第115話 密やかな決意

 義弘をテントの外で待たせている間、あたしと蝶野生徒会長は水着に着替えようとしていた。

 朝から色々と動き回っていた事もあって、多少汗をかいている状態だったので、このタイミングで堂々と着替えられるのは正直有難いわね。

 当たり前の話だけど、この場所には冷房なんて便利な代物はないから、これからの水遊びを楽しみつつ真昼の暑さを凌ぎたいところだ。


 でも、こうして会長と一緒に着替えるのって、ちょっと気恥ずかしいわね……。

 他の女子と一緒に着替える事自体は、体育の授業などで普通にある事なんだけどね。

 ただ、会長と2人きりという状況で服を脱ぐと、あたしが女として劣っている事実を喉元に突き付けられた気分になってしまう。


 赤いレースの下着だけを身に着けた会長のプロポーションは、まさに非の打ち所がない。

 腰はキュッと括れているのに、胸もお尻も大きく膨らんでいるんだもの。

 どう考えても反則でしょ、これ。

 体育の着替えなどで同級生達の下着姿を目にした事なんて数え切れないほどあるけれど、こんなに胸が大きい女子は見た事がない。

 女子のあたしですら、そのサイズと重量感に思わず目を奪われてしまう程だ。


 って、以前にも会長を見て全く同じような感想を抱いた事があったっけ。

 脱いだ姿を見るのはこれが初めてだけど、改めて自分との違いを思い知らされるわね。


「はー、凄っ……。」

「む? 一体どうしたのだ?」


 ボソリと呟いたあたしの声に、蝶野生徒会長が機敏な反応を見せた。

 正直、今の台詞に反応して欲しくはなかったんだけど、それならあたしが最初から声を出さなければ良かったのよね。

 自業自得だと割り切って、あたしは嘆息しつつ会長に応える。


「いや、別に大した事じゃなくて、その……どうやったら身長とか胸とか大きくなるのかなって思っただけです。」

「特に何かを意識した訳ではないぞ? 私の母も姉も、大きい方だったからな。単なる遺伝だ。」

「い、遺伝……」


 うう、やっぱりそうよね。

 そんなに簡単に大きくなる方法があったら、苦労なんかしないわよねぇ。

 ほんの少しでも手掛かりが掴めればと思ったんだけど……。

 背が低くて胸も小さい女より、色々と大きい方があいつも多分喜ぶだろうし。

 そもそも、もんね。


「落ち込む必要はないぞ。全てが遺伝で決まる訳ではないだろう? 時に努力は才能を凌駕する事もある。少年漫画における常識だな!」


 あたしへの慰めのつもりだろうか、蝶野生徒会長がそんな言葉を口にする。

 わざわざ少年漫画を引き合いに出す辺りは如何にもこの人らしいけど……。

 あたしを落ち込ませておきながら、どういうつもりなんだか。


 まあ、発育に限らず、勉強も運動も、努力である程度補えるのは確かだ。

 それでも、やっぱり人には限界ってものがあるのよ。

 仮に、あたしが成長期の前から生活に気を配っていたとしても、会長のように蠱惑的な肢体を得る事は出来なかったでしょうね。


「其方は大きい方が良いと思っているのかもしれないが、大きい事にはそれ相応の問題もある。例えば、下賤な輩の視線を集めてしまったり、ブラを新調したい時にわざわざオーダーメイドで割高な物を買わねばならないのは、明確なデメリットと呼べるな。」

