第8章 陰謀蠢く夏休み
第79話 終業式の日
7月も半ばを過ぎ、梅雨が明けて本格的な夏が到来した。
天気予報では、毎年のように「今年の気温は平年以上」と言っている気がするが、温暖化の影響は半端ないな……。
僕が老人になる頃には、一体どこまで気温が上がっているんだか。
そんなどうでも良い事を考えつつ、僕は汗だくになりながら自転車のペダルを漕ぎ続ける。
学校に到着するまでの道中では蝉がミンミンとうるさくて、余計に蒸し暑さを助長してくるのが鬱陶しい。
だが、今日さえ乗り切れば、この蒸し暑い通学路とは暫くおさらばできる。
何を隠そう、今日は1学期最後の日。
つまり、明日からは夏休み!
昨年と同様、今日の正午前には恐らく解散となり、長い夏休みを満喫できるという訳だ!
ククク、ハハハハハ……って、この笑い方、何処ぞの中二病の生徒会長っぽいな。
まあいい、今日くらいはこんなテンションでも許されるはずだ。
さあ、いざ学校へ!
夏休みへの期待だけで何とか気力を保ちながら、僕は熱風と一体になって、灼熱の通学路のラストスパートを掛ける。
そして遂にゴールである校門に辿り着いた僕は、冷房の効いた教室を目指して校舎に滑り込んだ。
「はぁ、ふぅっ、本当に暑いなぁ……。」
「よー、蜜井。お前、朝からスゲー汗かいてるじゃねぇか。」
「おはよう、後藤。こんなに暑いんだから、汗をかくのは仕方ないだろ。」
まあ、最後に調子に乗って自転車を全速力で漕いだ事も、汗だくになった原因の1つではあるが。
おまけに、ただでさえ朝から暑いっていうのに、前の席の後藤は暑苦しい笑顔を浮かべている。
こいつもサッカー部の朝練で汗を流してきたばかりだろうに、汗をかいた跡などは見られない。
大方、部室棟のシャワーでさっぱり汗を流してきたんだろう。
それから冷房の効いた教室に入ってきたのなら、そりゃスッキリした顔になるのも無理はないか。
「そういやよ、また朝からあの子が来てたぜ?」
「蟻塚さんが来てたのか? 最近は毎日のように来ているな……。」
「お前、あんな可愛い子にモテてるのに、まだ付き合ってねぇのかよ? あの子を避けるために、お前わざと最近遅めに登校してきてるだろ。」
「何だ、気付いてたのか。」
そこに気付いていたとは、後藤の奴、意外と鋭いな。
蟻塚はここのところ、毎日のように朝のホームルーム前の時間を狙ってこの教室を訪ねてくる。
だから、僕は敢えて登校時間を遅らせ、ギリギリ遅刻しない程度の時間を見計らって登校してくるのだ。
なので、このクラスで一番遅くに登校してくるのは僕――と言いたいところだが、ここのところ、毎日僕よりも更に遅く登校してくる奴が1人だけいる。
そいつはたった今、教室に入り、僕の隣まで歩いてきた。
「……。」
僕が視線を向けても、予鈴が鳴る寸前に登校してきたその生徒、蜂須綾音は何の反応を示す事もなく席に着いた。
変わったといえば、彼女との関係もそうだ。
少し前までは、蜂須とは毎日のように会話を交わし、友人として付き合ってきた。
更に、蟻塚や蝶野会長のアプローチについての相談も受けてもらい、何かとお世話になってきたのだが……。
蜂須とゲームセンターで偽装デートをして以来、彼女は僕に自ら話し掛けてこなくなった。
こちらが話し掛けても、適当な短い返事が来て会話は終わり、ひどい時には完全に無視されてしまう。
授業で必要な時のみ、最低限の言葉が返ってくるという有様だ。
僕は、何かを間違えてしまったんだろうか。
思い当たる事があるとしたら、蜂須と偽装デートした時の、別れる間際の会話くらいだ。
あの時、彼女が提案してきた「スマホにGPSアプリをインストールしてお互いの居場所を常に把握できるようにする」という話を僕は蹴った。
恋人同士ですら、そんな事をしているような奴らは稀だろう。
まして、現在の僕と蜂須はまだ友人止まりの関係なのだから、明らかにこれは行き過ぎている。
僕はそう思ったから、蜂須の提案を断った。
