第127話 新たな動き
文化祭の件に関して、蝶野会長から引き抜きを受けた日の夜。
僕はいつも通り、自室で適当にくつろぎながらまったりと過ごしていた。
とりあえず、次の仕事があるのは今週末の放課後なので、それまでの間はゆっくりしていられる。
ただ、実際に仕事が始まれば、まず間違いなく僕の自由な時間は削られていく事になるだろう。
毎日最終下校時刻まで居残る程度で済むならまだしも、家に持ち帰る仕事が発生したり、休日まで引っ張り出される可能性もないとは言えない。
あれ、これなんてブラック企業?
さすがにそこまでひどい事にはならない、よな?
ううむ、なんだか急に不安になってきたが……。
――プルルルル、プルルルルッ!
おっと、こんな時にスマホに着信か。
丁度良い、もし電話の相手が会長だったら、僕が今不安に感じている事を改めて確認してみるとしよう。
そう思い立った僕がスマホのディスプレイを見てみると、そこに表示されていた電話の相手は――え、蜂須!?
今まで僕と距離を置いていた彼女が、ここに来て自分からこちらに接触してくるとは意外だな。
何か相談事があった場合は話を聞く、と言ってくれていたけど……。
とにかく、用件を確かめない事には始まらない。
まあ、どんな用件なのか、一応見当はついているんだがな。
「もしもし。」
「もしもし、義弘? 急な電話でごめんなさい。今、少し話せるかしら?」
「ああ、大丈夫だ。どうかしたのか?」
「今日の放課後、教室で生徒会長から呼び出されていた件について話がしたかったのよ。」
ある程度予想はしていたが、やはりその件に関する話だったか。
むしろこれ以外には用件が思いつかなかったくらいだしな。
それにしても――電話越しに聞こえる蜂須の声は、心なしか普段よりも多少固いように感じる。
今まで距離を置いていた事だし、彼女なりに緊張を覚えているのかもしれないな。
かくいう僕も、微妙に手汗をかいているくらいにはドキドキしている。
しかし、だからってお互いに沈黙していても話は進まない。
僕は軽く深呼吸して気持ちを落ち着かせ、今日の出来事について蜂須に洗いざらい打ち明けた。
「――というのが、蝶野会長から今日言われた話だ。」
「ふぅん。事情は理解したけど、よりにもよって教室まで押し掛けてくるのはさすがにびっくりしたわ。」
「連絡先は交換してある訳だし、教室まで押し掛けずとも僕を呼び出して話す事は簡単だっただろうけど、蝶野会長は敢えてああいう方法を採ったんだと思うぞ。」
「それはあたしも同意見よ。生徒会長の立場にある人間が白昼堂々と捕まえに来る事で、義弘の退路を塞ぎつつ『義弘は自分の物だ』ってアピールにも繋げられるでしょうしね。あの人があんたのために教室に来るのはこれで二度目だし、効果覿面なのは間違いないわ。もしかしたら、明日からあんたと会長の噂が出回るかもしれないわね。」
「え!? あ、でも言われてみれば確かにそうなる可能性はありそうだな……。」
ただでさえ、蟻塚と夏祭りを一緒に回ったところをクラスメイト達に見られ、噂されている状態なのだ。
そんな中で、蝶野会長との噂が出回ったりなんかしたら……あぁ、もう!
どうして告白をちゃんと断ったのに、こんな事になってるんだ!?
これ、以前よりも状況が余計に悪化していないか?
「ま、生徒会長がどういうつもりなのかは知らないけど、あんたはとりあえず生徒会の仕事を手伝うしかないんじゃない? うちのクラス委員長も、今回あんたには仕事を振る事は出来ないって言ってたしね。」
「やっぱりクラス内でも確定事項になっていたのか。なら、選択肢は1つしかないな。」
「ええ、そうね。ところで……ううん、何でもないわ。他に困り事がないなら、そろそろ電話を切るわよ。」
「分かった。今のところは特に他の問題はないし、大丈夫だ。」
「そ。じゃあね。」
「ああ、またな。」
ふぅっ、文化祭の仕事の話以外は何も出てこなかったか。
蜂須が最後に何か言い掛けたのは気になるけど、本人が引っ込めた以上は突っ込むべきではないだろう。
藪蛇になって面倒事になるのは嫌だからな。
とりあえず、蜂須と会話する時間を作れただけ、状況は一歩前進といったところか。
しかしながら、決して距離が縮まったとは言い難い。
先ほどの会話も、何処か事務的でぎこちない感じのまま終わってしまったからな。
蜂須との距離を詰めて、僕の望む未来を手繰り寄せるには、やはりもう一押しが必要なのは確実だ。
「今度の文化祭は、チャンスかもしれないな。」
今までの僕にとって、文化祭というのはリア充達によるリア充達のためのイベント、という認識だった。
仲の良い友人達やカップルで学内のお祭りを堪能し、仲を深めて青春を謳歌するこのイベントで――もう一度、勝負してみるのもアリなのではなかろうか。
蜂須が提示した「結婚を前提とした告白でなければ返事は出来ない」という条件は未だネックではあるけど、この文化祭を通して、僕の気持ちに何らかの変化が表れるかもしれない。
その心境の変化の果てに如何なる結末が待っているかは想像もつかないが……。
「これからの戦略を練り直してみるのも良さそうだな。」
文化祭の運営に携われる立場に着くのであれば、文化祭全体の流れや出し物などの詳細を格段に把握しやすくなるはずだ。
このアドバンテージを活かして、蜂須と文化祭デートをする戦略を立てる。
それが、今の僕に出来る最善の戦略……などと考えていたら、またスマホがブルブルと振動し始めたな。
今度は一体誰が電話を――げ、蟻塚か。
うわぁ、電話に出たくないなぁ。
でもここで無視すると、明日の朝から教室に押し掛けてくるかもしれない。
そうなる可能性を踏まえれば、今この場で対応しておく方がまだ被害を最小限に抑えられるはずだ。
仕方ない、電話に出るとしよう。
「もしもし?」
「こんばんは、先輩。実はなるべく早く確かめておきたい事があったので電話させてもらったんですが、今いいですか?」
「まあ、構わないけど……。」
「では、早速本題に入らせてもらいますね。蝶野生徒会長から、先輩宛てに仕事のヘルプがあったと伺いましたが、これは紛れもない事実ですよね?」
「は? 何処からその情報を仕入れたんだよ……。」
こいつの情報網は、僕と大差ないレベルのはずだろ。
クラス内で起きた出来事ならともかく、その外部の話なんて碌に耳に入らないと思うんだが。
「情報源についてはヒミツです♪ それより、あの生徒会長、まだ先輩の事を諦めていないみたいですね?」
「さあ、どうなんだろうな。」
蝶野会長の狙いが何であるのかは、未だはっきりとはしていない。
ただ、蟻塚の推論が的中している可能性は大いに考えられる。
可愛い女の子にそこまで好かれている事を「良し」と捉えるべきか、告白を断ったのに何でだよ、と嘆くべきか。
「私、明日の放課後に蝶野生徒会長と会うアポを取り付けたんです。私も生徒会のヘルプに入ろうと思いまして。」
「ふぁっ!? え、どうしてだ!?」
「愚問ですね。生徒会のヘルプ要員は1人でも多い方が良いでしょう?」
「そりゃあ、人数が多いに越した事はないだろうけど……。」
「それに、私が参加した方が、各々の仕事の負担が分散されますから、先輩も少し楽になりますよ?」
「ぐ……。」
た、確かにその通りだな。
放課後や休日の時間を極力削られたくないのであれば、蟻塚にも加わってもらうべきなのは明らかだ。
蝶野会長が蟻塚を受け入れるかどうかはまた別の話になるけどな。
「蝶野生徒会長が未だに先輩の事を狙っているのなら、きっと私をヘルプに入れようとはしないでしょう。それを確かめる意味でも、蝶野生徒会長とお話する意義はあるかと思いますよ。」
「なるほど。蟻塚さんの行動は、僕にとっても利益がある訳か。」
蟻塚がヘルプ要員として加われば、僕に振ってくる仕事の量が減少する。
蝶野会長によって蟻塚が跳ね除けられたならば、会長が未だ僕を狙っている事が明らかになる。
蟻塚の行動の結果がどちらに転んでも、僕に損はないのだ。
「そういう事です。どうですか、先輩?」
「蟻塚さんの目的は理解したよ。まあ、既に会長と約束を取り付けているってさっき聞いたし、僕からは特に何も言う事はないぞ。」
「その言葉が聞けて安心しました。今回の電話の用件はそれだけですので。先輩、これで失礼しますね。」
「ああ。」
ううむ、蟻塚の態度が以前よりも少し柔らかくなっているような気がする。
キャンプから帰ってきて以降、多少の暴言はありながらも、僕の立場に立った気遣いを見せるようになった。
蝶野会長だけじゃなく、まさかあいつも未だに僕を狙って……なんて事、ないよな?
単に僕が自意識過剰なだけかもしれないが、どうなんだろう。
会長と蟻塚の動向には、今後も気を配る必要がありそうだ。
その上で、蜂須への再告白についても計画を練っていくとしよう。
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