第97話 変わる決意

 異様な雰囲気を醸し出す蜂須に気圧された僕は、ついさっき蝶野会長との間に起きた出来事を洗いざらい打ち明ける事にした。

 こんな話を相談できる相手は蜂須くらいしかいないし、丁度良いと言えば丁度良い機会ではあるからな。

 自分がフラれた話が他人に知れ渡る事を、会長は間違いなく望んでいないだろうし、その点については申し訳なく思うが……。


「これからの話は、絶対に他言無用で頼む。」

「もちろんよ。あたし、そんなに口が軽い女に見える?」

「いや、信用はしてる。でも、何かの拍子に第三者に聞かれる可能性だってあるだろ?」


 僕は周囲を軽く見渡し、様子を探ってみる。

 僕達が今いるエントランスは、昼間に比べて人気が少なくなっているため、買い物客1人1人の存在が目に付きやすい。

 それ故に、不審な人物がいればすぐに見つけられるのだが、誰かが聞き耳を立てている気配はなさそうだ。


 こちらに話を漏らす意図がなくとも、第三者の耳に入れば結果は同じ事だからな。

 肝心な話をするにあたっては、細心の注意を払うべきだ。

 僕の事情が漏洩するだけならまだしも、蝶野会長のプライベートな話が広範囲に流出する事だけは避けなければならない。

 周囲を確認し、聞き耳を立てている人物はいないだろうと確信できたところで、僕は改めて話を切り出した。


「実は……さっき、キャンプ用品を見繕っている最中に、会長から告白紛いの事をされてな。」

「そう。遂に生徒会長も動いたって訳ね。」


 蜂須は全く驚く気配を見せず、小さく頷いた。

 その頭の動きに合わせて揺れる金色のサイドポニーを見つめながら、僕はふと思う。


 蜂須の反応が、思っていたよりも薄いな……。


 こんな展開がいつか来るかもしれないという事は、蜂須のみならず僕にも予想できていた。

 しかし、いつ、どのタイミングで「その時」が訪れるかまで読むのは難しい。

 だから、これは多少なりとも驚くような展開だと思うんだが、蜂須にとってはそうではなかったのだろうか。


「あの人、本当はキャンプの時にあんたに告白するつもりだったんじゃないの?」

「ああ……。綾音もそう思うか?」


 僕も、てっきりキャンプの時に蝶野会長から何か言われるんじゃないかと……いや、そうか。

 そうだったんだ。

 僕の中で、ようやく全てが腑に落ちた。

 あの唐突な告白の意味が、恐らく理解できた。


 これはあくまで僕の推測に過ぎないが、会長は、キャンプを利用して僕と2人きりの状況を作り出し、きっとその場で勝負を仕掛けるつもりだったんだ。

 だが、僕は今日、蝶野会長に「蜂須をキャンプに誘っても良いか」と尋ねた。

 会長はそれを断れずに承諾してしまったが、蜂須がキャンプに来るとなれば、僕と2人きりのシチュエーションで告白という訳にはいかない。

 そこで、話が一段落したタイミングを突いて、会長が告白紛いの事を仕掛けてきた。


 うん、そう考えればあの一連の唐突な流れも辻褄が合う。

 そして、これらの流れは、事前に予想しようと思えば決して不可能な事じゃない。

 僕とは違って、蜂須は恐らくこの展開をある程度予想していたんだ。

 だからこそ、僕の打ち明け話を聞いても大して驚きはしなかったのだろう。


「それで? あんたは、どう返事したの?」


 窺うような眼差しで、蜂須は僕にそう問い掛けてくる。

 彼女の表情は冷静そのものだが、瞳が僅かに揺れていて、何処か不安そうな雰囲気を纏っているように僕には思えた。

 もちろん、僕の勝手な想像に過ぎないのは百も承知だが……。


「僕は、会長と付き合うつもりはないって答えたよ。下手に期待を持たせても、会長を余計に苦しませるだけだと思うからな。」

「そ、そう。ふーん、断ったんだ。あ、あんたにしては結構やるじゃないの。」

「ん?」


 あれ、心なしか蜂須が笑みを堪えているように見えるんだが、僕の気のせいか?

 素っ気ない感じを装っているけど、表情筋がピクピクと痙攣しているし。

 まるで、頬が緩みそうになるのを我慢しているみたいだ。


 でも、もし本当にそうであるなら、蜂須は僕が蝶野会長をフッた事を喜んでいるって話になってしまう。

 外見に反して真面目で義理堅い蜂須が、人の不幸を喜ぶとは思えない。

 だから、蜂須が笑みを堪えているように見えるのは、僕の勘違いだろう。

 モヤモヤとした感触を未だ拭えないながらも、僕は強引にそう結論付けた。


「これで、あんたは生徒会長と蟻塚さんからの告白を両方とも断った事になるわね。」

「ああ。でも、会長はともかく蟻塚さんが鎮まるとは思えないんだよなぁ。実際、今日の図書委員の仕事の時にも色々と言ってきたし。」

「あんたも苦労が絶えないわね。義弘って、本命の人が他にいるんでしょ? さっさと告白して付き合っちゃえば良いじゃない。」

「それが出来たらどんなに良いか……。」


 僕が「本命」の相手である目の前の少女に告白しても、上手くいくビジョンがまるで見えないんだよなぁ。

 当然の話ではあるが、告白という行動には、一定のリスクが常に付き纏う。

 事なかれ主義者の僕は、どうしてもそのリスクを意識せずにはいられないのだ。

 告白が失敗すれば、今の関係も壊れて……いや、そうとは限らないのか?


 蝶野会長は、僕への告白に失敗しても尚、キャンプに一緒に行くという約束を履行しようとしていた。

 いや、それ以前に。

 臆病で内気だった彼女が、関係が壊れるリスクを厭わずに、大胆な一歩を踏み出せる程の成長を遂げていたのだ。


 だったら、僕も。

 僕だって、いい加減そろそろ一歩踏み出すべきじゃないのか?

 周りが変わる事にばかり期待して、自分が変わろうとしないのは傲慢な考えだと僕は思う。

 長い人生の中において、どうしても譲れない瞬間というのは必ず訪れるものだ。

 その時だけは、事なかれ主義者である事を放棄してでも、前に進むべきだろう。

 自分の未来を、幸せを、この手に掴むために。


「結局あんたはどうするの? とりあえず現状維持で良いの?」

「――ああ。あと暫くの間は、な。」


 僕も、決めた。

 このキャンプの日の夜に、僕は蜂須に告白する。

 そして、リア充の仲間入りを果たし、彼女の心を射止めてみせる!


 首を傾げている蜂須の顔を正面から眺めながら、僕は心の中で決意の叫びを上げたのだった。

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