第125話 秋の一大イベント
蜂須との関係を改善する糸口を掴めぬまま、2学期に突入してから早1週間が経過した。
既に9月に入っているにも拘らず、未だ残暑は厳しく、登校してきた時点で汗がだらだらと流れてくるのが鬱陶しく感じる。
あと1週間もすれば残暑も多少マシになる、と天気予報で言っていたから、それまでの辛抱だと堪える他ないだろう。
ただ、僕にとって気が滅入る事は他にもある。
というのも、今日の放課後から、平日の夕方の時間が学校行事によってほぼ毎日潰される事になっているのだ。
事の発端は、先週末のホームルーム中に担任から告げられた、文化祭の開催にある。
そう、今年もやってきてしまったのだ。
陰キャにとって苦痛でしかない、悪夢のイベント、文化祭がな!
何が嫌って、文化祭の準備のために放課後の自由時間を費やす事を……強いられてしまうんだ!
僕は友人が碌にいないため、放課後の時間は1人でゲームをしたり、漫画やアニメを鑑賞するのが日課となっている。
蝶野会長ほどではないにせよ、僕もこの手のコンテンツを愛好している1人だからな。
その貴重な時間が、「リア充達の祭典」である文化祭によって削られるとなれば、たまったものじゃない。
うちのクラスでの催し物は現時点では未定なので、それが決まるまでの間、放課後の時間は主に催し物についての話し合いで埋まる事になる。
催し物が決まったら、次はその準備のために放課後の時間が消費されていくようになるんだろう。
はぁ、もうマヂ無理、バックレよ……。
いや、もちろん嘘だけどな?
クラス全員参加必須の行事からこっそり逃げ出すだなんて大胆な真似、事なかれ主義者の僕に出来る訳がないだろ、ハハッ。
「えー、クラスの出し物について意見のある人はいますかー?」
放課後のホームルームに入ると、クラス委員長の女子が教壇に立ち、挙手を募り始めた。
ちなみに、担任は「他に仕事があるから」という理由で職員室に戻っていったので、出し物の行方は完全に生徒任せの状態だ。
ほならね、僕も「放課後は遊ぶつもりだから」という理由で家に帰りますんで、あとよろしく。
なんて訳にはいかず、僕は黙って席に座ったまま、机の陰でスマホを触って時間を潰す事にした。
僕の座席は教室窓際の最後尾という絶好の位置にある上、僕自身が空気キャラなので、スマホを触っていても簡単にはバレないのだ。
念のため着信音を消した状態でスマホを触っていると、唐突にメッセージの着信が入ってきた。
「蜜井くん、放課後に時間を取れる日はあるかな? 話がしたいから、生徒会室に来て欲しいの。」
ああ、蝶野会長からのお誘いか。
そういえば、あの人の生徒会長としての任期って、そろそろ終わりなんだっけ。
この文化祭が、会長にとっての最後の仕事になるはずだ。
一年間のイベントの中でも、文化祭はかなり大きい仕事であり、さすがの会長と言えども普段のように1人で仕事を捌き切れないだろう。
まあ、さすがに文化祭のような大きな仕事は、普段の仕事を会長に任せきりにしている他の生徒会メンバーも参画するはずだよな……。
しかし、もしそうであるのなら、会長が僕を生徒会室に呼ぼうとしているのは何故だ?
ただでさえ忙しいのだから、1学期の時のように会話の練習などに興じる暇などはないはず。
とにかく話を聞いてみない事には何とも――
「失礼します。少しいいですか?」
ガラリと音を立てて、教室の前の扉が開いたかと思うと、1人の女子生徒が教室に入ってきて……って、蝶野会長ぉ!?
あんた、何で普通に僕の教室に入ってきてんだよ!
もうこの時点で嫌な予感しかしないんですが?
