第128話 集う者達
夕方のホームルームの終了と同時に、文化祭の出し物についての話し合いがクラス内で始まった。
今日の話し合いをもって、うちのクラスの出し物が決定するらしいが、生憎ながら僕はこの話し合いに参加する事は出来ない。
何故ならば、今日は金曜日。
第一回目となる、文化祭実行委員会の集会が行われる日であるからだ。
「蜜井君、せっかくだし一緒に行かない?」
クラス内で話し合いが始まろうとしていた瞬間、いつも話し合いをまとめる立場に就いていたクラス委員長の女子が僕に声を掛けてきた。
文化祭実行委員会は、各クラスのクラス委員長と、各部活動・委員会の長から成る集まりなので、このクラス委員長も今日はクラスの話し合いに参加できない訳だ。
それにしても、クラス委員長とは今まで殆ど交流もなかったため、こうして声を掛けられたのは意外だな。
同じ集会に参加するのに、わざわざ別々に行くのは気まずいと思って声を掛けてきただけなのかもしれないが。
「分かった、じゃあ行こうか。」
「うん。」
僕はクラス委員長の誘いに応じて席を立ち、教室を出る事にした。
席を立つ瞬間、ちらりと隣の席を一瞥すると、蜂須が鋭い眼光でこっちを睨んで……怖っ。
先日の夜に電話で話した時の態度は何だったんだ、と言いたくなるくらい滅茶苦茶睨んできているんだが。
うーん、睨まれるような事をした覚えはないんだけどなぁ。
蜂須に話を聞いてみたいところではあるけど、今から集会があるのでそんな時間はない。
仮に話をする時間があったとしても、直接会話する事に蜂須が応じてくれるかどうかは微妙だ。
そのため、僕は疑問を一旦棚上げし、クラス委員長と共に会議の会場となる教室へ向かう事にした。
廊下を歩いている最中、僕は特に喋るような議題もなかったので口を閉ざしていたのだが、隣を歩くクラス委員長はそうではなかったようで、意外にも自ら僕に話を振ってくる。
「良い機会だし、せっかくだから聞いておきたいんだけど。蜜井君って、生徒会長とはどういう関係なの?」
「どういう関係って言われてもな。ただの友人、としか言いようがないんだが。」
「ただの友人を、わざわざクラスに来てまで勧誘するかな?」
クラス委員長が言っているのは、先日の放課後、クラスの話し合いに乱入してきた蝶野会長が僕を連れ出した件を指しているのだろう。
まあ、クラス委員長の言う通り、ただの友人をあんな強引な方法で教室から連れ出したりはしないよなぁ、普通は。
「蜜井君が生徒会長とお付き合いしているんじゃないかって、この前からクラスで噂になってたよ。」
「後藤達にも同じような事を聞かれたけど、僕は誰とも付き合ってないぞ。変な噂が広まるのは困るな……。」
「もしかして、よく教室に来る後輩の女の子狙いとか? それとも、1学期の頃に仲が良かった蜂須さん?」
「いや……」
このクラス委員長、思っていた以上によく喋るな。
僕と普段交流がないのに意外だ。
むしろ交流がないからこそ、この機会を逃さず、気になっている事を粗方聞き出そうとしているんだろうな。
女子はこういう噂とか好きそうだし。
もっとも、噂の対象にされている僕にとっては、今の状況はあまり宜しくないと言えるだろう。
噂を払拭するため、僕もこの機会を逆に利用させてもらうか。
「僕はそもそも誰とも付き合ってないんだよ。特に狙っている相手もいない。」
「えー、嘘! 生徒会長も、あの後輩の子も、蜂須さんも、みんな凄く美人なのに!?」
「確かに3人共見た目は抜群だけど、それだけが全てじゃないだろ。って事で、変な噂は広めないようにしてくれ。」
「うーん……ちょっと釈然としないけど、分かった。」
真面目な性格なクラス委員長は、僕の要求に対して思いの他すんなりと頷いてくれた。
クラス委員長という、クラスへの影響力が大きい人物を押さえられたのは僥倖だな。
これで、クラス内で妙な噂が広まるのを多少なりとも抑制できるはずだ。
と、適当に雑談しているうちに、僕達は目的地である教室に辿り着いていた。
2人一緒に教室に入った時点では、まだ空いている席が多くあり、人が揃うまでに少々時間を要するであろう事が窺える。
会議の開始時刻まではまだ10分以上あるので、特に問題はないのだろうが……。
とりあえず、何処に座ろうかと考えていると、僕達に気付いた蝶野会長が近付いてきた。
「よく来てくれたな。各々が座る席はある程度決まっている。今から案内する通りに座ってくれ。」
教室内の座席は複数の固まりに分けられ、各々の座席が部屋の中央を向くように並べ替えられている。
教室前方に固められた席には生徒会メンバーが、教室窓際の固まりには各クラスの委員長、廊下側の固まりには部活動・委員会の長が座るといった具合だ。
僕は生徒会のヘルプ要員という立ち位置であるため、他の生徒会メンバー達と同じく教室前方に固まって座る事になる。
ちなみに、僕は蝶野会長の隣の席に座るよう指定されたため、そこへ腰を下ろした。
まあ、知り合いが隣にいないと若干心細いから、有難いと言えば有難い。
ただ、今回の会議の仕切りなどは基本的に会長の役目だろうから、彼女の隣に座るとなると少し目立ちそうだな。
あくまでヘルプ要員に過ぎない僕に面倒な役が回ってくる事は、恐らくないとは思うが。
僕が着席するなり、すぐ隣にいる会長が手を口に当て、声を潜めてこちらに話し掛けてきた。
「蜜井くん、今日は来てくれてありがとう。強引に誘ったから、もしかしたら来てくれないかもなー、ってちょっと不安に思っていたんだよ?」
「退路を塞がれてましたし、さすがに逃げられそうになか……とりあえず約束した訳ですし、せめて一度は顔を出さなくちゃいけないなと思いまして。」
「そっか。会議は基本的に私達が仕切るから、蜜井くんは大人しく見ていてくれれば良いからね。」
「分かりました。」
蝶野会長はニッコリ笑みを振り撒いた後、視線を前方に戻した。
僕達の視点からは、各クラス委員長と部活動・委員会の長達が座る席が向かい合った状態で見える。
所謂お誕生日席のようなポジションに陣取っていると言えば伝わるだろうか。
友達を集めてのお誕生日会なんて僕は開いた事がないけどな、ガハハ!
って、そういえば今思い出したんだが、蟻塚の奴の姿はやっぱり見当たらないな。
僕と同じように生徒会のヘルプ要員になりたがっていた彼女だが、「会長に袖にされた」と報告があったので、いないのは当然と言えば当然であるのだが。
蟻塚が先日の電話で言っていた、「会長は未だ僕を諦めていないかも」という仮説。
それが一瞬僕の脳裏を掠め、無意識のうちに視線を隣の会長の方へと動かす。
すると、丁度会長もこちらに目線だけを向け、目が合った瞬間にパチンとウインクを返してきた。
か、可愛い……じゃなくて、この反応、まさかな。
妙な胸騒ぎを感じるが、教室内の座席は既に殆ど埋まってきている。
このまま遅刻者が出なければ、会議はあと5分もしないうちに始まるはずだ。
色々と気になる事はあるが、まずは目の前の会議に集中しよう。
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