第121話 もう1つの裏

 キャンプ2日目の夜、寝袋に入った私は、瞼を閉じて狸寝入りをしていた。

 私が狸寝入りを始めてから暫く経つと、予想通り、蜜井くんと蜂須さんが物音に気を付けながらテントから出ていったので、私は目を開けて慎重に周囲の様子を窺う。


「……2人共、もうこの近くにはいないみたいだね。」


 蜜井くんが「蜂須さんもキャンプに誘いたい」と私に提案してきた時点で、彼がこのキャンプを利用して蜂須さんに告白するつもりなのではないか、と私は警戒していたんだよね。

 そして「独自の伝手」で情報を仕入れた結果、私の疑念は確信へと変わった。

 だから、私は蜜井くんの告白が失敗に終わるよう、手を打つ事にしたんだよ。


『僕は、別に綾音の事が好きな訳じゃありませんよ!』


 蜜井くんの声を録音した、スマホの音声データ。

 上手く誘導尋問に引っ掛けてこれを入手した私は、この音声を蜂須さんに聞かせる事にしたの。


 ただ、ここで問題になるのが、いつこれを彼女に聞かせるのか、という点だよね。

 キャンプに出発する以前に蜂須さんに連絡を取れば、この音声を聞かせる事自体は容易に達成できるよ?

 でも、告白までに時間が空けば空くほど、冷静に考える余裕を蜂須さんに与えてしまう事になる。

 それに、蜂須さんの様子がおかしい事に気付けば、蜜井くんだって何か手を打ってくるかもしれない。


 だから、録音を聞かせるタイミングは、なるべくギリギリが良いと私は考えたの。

 冷静になる時間を極力与えず、蜜井くんにも手を打たせない。

 そうするためには、これが最善だと私は思った。


 キャンプ初日は何かとドタバタするだろうし、告白が失敗した場合に気まずくなるというリスクも踏まえれば、蜜井くんが告白を決行するのはキャンプ2日目、それもなるべく遅い時間帯になる可能性が高い。

 告白が失敗した後もキャンプが続くのは、蜜井くんにとって苦痛だろうからね。

 事なかれ主義である彼の性格からして、失敗した場合に受ける傷を極力浅くしようと動く事は簡単に読めるもの。


 そこで、私は今日の早朝、蜜井くんがまだ眠っているタイミングで蜂須さんに接触し、録音を彼女に聞かせた。

 更に、水遊びの際には蜜井くんの意識が蜂須さんに極力向かないよう立ち回ったの。

 蜜井くんには酷だけど、彼の告白は失敗してもらわないと困るんだよね。


 もっとも、私が打った手は決して盤石なものなんかじゃない。

 思わぬところで計画が狂う可能性は、いつだって存在する。

 人の心や感情は、計算だけでコントロールできるようなものじゃないからね。

 私自身、それを身を以て思い知らされてきたもの。

 だけど、告白が成功した場合のリカバリー策についても、私は用意している。


「さて。でもやっぱり少し心配だから、ちょっと様子を見てこようかな。」


 念には念を入れて、私もテントを抜け出し、蜜井くん達の足音が去っていった方角を目指して森の茂みに入っていく。

 と言っても、懐中電灯などの灯りを使うと蜜井くん達に気付かれる危険性があるから、灯りを持っていく事は出来ない。

 灯り無しで夜の森に入るのは自殺行為でしかないので、私はテントがギリギリ見える距離をキープし、木陰に身を隠してこっそり聞き耳を立てる事にしたの。

 蜜井くん達の姿は見えないので、まだ結構距離はあるっぽいけど、周囲が静かなので、耳を研ぎ澄ませば微かに2人の声が聞こえてくる。

 満足に聞こえるとまでは言い難いけど、断片的にでも聞き取れるだけ御の字と思おう。


「綾音! 僕は――好きだ! 偽の――本物――付き――くれ!」

「あんた――『結婚を前提に』付き――」

「ごめん。さっき――僕は結婚――ないんだ。」

「――今日のところは保留――」


 風の音に遮られたり、声のボリュームが所々小さくなったりしたせいで、会話は完全に聞き取れなかった。

 でも、聞こえてくる台詞の断片から察するに、告白は失敗に終わったみたいだね。

 蜂須さんも蜜井くんの事を意識している節があるように見えたから、私の妨害がなければ、彼女はきっと普通に告白を受け入れただろう。

 しかし、私が水を差したお陰で、蜂須さんは揺らいでしまった。

 その結果、私の理想通りの結末を迎えたようだ。


「2人が戻ってくる前に、退散しようかな。」


 告白が失敗に終わったのなら、気まずい雰囲気のままその場に留まる事はないだろう。

 そう掛からないうちに、あの2人はテントへ引き返してくるはず。

 彼らがテントに戻った時、私が起きていれば無用な不信感を与えかねない。

 私は物音を極力立てないよう注意を払いながらテントまで戻ると、すぐに寝袋に入って瞼を閉じた。

 程なくして、私の見立て通り蜜井くんと蜂須さんらしき足音が聞こえ始め、やがて彼らがテントに入ってくる。

 それから暫くゴソゴソという物音が鳴った後、ようやく彼らも床に就いたようだった。


「ふー……。」


 ああ、緊張するなぁ。

 だって、私にとっての「本番」は、今この時から始まるんだもの。


 今回のキャンプ、私は初日から体調が良くなかった。

 普通、こういう場合は蜜井くんと蜂須さんに謝罪の連絡を入れ、キャンプの日程を延期させてもらう旨を伝えるべきだっただろうね。

 それでも、私は敢えて当初の予定通りキャンプを強行した。

 何故ならば――不調の状態でキャンプに参加する事こそが、私の本当の目的だったからだ。


「2人共ー、起きてるかな?」


 2人がテントに戻ってきてから暫くして、私は小声でそっと彼らに呼び掛けてみた。

 だけど、蜜井くんも蜂須さんも、私に返事はせず、スースーと静かに寝息を立てている。


 ――うん、バッチリだ。

 これで、全ての条件は整った。

 あとは、蜜井くんを起こさないよう、私の「用事」を済ませてしまうだけ。

 せっかくの「初めて」なのだから、もっとロマンチックな形で、という願望はあるけど、背に腹は代えられないよね。


「んっ……♡」


 自分が着ている服を上下ともに少々はだけさせると、私はそろりそろりと蜜井くんに忍び寄る。

 至近距離で彼の寝袋を覗き込むと、すやすやと眠る無防備で可愛らしい寝顔が暗闇の中でもはっきりと視認できた。

 暗さに目が慣れたお陰で、灯りをつける事無く終わらせられそうだね。


「はー、はぁ、はぁっ……♡」


 これからの事を想像しただけで、体が火照っちゃって熱くなってくる。

 お腹の奥がキュンキュンして、股間の辺りがムズムズと……あはっ、たまんない♪

 今までは、この瞬間が来る事を想像して毎日のように1人で自分を慰めていたけど、ようやく本物の体験が出来るんだ。

 2人を起こさないように気を付ける必要があるし、私もあまり本調子じゃないから、チャンスは恐らく一度きり、文字通りの「一発勝負」になる。

 でも、私、一生懸命頑張るよ!

 私達の、輝かしい将来のために!


 えへへっ、じゃあ、蜜井くんっ♪

 ううん、私の義弘くん♡

 君には、私の物語のアダムになってもらうねっ♡

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