第133話 サッカー部の現状

 9月も半ばに差し掛かり、文化祭の準備は着々と進んでいる。

 しかし、今年からの新イベントの準備作業に関しては、少し遅れ気味の状態が続いていた。

 依然としてサッカー部の部員がイベントの準備に参加していないため、その分作業の遅れが生じてしまい、スケジュールの遅延が徐々に蓄積しているのだ。


 問題解決のために蝶野会長も奔走しているようだが、なかなか上手くいっていないみたいだな。

 この問題の対応のために会長が生徒会の仕事に参加できない分、僕や蟻塚がフォローしているので、生徒会の仕事に関しては遅れをある程度は相殺できている。

 ただ、会長でなければ判断できない仕事なども少なからず存在するため、状況は決して良いとは言えないだろう。

 問題を根本的に解決する一手を早急に打たなければ、生徒会の仕事の進捗も危うくなってくるのは確実だ。

 これ以上の静観は悪手だと感じた僕は、自分なりの伝手を使ってサッカー部の現状を確認してみる事にした。


「なぁ、後藤。ちょっと聞いていいか?」

「ん? 何だよ、蜜井。」


 うちのクラスには、問題のサッカー部に所属している後藤がいる。

 それに、こいつは僕の数少ない友人でもあるからな。

 サッカー部の現状を聞き込みするには打ってつけの相手だろう。

 ただ、デリケートな話題なので、今までは自分から切り込む事を控えていた。

 迂闊に切り出せば、後藤と言い合いになる可能性だってあり得るからな。

 事なかれ主義者として、数少ない友人と波風を立てる可能性のある行動は、極力避けたいところだったんだが……。

 それでも、仕事に影響が出ている以上、背に腹は代えられない。


「サッカー部の部員って、イベントの準備に参加していないんだよな?」

「まあな。本当は悪ぃと思ってはいるんだがよ……。」

「悪いとは思ってくれているのか。だったら、どうして今も参加しないんだ?」


 後藤は頭をポリポリと掻きながら、僕から露骨に視線を逸らす。

 その表情からは、イベントの準備を部活単位でバックれている事への罪悪感が見て取れた。

 しかし、自分達に問題があると感じているのなら、今すぐにでもイベントの準備に入れば良いのに。

 僕は単純にそう考えていたのだが、どうやら後藤にも事情があったようだ。


「ついこの前から部長に就任した坂崎さかざきって奴がよ、『準備に行った奴はレギュラーから外す』って息巻いてやがってな。」

「坂崎? って、夏休み明けにサッカー部の新しい部長に就任したっていうあいつの事か。」


 イベントの準備をバックれる考えは、文化祭実行委員会の集まりで蝶野会長とやり合っていたあの坂崎が発案したものと見て良さそうだ。

 ただ、幾ら部長の座についているとはいえ、坂崎の権限は絶対ではないはず。

 後藤や他の部員が声を上げて抗う事も可能だと思うんだがな。


「誰もその方針に反対意見を出したりはしなかったのか?」

「いや、大半の連中は面食らってたと思うぜ? でも、この機会を逃したら、県大会に行けるチャンスなんてもうねぇかもしれないしな……。」


 地区大会で優勝した事すら奇跡的なレベルの弱小部が、来年も県大会まで進出できる保証は何処にもない。

 貴重な青春のひと時を、自分がしたい事のために使いたいと思うのは、人としてごく自然な考えだろう。

 かくいう僕だって、文化祭の準備が本格的に始動する前は、自分の時間が文化祭のために削られる事を鬱陶しく思っていた。

 後藤達サッカー部の連中と同じような考えを抱いていたからこそ、彼らの気持ちも分かってしまうのが歯痒いところだな。


「もし県大会の試合で負けたりなんかしたら、文化祭の準備に行っていた奴が練習不足を理由に責められる可能性だってあるだろ? 引退した3年の先輩達も、県大会で何処まで行けるか期待してくれてるって言うしよ。」