「生徒会長は、1人暮らししているんでしたよね? 割高な下着で家計を圧迫されるのは確かに辛いかも……。」

「うむ。1年生の時点で成長が止まっていたのに、ここ1~2ヵ月の間にまた大きくなってしまったからな。これでも金欠に悩まされているのだよ。」

「それは大変ですね。」


 あたしは別に1人暮らしはしていないけど、貧乏なので下着などにお金を掛ける余裕はあまりないわ。

 お父さんが遺してくれたお金があるとはいえ、お母さんが碌に働けない状況がずっと続いているから、節約は重要なのよ。


 ちなみに、あたしが今日持ってきた水着は、去年ギャル仲間の友人達とプールへ遊びに行く際に新調した物だ。

 これのサイズが今もぴったりなので、新しく水着を買う分のお金を節約できたのはラッキー……って、自分で言ってて悲しくなってくるわね。

 キャンプの準備に何かとお金が掛かったので、水着を新調するだけの余裕はなかったから助かったのは間違いないんだけどね。


「でも、そんなにお金がないのに、よくキャンプを企画しようと思いましたね。」

「ククク。アルバイトで最近は少々稼いでいるからな。それに、不要な部分は色々と切り詰めているから問題はないぞ。」

「あまり無理はしないでくださいよね。あたしも義弘も心配してるんですから。」

「ああ、ありがとう。ところで、我々が着替えを始めてから、もう結構時間が経っていないか?」

「え?」


 言われてみれば、長話に夢中で着替えの手を止めてしまっていたわね。

 義弘を外で待たせているっていうのに、うっかりしていたわ。

 とにかく、早く着替えを終わらせなきゃ。


「って、オイルもまだ塗ってないじゃない!」

「オイル? 日焼け止めの事か?」

「水着姿で炎天下の外に出るんですから、オイル無しだと絶対に日焼けしますよ。」

「むっ、それもそうだな。水泳の授業以外で水着を着た事がないものだから、すっかり失念していたよ。なら、着替えが終わった後で蜜井くんに塗ってもらうとしよう。」

「いや、それ駄目ですから! 普通にアウトでしょ!」

「ううむ、アニメだと、こういうシチュエーションでは男子が女子にオイルを塗るものなのだが……。」

「だから、アニメを基準に考えないでくださいってば!」


 あー、もう。

 蝶野生徒会長が「オイルを塗って?」と義弘に頼んだりしたら、あいつの理性がぶっ飛びかねないでしょうに。

 まさかとは思うけど、実はそれが狙いだったり……なんてのは、あたしの考え過ぎかしら?


 義弘に一度振られているとはいえ、会長があいつに遠慮している感じがまるでしないのは不自然よね。

 振られた相手と顔を合わせるのって普通は気まずいはずなのに……。

 が、現に朝から気まずかったんだもの。

 って、今は考え事してる場合じゃないんだって! 


「会長も、早く着替えてください! それでお互いにオイルを塗り合ってから、テントの外に出ましょう。」

「むぅ、仕方ない。ではそうするとしよう。蜜井くんには申し訳ないが、もう暫く待ってもらう他ないな。」


 あたし達は慌てて水着に着替え、各々が持参した日焼け止めのオイルを互いの体に塗り合う。

 蝶野生徒会長にオイルを塗るとき、ちょっとだけ緊張はしたけど、女友達に去年塗ってあげた事があったので、特に苦労はしなかったわ。

 義弘を待たせているとはいえ、塗り方にムラがあると肌が焼けてしまうから、オイルを塗り終えるまでには結構な時間が掛かったんじゃないかしら。

 準備を終えたあたし達は、早速テントを飛び出し、義弘に――あら?


「義弘の奴、何処にもいないわね……。」


 テントの周辺、近くを流れる川、周囲の木々を見渡してみるけど、義弘の姿がない。

 もしかしなくても、1人で何処かへ行ってしまったと考えて良さそうね。


「どうしよう。あいつ、まさか迷子になったりしてないわよね?」

「その可能性もなくはないが、だからと言って我々が迂闊にここを離れるのは良くないぞ。私達まで遭難してしまっては元も子もないからな。暫くこの場で待ってみるとしよう。」

「そう、ですね……。」


 義弘の無事を祈って、あたしは折り畳み式の椅子に腰を下ろす。

 蝶野生徒会長が言うように、あたし達まで動き回れば二次遭難の危険性があるから、今は動けない。

 せめてスマホで連絡を取れれば良いんだけど、生憎この場所は圏外だ。


 今後は、何かあった時のためにあいつに発信機を着けるとか、そういう案も具体的に検討していく方が良さそうね。

 ま、ここみたいに電波が圏外の場所だと結局役に立たないかもしれないけど。

 それでも、こんな田舎でもない限りは電波が入るでしょうし、基本的には有用なはずよ。


 義弘を、危険な目に遭わせたりはしない。

 だって――あたしは、あいつを守るって決心したのだから。

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