第99話 花火大会の約束
「花火大会の日、誰とも一緒に回る予定がないのなら、私と一緒に屋台を回りましょう。いいですよね、先輩?」
蟻塚から持ち掛けられたお誘いに、僕はどう答えるべきなのか。
僕は、ここで即答する事が出来なかった。
恐らく、この場での答えは今後にとって重要な分岐点になるはずだ。
今更言うまでもない事であるが、僕の本命は蜂須だ。
彼女に告白する決意を、僕は既に固めている。
それに、恋人として付き合うつもりはないという理由で、蝶野会長からの告白に対してもケリを着けた。
であるならば、ここで中途半端な返事はすべきじゃないだろう。
こんな場面で適当な返事をしてしまったら、蜂須や会長に申し訳が立たないからな。
よし、決めたぞ。
「悪い。その誘いは――」
「断る、とでも言うつもりですか?」
「ああ……。」
僕の言葉を先回りするように、強い口調で圧を掛けてくる蟻塚。
本当に先輩を脅かす事に遠慮のない奴だ。
まあ、それを理解していながらこいつと未だに付き合いのある僕も僕だが。
「先輩は、別に用事がないんですよね?」
「ないけど、そもそも花火大会に行くつもりすらないからな。小さい頃はよく行っていたんだが、大きくなってからはあまり興味がなくなったし。」
一緒に屋台を回る友人に恵まれているなら、もう少し花火大会に興味を持っていたかもしれない。
でも、残念ながら僕は昔から友人が少なかったからな。
陽キャ達が蔓延る場所をわざわざ1人で歩き回りたいと思わないのは、割と普通の事じゃなかろうか。
「私も、実は花火大会の日に誰かと一緒に遊びに行った事がないんです。だから、この機会にと思ったんですが……駄目ですか?」
「うっ……それを言われるとなぁ。」
蟻塚の家庭の事情や交友関係を知っているだけに、それを言われると断り辛い。
かくいう僕だって、花火大会の日に遊びに行った思い出は、幼い頃に家族と何度か一緒に回ったくらいしかないしな。
とはいえ、やはり蟻塚と2人きりで回る事には抵抗がある。
こいつ、何をしてくるか分からないからなぁ。
「先輩は私の事を警戒しているのかもしれませんが、別に何かを仕掛けたりするつもりはありませんよ。ただ純粋に、先輩と一緒に遊びに行きたいだけです。」
「うーむ……。」
蟻塚の言葉を信用できるかと問われたら、正直なところ五分五分だと思っている。
今までにも僕を脅してきた実績がある訳だしな。
ただ、今後もペアを組んで共に図書委員の仕事をする間柄の相手に「お前は信用できない」という答えを直球で叩きつけるのも不味いだろう。
それに――個人的に、花火大会を回るという話にも多少の興味が出てきた。
今後蜂須に告白するにあたって、シチュエーションの想定や僕自身の立ち振る舞いなど、予め考えを練っておかねばならない課題は幾つもある。
蟻塚と一緒に花火大会の日に遊びに出掛ける事によって、何らかのヒントを得られるのならば、僕にとっても決して悪い話ではないはずだ。
「本当にただ遊びに行くだけなら、別にいいぞ。変な事は本当にしない、って改めて約束してくれるならな。」
「はい、もちろんです。変な事はしませんよ。」
「じゃあ、決まりだな。約束はちゃんと守ってくれよ?」
「ええ、ご心配なく。では早速当日のスケジュールについて詰めていきましょう。」
「へ? もうスケジュールまで詰めるのか?」
話が急速に進み過ぎて、正直びっくりだ。
せめて、もう少し考えたり情報を集める時間が必要なのでは?
少なくとも、僕は心の準備をする時間が欲しかったんだが。
「そんなに急いで話を詰める必要はないと思うけど……。」
「いいえ。善は急げ、という言葉もありますし、私としてはこの場で詰められるところまで詰めてしまいたいんです。余計な雌……いえ、邪魔者が入り込む余地は最初のうちに極力消しておきたいですからね。」
「今さらりとヤバい発言をしなかったか?」
「集合は、花火大会当日のお昼過ぎからにしましょう。駅前に、浴衣をレンタルできるお店があるので、2人でそこへ行って浴衣に着替えるんです。」
おい、今僕の突っ込みを普通にスルーしやがったなこの女。
僕にアプローチしてくる割に、僕の扱いがぞんざいなのは如何なものか。
まあ、僕はいちいちそんな事で腹を立てるタイプじゃないから、ここで声を荒げるような真似はしないけどな。
とりあえず、他にも気になった事があるので、この場ではそれについて尋ねてみよう。
「浴衣のレンタルって、お金が掛かるんじゃないのか? 屋台を回るのもお金が必要だし、そんなに軍資金は持ち合わせていないぞ?」
「あら? 先輩は友人が殆どいないので、お小遣いを無駄遣いしているイメージがなかったんですが、他に使う予定でもありましたか?」
「まあな。今度キャンプ用品をレンタルする時に……あっ。」
しまった!
蟻塚の前でキャンプの話を漏らしたらどうなるかなんて、最初から分かり切っているというのに。
全く、何やってんだよぉ!
頭を抱えて悶々としたくなる状況であるが、一度口に出してしまった言葉を取り消す事は出来ない。
口を滑らせてしまった僕は、戦々恐々としながら電話の向こう側から声が返ってくるのを待つ。
暫しの沈黙の後、蟻塚が下した審判は――。
「先輩? キャンプのお話、詳しくお聞かせ願えますか?」
「いや、その……」
「全て正直に話してくれるのなら、花火大会で必要な経費は先輩の分も私が持ってあげますよ。どうですか?」
花火大会で遊びに行く際に必要なお金を蟻塚が負担してくれるというのは、僕の懐にとっては有り難い話だ。
だが、後輩の、しかも女子にお金を出してもらうのは、高校生男子として如何なものか。
魅力的な提案であるとはいえ、やはり抵抗感は拭えない。
「さすがにそれはちょっとな。有難いけど、あまり気は進まないなぁ。」
「なら、別の方法でお礼はしますよ。どうするかは後日考えておくとして、今はとりあえず私のさっきの質問に答えてもらえませんか? 先輩がどうしても喋ってくれない場合は、生徒会長か蜂須先輩に問い詰める事になりますよ?」
「ま、待ってくれ!」
僕の不手際で情報が漏れたと知れれば、あの2人は間違いなく怒るだろう。
いずれは正直に打ち明けなければならないとはいえ、僕以外の人物の口からそれを聞かせるのは不味い。
謝罪と共に、僕が自分から説明するのが一番望ましいはずだ。
情けないとは思うが、ここは蟻塚に対して折れる他ない。
「全部話す。その代わり、この話はここ以外で口外しない事と、一緒にキャンプに行きたいとは言い出さない事を約束して欲しい。」
「構いませんよ? キャンプに行きたいと言わなければ問題はない、という事で良いんですね?」
「あ、ああ……。」
んん?
何やら含みのある回答が返ってきた気がするんだが、僕が取り付けた約束の内容に問題はない……よな?
うん、大丈夫なはず。
「先輩? 早くお話してもらえませんか?」
「分かった。」
僕の思考を断ち切るように、蟻塚が急かしてくる。
蟻塚は意外と気が短いところがあるから、悠長にしているとまたとんでもない要求が飛び出しかねない。
これ以上無茶な事を言い出す前に、さっさとこの話を片付けるべきだろう。
そう判断した僕は、止む無く疑問を胸の内に押し留め、キャンプの話について語る事にした。
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