第77話 水着選び

 街の一角にある、女性向けのアパレルショップ。

 その店内に足を踏み入れた蝶野会長は、夏休みにキャンプに出掛ける際の水着を選び始めた。

 彼女が色々な水着を手に取り思案している最中、僕は落ち着きなく肩を縮こまらせる。


 女性向けのお店だから当たり前だが、何処を見ても店内には女性の姿しか見当たらない。

 さすがにこれは気まず過ぎるだろ……。

 会長と一緒だからまだ何とか逃げずに堪えられているが、精神がごっそり削られていく感覚はどうしても拭えない。

 彼女持ちの男は、彼女の水着選びに付き合ってこんな思いをするものなのだろうか。

 女の子の水着に浮かれるどころか、むしろ拷問を受けている気分になるんだが。


「ねぇ、蜜井くん。幾つか選んでみたんだけど、どれが似合うと思う?」

「え?」


 いつの間にか中二病キャラが抜けて素に戻っていた蝶野会長が、数点の水着を手に持っている。

 彼女が持ってきた水着は、白い紐ビキニ、黒いビキニ、ピンク色のスリングショット……って、えええ!?

 あんた、本当に何考えてるんだよ!

 どれもこれも、デザインが過激な物ばかりじゃないか!

 明らかに女子高生が着ても良い代物ではないだろ!


 それに、パンツ部分の布地が結構際どい気がするんだが。

 もし普通にこれを身に着けたりしたら、大事な部分がギリギリ見えてしまわないか?

 幾ら他の人の目がない場所で着る予定とはいえ、これは許容してはならないだろう。


「もう少し大人しいデザインの方が会長には似合うんじゃないですか? 会長ってゆるふわな可愛い系の顔ですし、あまり色気を前面に押し出すよりは……」

「ふぇっ!?」

「ん? どうしました、会長?」


 水着に落としていた視線をふと蝶野会長の方へ戻すと、彼女の顔がいつの間にか茹でダコのように真っ赤になっていた。

 もしかして怒らせたか、と一瞬警戒し掛けたが、会長の表情はどちらかと言うと照れているように見える。

 視線を露骨に逸らしているし、口元をモニョモニョさせているからな。


 ただ、無言でそんな顔をされると、こっちも気恥ずかしい。

 それに、周囲の店員や女性客の目がな……。


「あのー、会長?」

「うぅぅ……へ、変な事言うから、私、我慢できなくなっちゃうじゃない……!」

「は? 我慢?」

「な、何でもない! お、お手洗いに行ってくるから、ちょっとこれ持ってて!」

「えっ、ちょっ!?」


 蝶野会長は水着を僕に押し付け、真っ赤な顔でお店の隅の方にあるお手洗いのマークに向かって駆け込んでいった。

 女性用の水着を幾つも持たされ、挙句1人だけ置いてけぼりにされるとは……。

 より一層突き刺さるような視線が店内の至るところから向けられている気がするのは、決して僕の錯覚ではあるまい。


 ホント、どうするんだこの水着。

 いつまでも手に持っていたら、まるで僕が変態であるかのように思われてしまう。

 かと言って、男がコソコソと水着を元の場所に返しに行くのもなぁ。

 そもそも、これらの水着を置いてた場所の近くに今は他の客がいるから、余計に返し辛い。


 それにしても……いや、凄いな。

 見てはいけないと思いつつも、自然と視線が水着に吸い寄せられてしまう。

 このカップの部分なんて、僕の握り拳が余裕で丸々収まるくらいのサイズがあるんじゃないか?