僕がだらだらと冷や汗をかいている前で、クラス委員長の女子が蝶野会長と何やら会話を交わしている。
数十秒もしないうちに彼女達の話はついたのか、会長は栗色のふんわりボブカットの髪を揺らしながら僕の目の前まで近付いてくると、ニッコリと微笑んだ。
「蜜井くん。生徒会室まで来てもらえるかな?」
「え……」
おいおい、まさかの展開だな。
クラスメイト達から「何事だ」と言わんばかりの視線が一斉にこちらに降り注いでいるんだが。
ここで蝶野会長からの誘いを拒否したとしても、無駄な注目を暫く浴び続けるのは避けられないだろう。
仕方ない、今は会長の要請に応じてここを離れる方が楽そうだ。
「分かりました、行きますよ。」
「うん、じゃあ行こうか。」
蝶野会長についていく事を決め、僕が席を立った瞬間、隣の席の蜂須がギロリとこちらを睨んできたが、僕は視線を逸らす他なかった。
教室を出るまでの間、背中にねっとりとした視線がくっ付いてくるのを感じたが、教室の扉を閉めた途端、妙な悪寒は消え失せた。
「ふぅ……。」
今の蜂須、怖かったな。
眦を吊り上げたあの目は、確実に怒っているように僕には見えた。
彼女を怒らせるような真似をした覚えはないのだが、一体どうしたんだろうか。
今すぐにでも事情を確かめたいのは山々だけど、教室に戻るのも抵抗がある。
余計に注目を浴びるのは確実だし、ここ最近の蜂須の様子を踏まえれば、素直に僕と話してくれるとは思えないからな。
とりあえず、今は蝶野会長の用件を優先するとしよう。
「ごめんね、急に教室まで押しかけちゃって。」
そう言った蝶野会長の表情は、何時になく険しい。
眉を顰め、口をツンと尖らせた彼女の表情は、明らかに不機嫌っぽく見える。
ごめんと謝っている割には、あまり申し訳なさそうな感じじゃないな。
もしや、僕が何か気に障る事でもしてしまったのだろうか。
「いえ。ところで、もしかして今怒ってますか? 機嫌が悪そうに見えるんですが。」
「ううん、別に。ただ……」
「ただ?」
「絶好のチャンスだったのに、検査してみたら一発でデキてなかったから、計画が失敗に終わっちゃったんだよね。それで最近ちょっとイライラしてる状態が続いているっていうか……。あ、別に蜜井くんが悪い訳じゃないし、気にしないでいいからね?」
「は、はぁ。」
全く要領を得ないが、蝶野会長が不機嫌である事は確かみたいだな。
本人曰く、不機嫌の理由は僕の言動と全く関係がないそうだが、単に僕に気を遣ってそう言っているだけという可能性もあるので、あまり真に受けない方が良いだろう。
もっとも、そこを掘り下げたところでお互いに利益がないので、これ以上追及するのは避ける事にした。
僕が一応納得したように頷きを返すと、会長は話を本題に戻す。
「えっと、今日呼び出した理由についての説明をさせてもらっていいかな?」
「はい。わざわざ強引に僕を連れ出したんですから、相応の理由があるんだろうなとは思いますが……。」
「実は、ちょっと困りごとがあってね。ほら、これ。」
蝶野会長に促されるまま、生徒会室に足を踏み入れる。
予想していた通り、会長以外の生徒会役員も一通り室内に揃っている様子ではあったが……。
「会長、一体どこへ行っていた……あれ、その人って、確か前に見たような。」
「ククク。彼は我が友である蜜井くんだ。今回、生徒会の仕事のヘルプに入ってもらおうと思って連れてきたのだよ。」
こちらに疑問の眼差しを向ける生徒会役員達に向けて、中二病の仮面を一瞬で被った蝶野会長がそんな説明を……って、はい?
僕が、生徒会の仕事のヘルプだと?
おい、ちょ、待てよ。
「全然何も聞いてないんですけど、ヘルプってどういう事ですか!?」
このまま流されるのはあまりにも危険だと判断した僕は、すぐに蝶野会長に詰め寄る。
生徒会役員でも何でもない僕が、生徒会の仕事のヘルプに駆り出された理由とは、一体如何なるものなのか。
「うむ、当然今から説明させてもらうつもりだ。実は――。」
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