しかし、蜂須は僕を心配して提案してくれていただけなのだから、僕の方が譲歩すべきだったのかもしれないな……。
「なぁ、蜂須さん。後で少し時間をもらえないか?」
「は?」
朝のホームルームが始まる直前、僕は小声で蜂須に声を掛けた。
だが、蜂須はギロリとこちらを睨み付け、うんともすんとも言おうとしない。
やっぱり駄目か、と思い、僕が視線を教壇の方に戻したその時だった。
「終業式の後、いつものショッピングモールで集合で良いかしら?」
「え……あ、ああ。分かった。」
望み薄だったところに予期せぬ返事が来て、僕は僅かに声が裏返りそうになるのを堪えながら首を縦に振る。
まさか、蜂須が誘いに応じてくれるとは思わなかったな。
最近は殆ど無視されてばかりだったけど、蜂須は真面目な性格なので、内心思うところがあったのかもしれない。
何はともあれ、これは立派な収穫だ。
ようやくここで一歩前進だな。
そう安堵したのも束の間。
朝のホームルームで出欠確認が済んだ後、僕は他のクラスメイト達と共に、冷房の効いた教室から連れ出され、再び灼熱地獄に戻されるハメになる。
全国の学校の終業式における恒例行事、体育館での校長による長話の始まりだ。
「えー、ですから、夏休みだからといって決して羽目を外す事のないよう、高校生らしく節度を保って――」
うちの高校の体育館には、冷房の類は存在しない。
気温の高さに加え、人口が密集している事が相俟って、校長の長話の鬱陶しさに拍車が掛かっている。
周囲をそれとなく見回してみると、居眠りしている奴も珍しくない。
後藤に至っては、豪快にイビキをかいている始末だ。
よくこの暑さの中で寝られるものだな……。
「校長先生、ありがとうございました。では次に、生徒会長より挨拶があります。生徒会長、前へ。」
「はい。」
およそ20分にも及ぶ校長のありがたいお話の後で、満を持して蝶野会長が壇上に上がってくる。
すると、僕の周りで居眠りしていた男子の幾人かが目を開け、小声でヒソヒソと雑談を始めた。
「おー、会長ってやっぱり美人だよな。」
「そういや、前に会長が教室に来た時、蜜井と親しい仲だって言ってたよな。もしかして、あいつ会長と付き合ってるのか?」
「え、マジかよ! 蜜井って、蟻塚さんっていう滅茶苦茶可愛い1年の子とも付き合ってるんだろ! 蟻塚さん本人が今朝そう言ってたしよぉ!」
おいちょっと待て、その情報は初耳だぞ!
蟻塚の奴、ここにきてとうとう外堀を埋めてきやがった!
よりにもよって、今朝そんな事を言っていたのかよ!
「あいつ……!」
いや、今ここで怒ったところで、手の打ちようはない。
この後で蜂須と合流する予定があるんだから、その際に改めて相談すれば良いはずだ。
落ち着け、落ち着くんだ。
頭を抱えている僕をよそに、壇上の蝶野会長は生徒会長モードのまま、いつの間にか淀みなく話を終わらせていた。
冷静さを取り戻した僕が視線を上げると、壇上からの去り際、ちらりと後方を見やった会長と丁度目が合う。
彼女もそれに気付いたのだろう、照れ臭そうに顔をほんのりと赤くして、片手を小さく上げた。
「会長、か……。」
不覚にも、蝶野会長の今の仕草は普通に可愛くて、思わずドキッとしてしまった。
そういうところを見せられたら、「付き合うのもアリかも」と思わされてしまうのは、高校生男子特有の単純さ故か。
彼女には色々と難点もあるが、少なくとも、蟻塚に比べればこちらでの制御も容易いため、暴走の心配はあまり大きくないはずだ。
今日の放課後、蜂須と話をする予定になっているが、その話し合いの結末次第では――この選択肢も、視野に入れておいて良いかもしれないな。
会長の去り際の仕草について都合の良い勘違いでも起こしたのか、周囲の男子達が盛り上がっているのを尻目に、僕は1つのプランを頭の中で組み立てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます