第114話 朝の森で

 キャンプ2日目の朝、うだるような暑さと鳥のさえずりを目覚まし代わりに、僕はゆっくりと目を開けた。

 テントは日陰になる場所を選んで設置しているものの、真夏の容赦ない暑さに加え、寝袋に入っていたため、起きた時点で全身が汗だくだ。

 すぐ近くで流れている川の水が綺麗である事は昨日のうちに確認済なので、その冷たい水で顔を洗って、さっぱりしたいところだな。


「2人は……もう起きてたのか。」


 寝袋を出た僕がテントの中を見回しても、蜂須や蝶野会長の姿はない。

 その代わり、砂利を踏み締める音と話し声が外から絶え間なく聞こえてくる。

 どうやら、彼女達は朝から慌ただしく動き回っているようだな。

 僕は天幕から顔を出し、すぐに2人の姿を見つける。


「おはよう。」

「おはよ。あんた、随分とぐっすり寝ていたわね。」

「ククク! おはよう、蜜井くん。昨夜は心配を掛けてしまったようですまなかったな。」

「いえ。体調はどうなんですか?」


 蝶野会長の近くまで歩いていき、彼女の顔を観察してみるが、特に変わった様子は見られない。

 半袖のシャツと短パン姿の会長は、今日も元気溌剌といった感じで笑顔を浮かべている。


「体調の方は心配無用だ。昨夜しっかり睡眠を取ったお陰で、我が魔力も完全に回復したのでな。それに、昨夜はチャンスを逃しちゃったし……」

「え?」


 最後の台詞だけボソリと小声で呟いた蝶野会長に、僕は首を傾げるものの、彼女は言い掛けた台詞の補足をする事なく焚き木の方へ行ってしまった。

 焚き木の上には金網が置かれていて、立ち上る白い煙に紛れて香ばしい匂いも漂ってくる。

 僕が寝ている間に、既に朝食を作ってくれていたみたいだ。


「朝食の準備、任せっきりにしてしまって悪いな。」

「い、いいわよ、別に。こういう時は、各々が得意分野を活かせばいいんだから。昨日のあんたは、重い荷物の運搬とかテントの設営とか、特に疲れる仕事ばかり請け負ってたんだから、なかなか朝起きられなくても仕方ないでしょ。」


 おおう……!

 これだよ、これ!

 外見は金髪ギャルだけど、義理堅くて優しいというギャップが、蜂須の魅力の1つだと僕は考えている。

 彼女の態度には一定の厳しさがありつつも、ちゃんとその中に柔らかさが含まれていて、そこに僕はどうしようもなく心惹かれてしまうのだ。


 ただ……蜂須がいつもと違って目を合わせてくれなかったのは、ちょっと気になる。

 今の台詞もやけに早口だったし、態度が昨日とは明らかに違うように見えるのだ。

 昨夜の就寝前の時点では普通だったと思うんだが……。

 僕が眠っている間に、何かあったのだろうか?


「ほら、さっさと朝食にしましょ。冷めちゃったら不味くなるでしょ。」

「あ、ああ。そうだな。」


 腑に落ちないものを感じながらも、僕は他の2人と一緒に朝食を頂く事にした。

 朝食と片付けが終われば、いよいよ今日の自由時間の到来だ。

 まずは僕が1人でテントに入り、中で服を脱いで水着に着替える。


 ちなみに、僕の水着は今回のためだけにわざわざ店で購入した物だ。

 これまで一緒に水場へ遊びに行く友人がいなかった僕は、学校指定の水着しか持っていなかった。

 しかし、気になる女子とこうして遊びに行くにあたって、さすがに学校指定の水着を持ってくるのは正直ダサいからな。

 もっとも、今回用意した水着の出番は、現時点ではこの一回きりで終了する予定だ。

 ただ、無事に蜂須への告白が成功した暁には、今夏や来年にも出番が来るだろう。

 色々な意味で、今夜の告白は何としても成功させたいところだ。


「着替え終わったぞ。」

「じゃあ、次はあたし達が着替えるから。あんたはテントから離れておいてくれる?」

「ククク! もし其方がどうしても見たいと言うのなら、見に来てくれても構わないがな。」

「いや、見に行きませんよ。冗談にしても質が悪過ぎるでしょ……。」

「すまないな、ちょっとした冗談のつもりだったが、加減が分からなかったのだよ。許してくれ。」


 微笑みながらそう謝る蝶野会長だが、目が笑っていないような気がする。

 実は意外と本気で言っていたり……さすがにそれはないか。

 普通に考えれば、自分を振った男に着替えを見られるのは嫌だろう。

 ただ、もしも彼女が僕の事をまだ諦めていないのであれば、多少話は変わってくるかもしれないが。

 まあ、恐らく杞憂に終わるような話だな。


「さて、適当に時間でも潰すか。」


 女子の着替えには時間が掛かると相場が決まっている。

 衣擦れの音などが聞こえないよう、テントからある程度の距離を取ると、僕はこれからの遊びで使用する道具を並べる事にした。


 と言っても、持ち運べる荷物の量には限度があるので、あまり種類は多くないけどな。

 用意した道具は、ゴーグルに浮き輪、万が一のための救助用ロープくらいだ。

 定番のビーチボールなどは川に流されてしまう恐れがあるため、持ってきていなかった。

 浮き輪に空気を入れたり、適当にスマホを眺めたりしながら、僕は女子達が出てくるのを待つ。

 スマホの電池はもう半分ほどしか残っていないが、念のためモバイルバッテリーを持ってきているので、電池の心配はいらないだろう。

 もちろん、だからと言って無駄遣いは厳禁だ。


「長いな……。」


 スマホの時計を見るに、蜂須と蝶野会長がテントに入ってから、かれこれ20分は経過している。

 しかし、テントから2人が一向に出てくる気配がない。

 様子が気になるけど、迂闊に近付くとそれはそれで問題だしなぁ。

 暇潰しも兼ねて、川の周辺を適当に探索してみるか。

 ついでに、この後で焚き木をするのに必要な木の枝や葉っぱも改めて集めておくとしよう。


「よし。」


 僕はビーチサンダルを履いたまま、川の近くの茂みに足を踏み入れる。

 そして、適当に歩きながら木の枝などを拾い集めているうちに、いつしか僕は開けた場所に出ていた。

 木陰がないために日光が地面に降り注ぐその場所で、僕は何気なく空を見上げる。


「森の中にこんな場所があったなんてなぁ。」


 川の周りに広がる森の中は、何処もかしこも木々に遮られて空を広く見渡す事が出来なかった。

 だから天体観測を何処でやろうかと思い悩んでいたのだが、周囲に余計な障害物のないこの場所は丁度良さそうだ。

 川からもそんなに離れていないしな。


「っと、そろそろ戻らないと。」


 蜂須と蝶野会長が、今頃僕を探しているかもしれない。

 彼女達には何も言わずに出てきてしまった訳だしな。

 あまり心配を掛けないうちに、早急に戻るべきだろう。

 とりあえず、今夜の星見に丁度良い場所を見つけられただけでも、わざわざ暇潰しに探索したかいはあったと言える。

 今は川に戻る事を優先し、今夜の計画を改めて整理するのはまた後にしよう。

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