第98話 告白への道のり
蜂須との逢瀬の後、自宅に帰った僕の頭の中は、キャンプの事でいっぱいだった。
いや、より正確に言うなら、キャンプの日の夜に蜂須に告白して成功させる事ばかり考えていた、と表現するべきだろうか。
「うーん、でも告白なんてした事がないからなぁ。」
地味な陰キャ、しかも事なかれ主義者である僕にとって、告白に伴うリスクは決して軽視できないものだ。
だからこそ、今まで僕は一度も女子に告白をした経験がない。
世の中のリア充達は、一体どうやって告白を成功させているんだろうか。
「参考になりそうなサンプルが身近にいれば良いんだが。」
僕の数少ない友人である後藤は、根っからのサッカー馬鹿なので彼女はいなかったはずだ。
それ以外の知り合いにも、これといった心当たりは……ああ、身近な成功例は一応1つだけあるな。
え、その成功例は一体どんなカップルなのか、って?
――僕の両親だよ。
「って、んな事聞けるかあああああっ!」
両親の恋バナとか聞きたくないし興味もないぞ!
こんなのは候補外だ、候補外!
もっとまともなサンプルはないのかよ!?
「駄目だ、まるで思いつかないな……。」
うん、もう諦めよう。
サンプルなんかに頼らず、自分の脳みそで考えよう!
それがきっと一番良い。
だって、「蜂須を相手に告白を成功させた体験談」を話せる人間は、この世には存在しないのだから。
他人の体験談を聞いたところで、所詮は参考止まりなのだ。
蜂須に対する告白を成功させるための秘訣は、彼女の事をよく知る人間でなければ掴めない。
現時点で蜂須と親しいと呼べる間柄の男子は僕だけであるはずなので、そういう意味では成功する見込みはある……と、思いたい。
いや、そう思わなければやっていられないだろう。
「んー、問題は何をどうするか、だよなぁ。」
誰にも頼れないのなら、己の頭で名案を捻り出すのみだ。
とはいえ、完全に自力だけで作戦を編み出すのは無理があるのも事実。
だったら、ここはやはりインターネットの力を借りるべきだろう。
インターネット上の告白成功例をそのままパクるつもりはさらさらないが、多少なりとも参考に出来れば収穫としては充分だ。
何らかのヒントを得られたら、そこから枝葉を付け足して僕なりの形に仕上げていけば良い。
という事で、僕はベッドに寝そべりながらスマホを弄り、ためになる情報を求めて検索を……していたはずなんだけどなぁ。
おかしいなぁ。
「へぇ、そうだったのか……! なるほどなー。」
マジ、っていう単語は若者言葉のイメージがあったんだが、実は江戸時代から既に普通に使われていた単語だったらしい。
つまり、「最近の若者は訳の分からんいい加減な言葉ばかり使っている」などと憤慨しているような中高年の人達よりも更に古い人達の世代から、マジという単語は存在していた……あれ?
今気付いたけど、どうして僕のスマホの画面に「雑学まとめチャンネル」なんてサイトのページが表示されているんだ?
いや、うん。
皆まで言わなくても分かってる。
ちょっと惚けてみただけだから。
最初は真面目に検索をしていたはずなのに、あれよあれよと言う間に興味を引かれたページへと脱線してしまい、こうなってしまっただけだって事、僕はちゃんと分かっているから。
インターネットで調べ物をしていると、いつも脱線して無関係なページや動画ばかり漁ってしまうんだよなぁ。
多分、僕以外にも似たような経験をした奴は多いんじゃなかろうか。
あの手のページって、アクセス数を稼ぐために様々な工夫がなされていて、サイトを訪問した人の目を惹きやすいように作られているからな。
故に、脱線してしまったのは僕のせいじゃない、と声高に主張したい限りだ。
「気を取り直して、と。」
改めて、本来の目的である「告白の成功例」について、インターネット上に散らばっている体験談を……っとぉ!?
スマホに誰かから着信が……あ、蟻塚からの電話か。
うわぁ、物凄く出たくないんですが。
「ここは無視が一番か?」
冷たいようではあるが、面倒ごとの予感しかしないので、僕はスルーを決め込もうとした。
それでもスマホは1分ほど振動を続けていたが、やがて留守電に切り替わり、スマホの着信表示が消える。
電話が鳴り止んだ事を確認した僕は、再びインターネットでの調べ物をしようとスマホの画面をタップしたのだが――。
――ブルルルルッ!
「っと、ヤバっ!」
スマホの画面に指先が触れる寸前で、またしても蟻塚からの着信が画面に表示され、スマホが震え出した。
着信が絶妙なタイミングであったために、僕は運悪く通話ボタンをタップしてしまい、電話の向こう側から蟻塚の声が聞こえてくる。
「あ、先輩。どうしてすぐに出てくれないんですか!?」
うわー、やっちゃったよ。
無視するつもりだったのに、画面を操作しようとしたタイミングで電話が掛かってきたせいで、電話を普通に受けてしまった。
こうなってしまっては、無言で通話を切る訳にもいかない。
「すまん。ちょっと勉強中だったものでな。」
「へぇ、先輩が勉強ですか。意外と真面目なんですね。」
「君は僕の事をどう思っているんだよ……。」
「あまり勉強が好きそうなイメージがなかったものですから。勝手にそう思っていました。」
「勉強なんて、好きな奴の方が少数派だろ。」
将来のために役に立つ、と言われても、学生の身である僕にとってはいまいちピンとこないというのが実情だ。
とりあえずテスト勉強や課題などは真面目にやっているが、それ以外の勉強については自主的にやる事は殆どない。
そういう意味では、蟻塚の指摘は的を射ていると言えよう。
「なるほど。先輩の言い分は分かりました。まあ、本題ではない話で時間を潰すのも勿体ないので、これ以上の追及は止めておきますね。」
「時間が勿体ないと思うのなら、最初から追及しないで欲しかったところだな……。で、結局何の用なんだ?」
「今日、帰り際に私からの誘いを断りましたよね? なので、改めてお誘いを、と思いまして。ひとまず、明日から夏休みが終わるまでの予定を全て教えてもらえませんか?」
「はぁぁ!?」
夏休みが終わるまで、ほぼ丸一ヵ月残っているんだが?
明日からそこまでの予定を、全て洗いざらい教えろと?
いやいやいや、どう考えてもおかしいだろ!
例え実際に付き合っている彼女が相手であったとしても、そこまで厳密なスケジュールを共有したりはしないぞ!
「断る。さすがにそれはやり過ぎだろ。」
「そうですか。では言い方を変えましょう。先輩、夏休みに外出する予定は入っていませんか? 例えば、8月の第一日曜日には毎年地元の花火大会がありますよね? 先輩は、誰かと屋台などを回る予定はありますか?」
「そんなの、ある訳がない……あ。」
しまったぁ!
馬鹿正直に自分の予定を漏らしてどうするんだよ!?
「へぇ、予定はないんですね。てっきり、蜂須先輩か生徒会長のどちらかと既に回る予定があるものとばかり思っていました。」
「う、うぐぐ……。」
「誰とも回る予定がないのなら、私と一緒に屋台を回りましょう。いいですよね、先輩?」
どうする?
ここで、僕はどう返事をするべきだ?
一度うっかり喋ってしまった情報を、なかった事には出来ない。
この場で僕が返せる答えは、誘いに乗るか、乗らないかの二択だ。
今の状況で、僕が採るべき選択肢は――。
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