第126話 引き抜きの理由

 生徒会の仕事のヘルプという名目で、蝶野会長によって僕は生徒会室に連行されてしまった。

 何故、生徒会役員でない僕がわざわざヘルプに入らなければならないのか。

 協力する気は正直あまりないので、今すぐ帰りたいところではあるんだけど……いや、待てよ。


 生徒会の仕事とやらを手伝う事になれば、僕はクラスの出し物の仕事を免除してもらえるのでは?

 もちろん、後でそこも会長に抜かりなく確認しておく必要はあるけどな。

 生徒会の仕事の方がマシかどうかは分からないが、とりあえず話を聞く価値はありそうだ。

 まず手始めに、僕がここへ連行されてきた理由について尋ねると、会長はホワイトボードの前で説明を始めた。


「文化祭の開催に向けて、我々生徒会が請け負う仕事の量は元々膨大なのだが、今年は少々イレギュラーがあってな。これまでは毎年開催していた一部のイベントについて、PTAからの苦情が寄せられ、別のイベントに差し替えざるを得なくなったのだよ。」

「世知辛い理由ですね……。」


 僕が去年の文化祭を見た限り、問題になりそうなイベントなんてなかったと思うんだがなぁ。

 最近はモンスターペアレントなども珍しくはないし、そういった層の相手に学校側も配慮する他なかったという事なんだろうか。

 とにかく、学校側がイベントを差し替える判断を下した以上、生徒会としてもそれに従って仕事を進めていく事になる。


 ただ、ここで問題になるのが、「じゃあ代替のイベントはどんな物にするのか」という点だ。

 生徒やその他の客達が楽しめて、尚且つ内外から苦情の出ないような企画を一から構築して実現させるのは、相当に骨が折れる仕事になるはず。

 ただでさえ文化祭の仕事は大量にあるというのに、果たして今いる生徒会メンバーだけでそこまで手が回るだろうか。


「新たなイベントを実現するにあたって必要となる人員や費用の見積もりなど、やる事は山のようにある。正直なところ、我々生徒会メンバーだけでは人手が足りないのが実情だ。」

「やっぱりそうなりますよね。で、ヘルプ要員として僕が呼ばれた、って訳ですか?」

「うむ。正確にはヘルプ要員の1人として、だがな。ヘルプ要員は複数人ほど必要になる見通しなので、我々生徒会メンバー側から、心当たりのある生徒達に順次声を掛けていこうという方針になったのだよ。」


