算は、部員の数と活動実績、そして不祥事の有無などを勘案した上で決定する。まだ部長になってから間もないとはいえ、このくらいの事は分かりますね?」
「はぁ。俺らは地区大会で優勝したから、下半期の予算が少し上乗せされるって事っすよね?」
「ううん。残念だけど、下半期の部費の予算は減額する方向で組ませてもらいます。」
「は、はぁぁぁっ!? どーいう意味だよ!?」
私の話を淡々と聞いていた部長が、素っ頓狂な声を漏らした。
それもそうだろう、私の放った言葉は彼にとって予想の範囲外のものだったはずだからね。
サッカー部の部費は、備品の購入や合宿・遠征時の交通費などが主な使い道になる。
その部費を削減されるのは、彼らにとって当然痛手だろう。
増して、これから県大会を控えているとなれば猶更だね。
部費を補うために自腹を切るという選択肢もあるにはあるが、これも決して簡単な話じゃない。
サッカー部に入っている人達は、時間的な都合でアルバイトをしていない人が殆どを占めているはずだもの。
勉学とサッカー部の練習、更にアルバイトをも両立するのはまず無理だよね。
よって、部費の減額はサッカー部にとって致命的なダメージをもたらす。
そして、生徒会は部費に回す予算について干渉できる力がある。
これこそが、私の切り札。
「部費を減額する理由は、サッカー部が現在進行形で不祥事を起こしているからです。」
「言い掛かりだろ! 俺らは不祥事なんて起こしてねぇっすよ!」
「サッカー部がイベントの準備を放棄している事によって、他の部活動から色々と苦情が来ています。真面目に準備に参加している部活動の人達に皺寄せが行っているのは紛れもない事実ですからね。また、幾つかの部活動からは、今のサッカー部のような我儘が許されるのなら自分達も準備に出てきたくない、という声が寄せられているんです。もし本当に彼らまで準備に出てこなくなればどうなるかは、予想できますよね?」
「だったら、そいつらを説得すりゃいいだろ。俺らのせいじゃねぇ。」
はー、何とも往生際が悪い人だなぁ……。
っていうか、今の反論は普通にイラッとするよね。
こんな面倒な事を引き起こした元凶の癖に、自覚がないのかな?
それとも、頭では理解しているが認めたら終わりだ、と考えているのか。
凄く鬱陶しい上にイライラするので、さっさと死刑判決を下しちゃおう。
「他の部活動の人達を説得するには、まずサッカー部がイベントの準備に参加する事が大事です。そうでないと彼らに示しがつきませんから。あなた達サッカー部は、学校内の風紀を乱し、文化祭の開催を故意に妨害した。それを理由とし、下半期の予算のうち、サッカー部の部費を削減します。」
「クソっ……!」
「明日からイベントの準備に参加してもらえるのであれば、下半期の部費の削減は最小限に留めます。さあ、どうしますか?」
「参加すると答えても削減はするってのかよ!?」
「これだけの騒ぎを起こしたのですから、何もお咎め無しとはいきません。それでも、今後の活動にあまり影響が出ないよう配慮はします。自分達の身勝手な振る舞いを、少しは反省してください。」
私が判決を下すと、部長は悔しそうに唇を噛み締めて黙り込んでしまった。
最低限の温情は掛けてあげたけど、これ以上は容赦しない。
さっさと首を縦に振ってくれれば、それで話は終了なんだけどなー。
今まで粘り強く反抗していた人達が、いきなり素直に従ってくれるなら苦労はしないんだよね。
「ふざけんな……! 生徒会長だからって、調子に乗るなよっ!」
「っ!」
私に詰められた部長が、顔を赤くしてブルブルと震え出したかと思うと、いきなり私の胸倉を掴んできた。
さすがにびっくりしたけど、逆切れもここまで来ると呆れちゃうよね。
人の胸倉を掴むだけでも、立派な暴力なんだけどな。
しかも、私は女子だよ?
こんな場面を誰かに目撃されたらどうなるか、少し頭を使って考えればすぐ分かるよね。
「おい、そこで何をやっているんだ!?」
大きな声が聞こえた直後、こちらに駆け寄ってきたのは、ジャージ姿の男性教師。
彼は、私が予め声を掛けていたサッカー部の顧問の先生だ。
この先生は、普段はあまり部活動に顔を出しておらず、生徒に丸投げ気味の人だった。
サッカー部がイベントの準備に参加していない件に関して、以前から相談だけさせてもらっていたんだけど、人員の調達に関しての裁量権は生徒会に一任されているため、「そっちで何とかしてくれ」って答えしか貰えなかったんだよね。
だから手をこまねいていた訳だけど、今回のように部員が暴力沙汰を起こしたとなれば話は違ってくる。
相手が逆上して手を上げる事を想定し、予め顧問を呼んでおいたのは正解だったね。
「ふぅっ。何とかなったかな?」
残念だけど、これでチェックメイトだよ。
事後処理を済ませれば、私は晴れて生徒会の仕事に戻れる。
ふふ、今まで邪魔された分、これからは蜜井くんとたっぷりイチャイチャさせてもらおうっと♡
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