第101話 核心への一歩
図書館で蝶野会長と会ってしまった僕は、ひとまず館内で適当な本を読み漁る事にした。
せっかくはるばる図書館までやって来たんだ、会長の事にばかり気を取られて何も読まないのは勿体無いからな。
さぁて、どんな本を読もう?
「そうだなぁ。僕もキャンプの本を探してみるか……。」
キャンプの知識を蝶野会長任せにする訳にもいかないし、僕も多少の知識を事前に習得しておくべきだろう。
だったら――お?
へぇ、「キャンプ中に起きた恐怖の体験談」か。
なかなか面白そうな題名の本だな。
「よし、これにしよう。」
当初求めていた物とは少々毛色の異なる本だけど、面白そうだ。
夏と言えばやっぱり怖い話は定番だからな。
キャンプの日の夜に話のネタとして使えるかもしれないし、そういう意味でもこの本には興味を惹かれる。
僕は早速本を手に取り、蝶野会長の隣の椅子に座って本を読み始める。
「お、おお……」
僕が読んでいる本に登場した最初の体験談は、ペットの犬を連れてソロで山にキャンプへ向かった人のお話だ。
日が暮れた後、主人公の男がテントの中で静かに読書などをして時間を潰していると、不意に近くの川辺から砂利を踏み締める音が聞こえてくる。
もしや獣の類でも現れたか、と警戒しながら男がテントの外から顔を覗かせるが、周囲には自分が連れてきた犬以外の気配はない。
その犬も、テントの傍で休んでいる様子だったので、先ほど聞こえた足音は犬の物ではなさそうだ。
音も止んでしまったため、男は首を傾げながらテントの中に戻るが、その直後に再び「ジャリッ」という足音が近くで鳴った。
いよいよ只事ではないと感じた男は、万が一に備えて武器代わりに用意していた木の棒を手に、テントの外へ出る事を決意するのだが――。
「蜜井くん、そういう怖いお話が好きなの?」
「ええ、まあ。こういうオカルト系の話とか、結構好きなんですよ。」
「そうなんだ。私はオカルト系のお話は苦手だなぁ。ファンタジーは、現実にあり得ない事だからこそ、却って良いものだと思うの。」
おいおい、中二病のあんたがそれを言いますか。
いや、最近僕の前では中二病モードになる方が珍しいから、もしかして中二病を卒業しかけているのかもしれないけど。
もしくは、ファンタジーはあくまで幻想に過ぎないのだ、と最初から割り切って中二病キャラを演じていたのか。
とりあえず、僕はその後も色々な本を読み漁り、気になった本を数冊ほど借りていく事にした。
ちなみに、蝶野会長もキャンプに関連する本を幾つか借りるようだ。
互いに借りる本を見繕い、図書館を出た頃には、既に空が夕焼けに染まっていた。
「本に夢中になっていたせいで、すっかり遅くなってしまいましたね。ところで、僕に何か話があるって事でしたけど、今から話をするとなると結構遅くなってしまいますが……。」
「そうだね。だから、今日は私の家に来ない?」
「え、会長の家に、ですか?」
今から蝶野会長の自宅で話をするという事であれば、彼女の帰りが遅くなる心配は必要なくなる。
その代わりに僕の帰りが多少遅くなってしまうけどな。
「蜜井くんさえ良ければ、晩御飯もご馳走するよ? どうかな?」
「お邪魔するのはまあ構わないですけど、夕食は母さんが既に準備している頃だと思うので、遠慮しておきます。」
「そっか。じゃあ、それで構わないから早速行こう。」
「はい。」
蝶野会長の家にお邪魔する事に、一瞬躊躇いを感じはしたものの、僕はとりあえず頷きを返した。
相手が蟻塚ならともかく、会長ならそこまでひどい展開にはならないだろうからな。
そもそも、僕は既に会長へ「1つの答え」を返している訳だし。
彼女の誘いは、あくまで僕が「そういう展開」を望んでいない事を承知の上でのモノだろう。
未だ暑さが残る夕暮れの中、だらだらと暫く歩けば、所々がひび割れた灰色のコンクリート造りの建物が見えてくる。
この建物、大きな地震が来たら半壊しそうな気がするな……。
「会長、お金が貯まって生活が安定したら、もうちょっと綺麗なマンションとかに引っ越しする事を検討してみては?」
「ゆくゆくはそうするつもりだよ。でも、声優として成功するか結婚でもしない限りは、なかなか難しいと思うかな。」
「まあ、バイトだけでお金を貯めるのは大変そうですね。」
雑談に花を咲かせながら、僕達は安アパートの一室に入る。
僕がここへ来るのはもう何度目かになるので、最早お馴染みの部屋と言っても良いだろう。
しかしながら、今日の部屋の内装には、以前来た時と比べて明確な変化が起きていた。
「あれ、部屋の雰囲気が結構変わりましたね。小物とかが充実してきて、生活感が出てきたというか。」
「バイトのお給料が入ったからね。そこから生活費とかキャンプの予算を残した上で、余ったお金を使って色々と自分なりにコーディネートしてみたの。実家の部屋だったら堂々と置けないような物も、この部屋になら好きなだけ飾れるしね。」
1LDKのリビングには、ピンク色の絨毯が敷かれていたり、棚には漫画やミニフィギュアが並んでいたりと、女の子らしさとオタクらしさが共存している。
引っ越し当初の部屋は、必要最小限の物しか置かれておらず割と殺風景だったからなぁ。
かつての僕がイメージしていた「女の子の部屋」に段々と近付いてきているようだ。
まあ、部屋の内装についてはさておき。
「うー、それにしてもやっぱり暑いな……。」
「ごめんね。今から冷房つけるから。」
「すみません。ありがとうございます。」
何だか僕が急かしてしまったようで申し訳ないが、蝶野会長は冷房の電源を入れてくれた。
更に彼女はお茶の入ったガラスのコップを持ってきてくれたので、僕は早速それを頂く。
冷えたお茶を渇いた喉に流し込むと、冷房との相乗効果で火照った体が徐々に冷めてくるのを実感する。
「どう? 少し落ち着いた?」
「ええ、まあ。」
「だったら、そろそろ本題のお話に入ってもいいかな?」
「は、はい。」
丸テーブルを挟んで正面に座る蝶野会長が、背筋を伸ばして姿勢を正す。
予想はしていたけど、やはり真剣な話と見て間違いなさそうだ。
先日振ったばかりなのに、蝶野会長は僕に何の話を持ち掛けようとしているのか。
緊張のせいか、先ほど潤したばかりの喉が微妙に渇いてくるが、僕はコップに手を伸ばす事はせず、ただ彼女の言葉を待つ。
そして――。
「蜜井くん。君が好きな本命の女の子って、蜂須さんなんだよね?」
「……?」
ん?
その質問は、どういう意図で発せられた物なんだ?
蝶野会長は、僕と蜂須の関係が偽物である事を知っているはず。
にも拘わらず、そんな質問が飛んでくるという事は、つまり――。
何故、バレた?
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