第100話 謝罪と邂逅

「――で? 何か申し開きする事はあるかしら、義弘?」

「いえ、滅相もございません。本っ当に、申し訳ありませんでしたぁっ!」


 白昼堂々、僕は眼前で腕を組んでいる金髪ギャル、もとい蜂須に土下座する勢いで頭を下げた。

 あ、もちろん本当に土下座した訳じゃないからな?

 何せ、今僕がいるのは喫茶店のテーブル席だし。

 こんな場所で土下座なんて実行したら、店員や他の客から奇異の眼差しを向けられるのは自明だ。

 僕が抱いている謝罪の気持ちが土下座に値する程のものである、という事を表現したかっただけに過ぎないので、そこは誤解なきよう。


 一通り僕の謝罪を受け取った蜂須は、未だ苛立ちが収まらないのか、音を立ててジュースをズズッと啜った。

 そしてストローから艶やかな唇を離すと、脱力したように溜息をつく。


「はぁっ……。あんた、肝心なところでやらかしてくれたわね。蟻塚さんと2人きりで花火大会を回る約束を取り付けるだなんて。これまであたしがフォローしてきた事が丸っと台無しじゃないの。」

「重ね重ね申し訳ない……。」


 昨日、僕は蟻塚に問い詰められ、キャンプの話を白状させられてしまった。

 その上、彼女の誘いに乗り、花火大会の日に一緒に遊びに出掛ける事になってしまった訳だ。

 まあ、一緒に遊びに行く方に関しては、僕が今後蜂須に告白するにあたってのシミュレーションを兼ねているため、決して損な話でもないのだが。

 しかしながら、蜂須本人を前に僕の思惑を説明する訳にはいかないため、これについては伏せたまま話を進める。


「確かに事情を白状させられはしたけど、『一緒にキャンプに行きたい』と言わない事を条件にしておいたからな。実際、蟻塚も約束に応じる姿勢を見せていたし、ただ話を聞かれるだけで終わったから、大きな影響はないと思う。」

「随分と呑気ね、あんたも。あの子がこれで終わるはずないでしょ? なんて言うか、危機感をもうちょっと持った方が良いわよ。」

「う……やっぱりそう思うか?」

「ええ、当然ね。」


 蜂須は金髪サイドポニーをブンブン揺らして、渋面を作っている。

 彼女曰く、僕が蟻塚と交わした約束について引っ掛かる節があるらしいが……。

 僕はまた、彼女からお叱りを受ける事になるんだろうか?


