第119話 告白の行方

「綾音! 僕は、綾音が好きだ! 偽の恋人じゃなく、本物の彼氏彼女として付き合ってくれ!」


 星が瞬く夜空の下で、静寂を裂くように僕の声が響き渡った。

 こんな静かな土地で思い切り声を張り上げれば、テントの所まで聞こえてしまうかもしれない。

 だが、そんな危惧なんて、この時の僕の頭からはとっくに吹き飛んでいた。


 蜂須への告白の行方は、果たしてどうなるのか。

 彼女の表情を正面から見る勇気が持てなかった僕は、自分の顔を少しだけ伏せ、目線を足元へ落として口を固く結んだ。

 再び静寂が支配するこの空間で、自分の心臓の音だけが耳障りな程にバクバクと音を鳴らし続けている。

 この静けさを唯一断ち切る事の出来る蜂須の声は、未だ何も聞こえてこない。

 僕を焦らす意図など彼女には全くないだろうが、それでも否応なしに緊張は高まり、汗がじわじわと噴き出してくる。


 まだか?

 返事は、まだ来ないのか?

 もし駄目であるのなら、いっそ一思いに切り捨ててくれ!

 きっぱりと拒絶された方が、僕もまだ諦めがつく……いや、そんな簡単に諦められる程度の想いしか抱いていないのなら、リスクを負ってまで告白に踏み切ったりはしなかっただろう。


 自分の中で、結論を求める気持ちと、切り捨てられるのを先延ばしにして欲しい気持ちがせめぎ合っている。

 それでも、いつかはこの静寂にも終わりが来るのだ。

 僕が告白してから、何秒、いや何分が経過しただろうか。


 ――遂に、蜂須によって沈黙は破られた。


「あたしは……あんたは、本当にあたしなんかの事が好きだって言うの?」

「あ、当たり前だろ。好きじゃなかったら、告白なんてしないって!」

「どうしてあたしが良いと思ったの? 蟻塚さんみたいに清楚で背が高いモデル体型じゃないし、生徒会長みたいに胸が大きい訳でもないのよ? 不良そのものの恰好をしてるあたしに、良いところなんかないじゃない。」

「そんな事はないだろ。最初は確かにギャルは苦手だった……いや、今も苦手なのは変わらないけど、綾音の内面を知って、綾音を本当に好きになったんだ。」


 告白はもう終わったと思ったのに、まだこんな恥ずかしい言葉を返さなくてはならないのは結構キツい。

 しかし、これは決して避けて通れない道だ。

 ここで蜂須の心を動かす事が出来なければ、全てが終わる。

 旅の恥は掻き捨て、とも言うし、ここまで来たらとことん突っ走るのみだろう。


 僕の想いは、これで何もかもぶちまけた。

 あとは、蜂須が如何なる審判を下すか、だ。

 この告白の果てに待ち受ける結末は、果たして――。


「……義弘の気持ちは理解した。返事をする前に、改めて一応確認しておきたいんだけど、あんたはあたしと『結婚を前提に』付き合いたい、って事で良いのよね?」

「え……?」


 んんっ?

 何か余計な単語がくっ付いているような気が……って、本当にくっ付いてるやないかい!


 いやいや、ちょっ、本当に待って。

 僕は確かに「本物の彼氏彼女の関係になりたい」と告白したけど、「結婚」なんて単語は一言も発した覚えはないぞ!?

 そりゃ、お付き合いが上手くいけばゆくゆくは、という可能性はあるにしろ、普通の高校生がそこまで見据えて付き合ったりするか?


「あー、その、だな、さすがに結婚まではまだ考えていないというか……」

「は?」


 ほんのりと赤らんでいた蜂須の表情が、一気に真顔に変化した。

 声の温度も、心なしか急降下してなかったか?

 これ、もしかして怒らせてしまったのでは?

 非常に嫌な予感がするんですけど。


「あのね。付き合うって事は、最終的なゴールとして『結婚』があるのは当たり前でしょ?」

「ま、まあ、それはそうだが、いきなりハードルが飛躍し過ぎてないか?」

「そうかしら? 別に変な事じゃないと思うわよ?」


 うーん、そうなのか?

 高校生で結婚を意識して付き合ってる奴なんて、フィクションの世界ですら殆ど見た事がないんだが。

 蜂須は意外と古風な感性の持ち主なのかもしれないな……。

 彼女が真面目な性格である事は知っていたけど、まさかここまでだったとは。


「で、どうなの? あんたはあたしと結婚するつもりはあるの?」

「それ、今答えないと駄目か?」

「当然でしょ。あたしが真剣に質問してるんだから、はぐらかさないで答えてもらえる?」


 蜂須は真顔のまま、厳しい口調でこちらに詰め寄ってくる。

 これは不味いな……。

 正直、この展開は全く予想していなかった。

 単に蜂須にフラれて終わるか、或いは奇跡的に告白を受けてもらえるか、そんな単純な二択の未来しか僕は思い描いていなかったのだ。


 あくまで僕の勝手な推測に過ぎないが、蜂須は少なからず僕に好意を抱いてくれている可能性が高い。

 もし完全に脈無しであるのなら、一瞬で袖にされて話は終わっていたはずだ。

 告白を断るつもりの人間が、わざわざ結婚云々の話について僕に詰問してくるとは思えないしな。


 だったら――告白を成功させるために、「結婚するつもりはある」と答えるのが正解か?

 でも、今の僕は結婚までは考えていないので、この答えは真っ赤な嘘という事になる。

 想いを寄せる相手に対して、告白を成功させるためだけに嘘をつくのは、人として不誠実極まりない所業だ。

 僕にはそんな事は出来ない、いや、したくない。

 だから、僕はリスクを承知の上で、ありのままの気持ちを伝える。


「ごめん。さっき言った通り、僕は結婚まで考えて告白した訳じゃないんだ。」

「そう……。、そうなのね。」


 蜂須の表情が曇り、視線が横へ逸らされる。

 そんな彼女を前に、僕は胸が締め付けられる痛みを覚えたが、情けない答えしか返せなかった僕がフォローなんて出来るはずもなく。

 淡々と、蜂須が次に発した言葉を聞くしかなかった。


「とりあえず、今日のところは保留させてもらえる? あんたがあたしと結婚しても良い、と思えるようになったら、また近いうちに声を掛けて欲しい。」

「……分かった。ごめん。」

「どうして謝るのよ。謝らなきゃならないような事なんて、1つもしてないでしょ?」

「まあ、そうかもしれないけど……。」


 はぁっ、駄目だな、僕は。

 ここで覚悟を決められたのなら、望む未来を掴めた可能性だってあったのに。

 結局、僕の初めての告白は、失敗に終わってしまった。


「もう時間も遅いし、テントに戻りましょう。義弘も、それでいいわよね?」

「あ、ああ……。」


 こんな気まずい空気の中で、これ以上天体観測を続ける事は出来ない。

 蜂須の提案に同意した僕は、望遠鏡を片付けた後、彼女と共に疲れた足取りでテントのある方向へと歩き始めた。

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