 なるほど、凡その事情は見えてきた。

 とはいえ、二つ返事で引き受けるかどうかはまた別の話だ。

 自分が所属している図書委員会は文化祭で特に仕事がある訳じゃないが、クラスの出し物についてはそうはいかない。


「僕がヘルプに入る場合、クラスの出し物についてはどうなるんです?」

「心配は無用だ。先ほど其方を連れ出す時に、クラス委員長の子と話はつけておいたからな。」


 やり手の生徒会長なだけあって、最初からそこはちゃんと考えてあるという事か。

 クラスメイト達の前で大胆に引き抜かれた点も相俟って、事実上、僕がここでヘルプを断るという退路も既に断たれてしまっているオマケ付きでな。

 この人、可愛い顔してやり方がえげつないんですけど……。


「其方への仕事の割り振りなど、その辺りの裁量権は私が持っている。其方の都合も多少は考慮するつもりだ。どうだ、ヘルプを引き受けてくれるか?」

「はぁ、分かりましたよ。引き受けざるを得ない状況に持ち込まれていますしね。」


 今頃、クラス委員長が他のクラスメイト達にも僕が抜けた理由を説明しているはずだ。

 こんな状態では、クラスの話し合いに戻る訳にもいかない。

 最初の引き抜きの時点で退路を断たれた以上、僕が採れる選択肢は限られている。

 ガックリと項垂れつつも、僕は蝶野会長の誘いに応じる事にした。

 だが、この後の説明を聞く前に、もう1つ気になっていた事柄について尋ねてみるか。


「ところで、どうして僕に声を掛けたんです? 忙しい時のヘルプ要員って、仕事が早いとか頭が良いとか、そういう人が求められるものだと思いますが。」

「クク、私が声を掛けられる人間が限定されている事など、其方はよく知っていると思うのだがな。」

「いや、まあそれはそうですが……。」


 この人、何でそんな悲しい事をドヤ顔で言ってんだ。

 まあ、蝶野会長の交友関係が狭いのは紛れもない事実なので、そこを取り繕っても仕方ないと開き直っているのだろうか。


 とはいえ、それでも蜂須や蟻塚辺りなら、会長と交流があるので声を掛けても良かったはず。

 自分で言ってて悲しくなるが、彼女達は僕以上に頭も良いため、優秀な戦力になってくれるだろう。

 僕よりも彼女達の方が適任なのではないかと思うんだがな。


「綾音や蟻塚さんには声を掛けなくて良かったんですか?」

「一度は考えたが、止めておいた方が良いという結論になったのでな。」

「どうしてです?」

「蜂須さんの恰好について、よく考えてみてくれ。私は彼女の人柄を理解しているから特に気にはしていないが、例えば、他の生徒会役員達が彼女の恰好を見たらどう思うだろうな?」


 あー……。

 確かに、制服を着崩して髪を金色に染めた蜂須は、外見からして威圧感があるものな。

 かくいう僕も、彼女の人柄を知る前は近付き難い存在だと認識していたくらいだし。

 生徒会の他のメンバー達が彼女を受け入れられるかは、正直微妙なところだろう。


「蟻塚さんは、外見ではなく性格の方がネックなので今回は遠慮させてもらう事にしたのだよ。誰かと揉める光景が容易に想像できてしまうからな。」

「そ、そうですね……。」


 蟻塚は人と接する時の態度がアレなので、迂闊に人の輪の中に放り込むと面倒ごとを引き起こしそうだ。

 僕なんか、常日頃から暴言を吐かれまくっているしな。


 片や外見に問題あり、片や性格に難あり。

 蜂須や蟻塚をヘルプ要員として引き入れるのは、確かに難しそうだ。

 蝶野会長が彼女達に声を掛けなかった理由にも、これで納得がいった。

 僕が頷きを返すと、会長はすぐに次の説明に移る。


「新しいイベントの概要に関しては、夏休みの間に既に決めてある。あとは、各クラスの委員長と各部活動の部長、各委員会の委員長達からなる『文化祭実行委員会』を結成し、動き出すだけだ。」


 新しいイベントの内容は、既に決まっているという訳か。

 まあ、今から考えていたんじゃ、秋に文化祭を開くまでに間に合わないから当然だな。


「文化祭実行委員会の第一回目の集まりは、今週末の放課後に開かれる予定になっている。其方には最初の仕事として、まずその集まりに参加してもらいたいのだよ。」

「実際にどんな仕事が降ってくるかはその集まりでの話し合い次第、って事ですか。」


 文化祭実行委員会の集まりに、臨時の生徒会メンバーの立場で参加する事になるとはな。

 うーむ、何やら面倒な事になってきたが、退路を断たれている以上はこの集まりにも参加せねばなるまい。

 若干嫌な予感はするけど、このヘルプの仕事がなかったとしても、僕の放課後の時間は元からあってないような物だ。

 ヘルプの仕事がなければ、僕の時間はクラスの出し物のために潰される事になるだろうからな。

 いずれにせよ、僕に自由は許されないという訳だ。


 であるなら、蝶野会長が裁量権を握っているこちらの活動の方が、会長とのコネがある分僕も何かと動きやすいし、幾らかマシだな。

 とりあえず、まずは今週末の集まりに参加する事を頭に入れておくとしよう。

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