第81話 相対
待ち合わせ場所であるショッピングモールのエントランスに僕と蟻塚が到着した時点で、既に蜂須は手近なベンチに腰を下ろして待機している状態だった。
僕よりも後に教室を出たはずなのに、蜂須の方が先に到着しているとは驚きだ。
校門で蟻塚に捕まって一緒に移動してきたとはいえ、然して時間をロスしたつもりはなかったんだけどな。
もしかして、蜂須は学校からショッピングモールまで駆け足で移動してきたんじゃないだろうか。
それを裏付けるように、遠目に見てもはっきりと分かるくらい彼女の顔は赤らんでいるし、汗で濡れたせいか白いシャツが微かに透けている。
恐らく、学校を出た直後に蟻塚が蜂須宛に送信したメッセージを見て、蜂須は慌ててここへ来たんだろう。
彼女に心配を掛けた挙句、急かしてしまい、こうして待たせてしまった事に対する罪悪感が僕の中で急速に膨らんでいく。
僕が特に悪い事をした訳じゃないが、それでもここは一言謝るべきだな。
「綾音、待たせて悪い。」
「いえ、大して待っていないから別にいいわよ。あたしも、丁度休憩していたところだしね。」
ショッピングモール内は冷房が効いているにも拘わらず、蜂須は頻りにハンカチで汗を拭いながらそう答えた。
未だに汗が引いていない所を見るに、彼女が大して待っていないのは事実なのだろう。
それでも、僕が感じた申し訳なさが消える訳ではない。
何と言おうかと悩んでいると、今度は蟻塚が口を開いた。
「こんにちは、蜂須先輩。急にお邪魔してしまってすみません。」
「いいわよ、別に。あたしも、丁度あんたと話がしたいと思っていたところだしね。」
「へぇ。実は、私もなんです。2人も同時に相手にするのは骨が折れますからね。早々に1人は片付けてしまいたいと思っていたところだったんですよ。」
蟻塚がニッコリと笑みを浮かべ、妙な威圧感を放ち始める。
この圧迫感を経験するのはもう何度目かになるが、未だに慣れないな。
しかし、蟻塚から圧を掛けられている蜂須は、平然とした表情を崩さない。
それどころか、吊り目を更に細め、蟻塚を睨み返している。
「話をする前に、まずは移動しましょうか。2人共、それでいいわよね?」
「ええ、構いませんよ。」
「僕も大丈夫だけど、何処へ移動するんだ?」
「とりあえず、いつものお店でいいでしょ。ま、今は昼時だから、何処も混んでいるでしょうけど。」
最近僕達の溜まり場と化しつつある、ショッピングモール内のカフェに入った僕達は、奥のボックス席にいつも通り陣取った。
蜂須の言った通り、店内はランチ目当ての客で溢れ返っていたが、奥の座席を確保できたのはラッキーだったな。
この位置取りなら、周囲の目に付き難いので、多少込み入った話もしやすいだろう。
「あんた達は、昼食はどうするの?」
「僕は、昼食は適当にしてくれって親から言われてるから、帰りに買うつもりだったんだけど、せっかくだしここで食べていくよ。」
「先輩がそうするなら、私もここで昼食を頂く事にします。蜂須先輩の邪魔が入らなければ、私の自宅に招いて手料理を振る舞うつもりだったんですけどね。」
蟻塚の奴、また僕を自宅に連れ込む計画を立てていたのか。
以前一度だけ訪問した時は、名前呼びを認めるまで僕を帰らせない、という意思を蟻塚から感じたので、また呼ばれていたら危なかったな。
安堵する僕をよそに、蜂須がテーブルに備え付けられたタブレットから注文を入力していく。
蟻塚や僕の注文もまとめて彼女にやってもらい、一通りの注文が済んだところで、蜂須と蟻塚の顔つきが変わる。
いよいよ、か。
ここからが、今回の本題。
僕と蜂須の関係性を改善しつつ、蟻塚の真意を探り、抑え込む。
果たして、今この場で何処までやれるかは分からないが……。
「単刀直入に尋ねさせてもらうわ。蟻塚さんは、あたしの彼氏である義弘が好きなのよね?」
おいおい、いきなり直球過ぎるだろ!