 百歩譲って、怒られるだけならまだ良い。

 金髪ギャルの外見にもいい加減慣れてきたし、蜂須の人となりについてよく知っているから、理不尽な仕打ちを受ける心配はいらないしな。


 しかしながら、僕が駄目な奴だと彼女に認識されるのは問題だ。

 当たり前の話だが、失態を重ねる事はマイナス印象にしかならないからなぁ。

 蜂須から好感を抱いてもらうためにも、告白の前にこちらも何らかのアクションを仕掛ける必要がある。

 でも、一体どうやったら蜂須の好感度って上げられるんだろう。


「あー、ところで、今日この後は暇か?」

「何よ、突然。まだお説教は続いているんだけど? まさか逃げるつもりじゃないでしょうね?」

「もちろん逃げたりはしないって。ただ、出来ればこの後で遊びに行きたいなーと思ってな。」

「キャンプでお金使うのに、遊び回る余裕なんてそんなにないでしょ。」

「ああ。だから、例えば図書館でデー……一緒に本を借りて読むとかどうだ?」


 おっと、危ない危ない。

 告白を匂わせるような単語はまだ伏せておくべきだから、迂闊に口走らないよう気を付けなければ。


「図書館、ね。冷房も効いていて、尚且つお金も掛からないし、悪くない提案だとは思うけど、あたしはやっぱりパスするわ。」


 蜂須の好感度を上げるためのヒントは、蜂須と共に過ごす時間を増やす中で掴む以外にない。

 ただ、何をするにしてもお金がないのはやはりネックだ。

 そこで、僕は図書館に遊びに行く事を提案した訳だが、蜂須に呆気なく拒否されてしまった。

 もちろん、僕としてもここであっさり退きたくはないので、多少は食い下がってみるとしよう。


「この後で何か予定とかあるのか?」

「別にないけど、今日はそんな気分じゃないのよ。それに、キャンプに向けて用意しておきたい物とか買わなくちゃならないしね。」

「だったら、僕も一緒に行くぞ。相談のお礼と言ってはなんだが、荷物持ちとか手伝うけど。」

「わざわざ荷物持ちしてもらわなきゃならない程に買い漁るつもりはないわ。本当に、ちょっとした物を買うだけよ。」


 険しい顔の蜂須が、喫茶店の窓の方へ視線を逸らし、コップ半分ほどしか残っていないジュースに口をつける。

 心なしか、ほんのりと頬が赤いように見えるが、もしかして照れているのだろうか。

 この後買い物に行く予定があるとの話だったけど、僕には言い辛い物を買うつもりなのかもしれないな。

 具体的に何とは言わないけど。

 とにかく、この場であまりしつこく追及するのも野暮だろう。


「分かった。それなら、そろそろ解散にしようか。こちらの報告は一応終わったしな。」

「ええ、そうしてもらえると助かるわ。せっかくバイトが休みなんだし、たまには遅くならないうちに帰りたいもの。」


 名残惜しいが、他ならぬ蜂須にそう言われてしまっては致し方ない。

 今回の集まりだって、そもそもの発端は僕のやらかしな訳だからな。

 僕の我儘はこのくらいに留めておくべきだろう。


 という訳で、僕達はファミレスを後にし、店を出てすぐに解散する運びとなった。

 蜂須と別れた後、1人になった僕だが、これからどうしようか。

 わざわざ自転車を漕いでわざわざ街まで出てきたっていうのに、夏の陽気がまだまだ眩しい昼下がりのこの時間に帰るのは、ちょっと勿体無いよな。


 だったら、僕1人だけでも、図書館に行ってみるか。

 お金に余裕がない僕にとって、無料で涼める場所っていうだけでも有難いしな。

 そうと決まれば、すぐに出発だ。


「さて、と。」


 暫く自転車を漕いで、目的の図書館に到着した僕は、早速館内に足を踏み入れた。

 自動ドアの内側に入った瞬間、火照った体を冷気が掠め、汗が冷えて心地良い。

 その爽やかさを堪能しつつ、館内で適当な本を探して歩き回っていると、本棚近くに備え付けられた椅子に腰掛けている、読書中の少女の姿が視界に入った。

 栗色のボブカットと愛らしい顔立ちが特徴的な彼女は、まるで僕の視線を感じ取ったかのように本から視線を上げ、僕の方へ振り返る。


「あ、蜜井くん。君も図書館に来たの?」

「ええ、まあ。蝶野会長も来ていたなんて、偶然ですね。」


 うーん、気まずいなぁ。

 つい先日振ったばかりの相手と、まさかこんな場所で鉢合わせてしまうとは。

 どうしたものかと頭を抱える僕をよそに、椅子に座ったままの蝶野会長の表情には、特別変わったところは見られない。


 もしかして、先日の事は意外と気にしていないんだろうか。

 それとも、僕に気を遣って平静を装っているだけ?

 いずれにせよ、僕の方からそこを突くのは駄目だよな。

 会長が普段通りに振る舞っているのなら、僕も努めて平静を装うべきだろう。


「私は、今度のキャンプに備えてアウトドア関連の書籍を読み漁ろうと思って図書館に来てたんだ。蜜井くんは?」

「僕は、お金が掛からず涼める場所を、と思ってここへ来ました。」

「そっか。実は、丁度君と話したい事があったんだけど、館内であまりお喋りするのも良くないし、夕方くらいにここを出た後で時間を貰えないかな?」

「え? は、はぁ。」


 ここに来て、また話があるだと?

 何だか嫌な予感がしてきたんだが……。


 しかし、あまり蝶野会長を無碍にし過ぎるのも気が引ける。

 ただでさえ、先日振ったばかりな訳だしな。

 相手があくまで友人として接してくれている限り、こちらも変に意識するのは止めた方が良いだろう。

 気が進まないながらも、僕は会長の誘いを承諾する事を決めた。

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