「同調圧力に、上からの期待か。で、色々な要因が積み重なった結果、誰もイベントの準備に出ない事を選択した……いや、出てこれなくなったんだな?」

「まあ、ぶっちゃけるならそういう事だな。悪いな、迷惑掛けちまって。」

「こっちこそ、デリケートな話題を持ち出して悪かった。色々教えてくれてありがとう。」


 後藤に聞き取りをした感触は決して悪くなかったが、事態の進展は叶わなかったか。

 ただ、それなりの収穫は得られたと言って良いだろう。

 この日の放課後、生徒会室で蝶野会長に会った僕は、早速後藤から聞き出した情報を彼女に連携した。


「そっか、そんな事情があったんだね。私がサッカー部に足を運んでも、誰もまともに取り合ってくれなかったから、その情報は助かるよ。」

「部員達も話に応じてくれなかったんですか……。」

「うん。私と迂闊に話すと、身内から裏切り者扱いされるかもって恐れているんだろうね。蜜井くんや後藤くんの事は伏せた上で、今教えてもらった情報は活用させてもらうよ。ありがとう、蜜井くんっ♪」

「は、はい。」


 はにかみながらお礼を言ってくれた蝶野会長、可愛いな……。

 蜂須と上手くいっていない状況が続いているだけに、こんな可愛らしい笑顔を見せられるとドキドキしてしまう。

 蟻塚曰く「会長はまだ僕の事を狙っているんじゃないか」だそうだが、もし次に会長が告白を仕掛けてきたら、正直断れる自信がないなぁ。

 この人、本当に見た目は抜群に可愛いし、性格だって普通に良いと思うし。

 って、そんなにつらつらと長所を上げてたら、気持ちが本当に引っ張られてしまいそうだ。

 なんだか恥ずかしくなってきた僕は、会長から視線を逸らそうとしたのだが――。


「せーんーぱーい? 仕事中に鼻の下を伸ばすなんて、どういう了見なんですかね?」

「痛っ! み、耳を引っ張るなよ!」


 耳が千切れそうな痛みと共に、蟻塚が僕の顔を覗き込んでくる。

 彼女の表情は真顔で、目は据わっていて虚ろな光が灯っていた。

 こいつも外見は蝶野会長に負けてないんだが、ちょっと怖いんだよなぁ。

 見た目だけで言えば一番僕の好みなのに、正直勿体ない。


「いいですか、先輩? 今は仕事中なんですよ? 仕事そっちのけで他の人と、しかも女子と仲良くお喋りしていて良いと思っているんですか?」

「いや、今の話だったら蟻塚さんにも普通に聞こえていただろ? 別に声を潜めていた訳じゃないんだし。」


 僕と蝶野会長が話していた内容は、この文化祭にも関わる物だった。

 仕事と無関係な雑談に興じて手を止めていたのなら叱られるのも致し方ないが、今回はそれに当て嵌まらないのだ。

 蟻塚がその程度の事を理解していないはずがない。

 どうしたものか、と思い悩む僕をよそに、会長がドヤ顔で蟻塚に突っ掛かった。


「ククク! あまり乱暴な真似をすると、それこそ嫌われてしまうぞ? 其方がそれでも構わないというのなら、むしろこちらは好都合なのだがね。」

「ちっ……。仕方ありませんね。やはりあなたとは、改めて決着を着ける必要がありそうです。」

「私も同意見だよ。我らの聖戦は、近いうちに始まるだろう。楽しみにしておくぞ。」

「ええ、望むところです。」

「フッ。では、私はそろそろイベントの準備を見に行かねばならんのでな。これにて一旦失礼させてもらうぞ。」


 蝶野会長は、今日も各所の見回りなどに向かうため、生徒会室を出ていった。

 彼女の姿が消えると、隣の蟻塚の表情も穏やかなものに戻り、花の綻ぶような笑みが浮かぶ。


「ようやく邪魔者が消えてくれましたね。さぁ先輩、私との共同作業の続きに取り掛かりましょう?」

「お、おう……。」


 共同作業て。

 結婚式でケーキ入刀する新郎新婦じゃないんだぞ。

 突っ込むのが面倒だし、これ以上また騒ぐと他の生徒会役員から苦情が出るだろうから、僕は何も言わないけど。

 とりあえず、僕が渡した情報を蝶野会長が上手く活用してくれる事を期待して、僕は自分の作業に戻るとするか……。

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