蜂須が割とストレートな性格なのは知っていたけど、まさかここまで正面から攻めていくとは思いもしなかった。
蜂須の隣で僕は内心ドキドキしていたが、蟻塚は不敵な笑みを浮かべていて、余裕綽綽といった様子だ。
普通は、こういう直球な質問で図星を突かれれば多少なりとも動揺が出るものだと思うのだが、蟻塚にはそれがない。
この女、やっぱり普通じゃないな……。
「もしそうだとして、何か問題でもありますか? 蜂須先輩こそ、そこの先輩の事が好きなんですよね?」
「え? と、当然でしょ。あ、あたし達は、付き合ってるんだし。」
「もうその嘘は通用しないというのに、まだ貫こうとするんですね。」
傍目には、明らかに蜂須の方が押されている状況に見える。
蟻塚は尚も余裕を保ち続けており、どうすれば退いてくれるのか、全く想像がつかない。
だが、蜂須には何か秘策があるのか、口元を小さく綻ばせた。
「あんたのしている事については、もう調べはついているのよ。ここで暴露されたいのかしら?」
「何も咎められるような事をした覚えはありませんよ? 証拠もないのに人を悪人扱いするのは良くないと思いますが。」
「悪人扱い? あんたが悪事を働いている、なんてあたしは一言も言っていないわよ? あんたは、どうしてあたしに悪人扱いされたと思ったのかしら?」
「……なるほど。語るに落ちる、という事ですか。」
ここにきて、蟻塚は初めて驚いたように目を見開いた。
僕にとっても、今の蜂須の発言は完全に寝耳に水だ。
蟻塚が悪事を働いているって、一体どういう事なのか。
もしそれが真実だとして、蜂須はいつ、どうやって情報を手に入れたのか。
蜂須と最近殆ど喋っていなかったから、彼女の動向を僕はまるで知らないのだ。
もしかして、僕と距離を置いていた間も、蜂須は裏で色々と動いてくれていたんだろうか。
「どうかしら? 蟻塚さん、あなたの答えを聞かせて欲しいんだけど?」
「思った以上にやりますね。でも……ふ、ふふっ、ふふふふふっ!」
肩を小刻みに震わせて、蟻塚が一層笑みを深めた。
彼女の異様な笑顔には、先程までとはまた異なる圧があり、僕は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。
いや、だからこの子、怖いって。
外見は清楚な美少女のはずなのに、得体のしれない何かを秘めているような、そんな雰囲気がある。
僕のその予感が的中していた事は、程なくして明らかになった。
「蜂須先輩。人に言えない秘密を抱えているのは、あなたもですよね?」
「え……?」
「私、知っていますよ。蜂須先輩が最近、何をしていたかを。」
「……!」
蟻塚が放った一言は、まさに致命的な一撃だったらしい。
あっという間に顔を青くした蜂須は、息を呑んでそのまま固まってしまった。
蜂須が蟻塚の事を調べていたように、蟻塚もまた、蜂須について裏で情報を集めていたのか。
だが、一体どうやって?
「蟻塚さん、君はどういうつもりなんだ? もし今の言葉が本当だったとして、君は何がしたいんだ?」
「そんな事、とっくに分かり切っているでしょう? 先輩を巡るライバルを1人でも多く蹴落としておくのは、当然の事ですよ。」
んんっ?
蟻塚は、蜂須が僕の偽彼女である事を看破しているんじゃなかったのか?
今の言い方だと、僕と蜂須が本当に付き合っている、と蟻塚が認識しているようにも聞こえるぞ。
単なる言葉の綾なのかもしれないが……。
それよりも、今気になっているのは、蜂須の反応の方だ。
強気だった蜂須の顔は、既に真っ青に変化していて、目線は既に正面を向いていなかった。
まるで、蟻塚に弱みを握られているような、蜂須の態度。
――真面目な彼女は、果たしてどんな弱みを蟻塚に握られたって言うんだ?
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