第122話 帰郷

 二泊三日に及ぶキャンプを心行くまで楽しんだ僕達は、昼過ぎ頃に地元の駅に到着した。

 暑さと疲れのせいか、この時点で僕も含め3人共にぐったりしていて、みんな浮かない顔をしている。

 特に、蜂須とは昨夜以降、殆ど口を利けていない有様だ。


 告白の返事については、僕が覚悟を決めるまで保留という扱いなので、まだ蜂須にフラれた訳ではない。

 しかしながら、告白が成功したとは言い難いのも真実だ。

 中途半端な状態であるために、どうにも気まずくて、互いに今朝から最低限の会話しか交わせていないのが実情だった。


 一方で、蝶野会長とは特に何かがあった訳じゃないんだが、彼女は今朝からやたら疲れた顔をしていたんだよなぁ。

 かくいう僕も、朝起きた時点で気だるさがあまり取れておらず、まだ今日という一日が始まってから半日しか経過していないのに、疲れが限界に来ている。

 恐らくは、慣れない二泊三日のキャンプによって蓄積した疲労が、寝袋での睡眠だけで回復し切れていないのだろう。

 特に、昨日は朝から夕方まで水遊びで動き回っていた上、天体観測で就寝が遅くなったしな。

 朝から今に至るまでずっと、強烈な眠気のせいで体が重い状態が続いている。

 すぐにでも家に帰って、シャワーを浴びてスッキリしてからベッドに潜り込みたいなぁ…………。


「さて、この辺りでそろそろ解散するとしよう。2人もそれで構わないか?」


 駅の改札を出た辺りで、蝶野会長が足を止めて僕達にそう提案してきた。

 家のある方角が全員バラバラなので、この場で解散するのは妥当だろう。

 まだ日は高いが、これから遊ぶ気力なんてないし、早くベッドで眠りたい。


「僕はそれで大丈夫です。」

「あたしも、それで良いですよ。」

「うむ。ならば、ここで解散だ。今回のキャンプ、其方達のお陰で心行くまで楽しむ事が出来た。感謝する。」

「こちらこそ、思っていたより楽しめて良かったです。」

「最初はどうなる事かと思ったけどね。でも、なんだかんだで楽しかったし、企画を色々考えてくれてありがとうございました。」

「クク、礼には及ばん。では、また近いうちに会うとしよう。さらばだ!」


 最後にキリッとした表情を作った蝶野会長は、その場で踵を返してゆっくりと立ち去っていった。

 歩き方が少々内股気味な上にフラついていたけど、疲れが余程溜まっているんだろうな。

 あの人、このまま1人で帰らせて大丈夫なのか?

 駅から会長が住んでいるアパートまでの距離は、それなりに遠かったはずだ。

 念のため、会長を追い掛けて様子を見てみるか?


 僕が会長を追うか迷っていると、今度は蜂須が僕に向かって片手を挙げた。


「じゃ、あたしもここで帰るわ。またね、義弘。」

「あ、ああ。またな。」


 蝶野会長に続いて、蜂須も駅の出口に向かって歩いていく。

 結局、彼女の態度は最後まで素っ気ないままだったな。

 やはり昨日の事が尾を引いているのは間違いないだろう。

 とんとん拍子に告白が成功するだなんて甘い考えは最初から持っていなかったけど、この現実を目の前に突き付けられるとキツいな……。

 あと、気まずくて今の挨拶をあまり上手く返せなかったのも悔やまれる。


 って、すっかりタイミングを逃しちゃったけど、会長がフラフラしながら帰ったのが心配だったんだよな。

 あの歩き方なら、まだそう遠くには行っていないはず。

 少し急げば、すぐに追いつけるだろう。

 僕もかなり疲れている状態ではあるが、少し荷物持ちをするくらいなら――。


「あ、やっと見つけました! 先輩っ!」

「げ……!」


 この声は、まさか!

 よもやと思いながら声のした方角へ振り返ると、そこには案の定、長い黒髪を靡かせてこちらに近付いてくる清楚系少女、もとい蟻塚の姿があった。

 な、何でこいつがここにいるんだよ!?


「お久しぶりですね、先輩。おかえりなさい。」

「お、おう。ただいま……。1つ聞きたいんだが、どうして僕が今日このタイミングで帰る事を知っていたんだ?」

「キャンプの日程については、蝶野生徒会長から伺っていましたので。先輩の帰りをずっと待っていました。」


 え、蝶野会長から?

 あの人、勝手にキャンプの情報を蟻塚に細かく垂れ流していたのかよ!


 いや、蟻塚の言い分が真実であるかは不明なので、会長が悪いとは限らない……けど、そうでないなら蟻塚が僕達の帰宅予定なんて知る事は出来ないだろうし、やはり会長が悪いな、うん。


 ただ、わざわざ蟻塚がこうして僕の元へやって来た理由が何なのか、純粋に気になるな。

 花火大会の日、僕が彼女からの告白を断って以降、今まで大人しくしていたのに。

 今目の前にいる蟻塚はニコニコと笑顔を浮かべていて、完全復活といった様子だ。


「先輩、お1人で帰るんですか? 先ほど蝶野生徒会長と蜂須先輩が別々に帰っていくのを見たのですが。まだ時間はお昼過ぎですし、先輩方の事ですから、てっきり喫茶店辺りにでも揃って行くのかと思っていました。」

「みんな、二泊三日のキャンプで疲れているからな。かくいう僕も、既にヘトヘトなんだよ。」

「なるほど。でしたら、先輩の荷物をお持ちしますよ。」

「は?」


 急に何を言い出すんだ、この後輩は。

 いや、申し出の内容自体は後輩然としているけど、お前、そんなに殊勝な性格じゃないだろ。

 今までのこいつを知っているだけに、何か裏があるんじゃないかと勘繰りたくなってしまう。


「あー、悪いが、会長がフラフラしながら帰っていったんでな。ちょっと様子を見に行こうと思っていたんだ。」


 とりあえず、この場から逃れるべく蝶野会長を言い訳に使ってみるが、蟻塚の表情は変わらない。

 それどころか、彼女の口からは予想外の提案が飛び出してきた。


「でしたら、私が蝶野生徒会長の様子を代わりに見てきますよ。もし帰るのが辛そうに見えたら、荷物持ちくらいは手伝うつもりです。」

「んん? どういう風の吹き回しだ?」


 蟻塚が、蝶野会長を手伝う?

 これまでのパターンにはなかった行動なだけに、蟻塚の真意がまるで読めない。

 一体、何を考えている?


「先輩、この夏休み中にまた空いている日はありますか?」

「いや……ない訳じゃないけど、でも……」

「ふふ、無理にとは言いません。気乗りしないのであれば、また連絡だけでもさせてもらいますね。では、私はこれで。」

「あ、ああ。」


 蟻塚の奴、随分あっさりと引き下がったな。

 僕にしつこく絡む事なく、さっさと駅の出口に向かってしまった。


 蝶野会長を本当に手伝いに行ったかどうかは分からないが……いや、手伝いに行ったのは恐らく間違いないだろう。

 もしここで僕が「やっぱり心配だ」と言って会長の様子を見に行けば、その時点で蟻塚の嘘は露見してしまう。

 嘘が露見する事は、蟻塚にとってマイナス以外の何物でもないはずだ。

 よって、会長の方は蟻塚に任せておいても大丈夫だろう。


「僕も帰るか。」


 いい加減、さすがに疲れたしな。

 この暑い中を歩いて帰るのはしんどいが、あと少しの辛抱だ。

 帰ったらシャワーを浴びて汗を流して、ベッドで昼寝するとしよう。

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