 って、よく見たらタグにサイズが……でっか。

 上も下も、本当にグラビアアイドル並みなんですが。

 現役女子高生でこれは規格外なのではなかろうか。


「ご、ごめん。お待たせ。」

「あ、会長……。」


 まだほんのりと頬が赤い蝶野会長が、ようやく戻ってきた。

 恥ずかしさが抜け切っていないのだろう、彼女はやたらと両脚の太ももを頻りに擦り合わせている。

 更に、額には薄っすらと汗をかいていて、汗で栗色の前髪が僅かに濡れていた。

 何ていうか、やけに色っぽい雰囲気があるな。


 ついさっきまで会長の選んだ水着を見ていたからか、僕の視線は無意識のうちに彼女の顔から胸元、そして腰の辺りへとスライドしていく。

 さっきの水着を、この人が実際に着たらどうなるか。


 ――うん、ヤバいな……って、駄目だ駄目だ!


 邪な妄想が膨れ上がりそうになるが、僕は慌てて頭を振り、煩悩を強引に追い出す。

 周囲に女性ばかりの状況で卑猥な妄想を繰り広げるのは、モラル的にあり得ない行為だ。

 それに、思っている事をうっかり顔に出してしまったら、僕の身が破滅するのは確実。

 早々に用事を片付けて、一刻も早くこの店を脱出しなければ。


「と、とにかく何でもいいですから、早く水着を選んでしまってください。」

「私は蜜井くんにこの中から選んで欲しいの。蜜井くん以外に見せる予定なんてないし、私はこの中だったらどれでも良いよ。」

「いや、そう言われましても……。」


 性格の割に、蝶野会長は過激なデザインの水着が好みなのだろうか。

 或いは、僕に見せるつもりでわざとこんなデザインの水着を?

 蟻塚とは異なる形で僕にアプローチしてきているのかもしれない、という疑惑が一層真実味を帯びてくる。

 蜂須が頼れない今、蟻塚と会長の猛攻を防ぐ術は、僕にはない。


 考えたくはないが、このまま蜂須との仲が修復できなかった場合、僕はどちらかを選んで付き合うのだろうか。

 現時点では、何とも言えないな。

 とりあえず、今はこの場から逃げる方が優先だ。


「じゃあ、その白いので。」

「これが良いの? 分かった。」


 候補に挙げられた中で一番大人しそうに見える白いビキニを指すと、蝶野会長はコクリと頷き、他の水着を返しに行った。

 これで一件落着、やれやれだな……と思ったのも束の間。


「ちょっと試着してくるから、試着室の前で待っててくれるかな?」

「……はい? 試着、するんですか?」

「だって、実際に着けてみないと分からない事も多いし。ここ最近、前よりもちょっとだけ胸とか大きくなってる感じもするから、一応ね。」


 え、高校3年生でまだ成長中なんですか?

 さっき水着のタグを見たけど、既に大概なサイズだったぞ。

 これで合わなかったら、って、だから想像するのも駄目だって!

 こんな場所で妄想を爆発させたら大変な事になるんだからな!


 などと心の中で葛藤している僕をよそに、僕のすぐ後ろの試着室に蝶野会長が入っていった。


 ――シュルシュル。

 ――バサッ、トンッ。


 程なくして、すぐ背後の試着室の中から、衣擦れの音や軽い足音などが絶え間なく聞こえ始める。

 現在進行形で着替えているであろう蝶野会長の事が嫌でも脳裏を過るが、何とか必死に堪えていると――。


「あのー、蜜井くん。こっち向いてもらえるかな?」

「ふえっ!? は、はい……。」


 いや、今後ろを振り向いたら絶対ヤバいだろ。

 自制心を働かせて何とか欲望を押し留めようと試みた僕だが、「呼ばれたんだから仕方ない」という理由が自制心を押し退け、僕の首は煩悩に突き動かされるままに背後を振り返る。

 後ろを見た僕の視線の大半を覆い尽くしたのは――うぉっ!

 こ、これは、一番マシなやつを選んだはずなのに、とんでもない破壊力だ。


 白いビキニ以外に、蝶野会長の素肌を隠す物はない。

 メロンのようにたわわに実った胸は、カップから多少肉がはみ出ている程で、見ているだけでもズッシリとした重量感が伝わってくる。

 くっきり括れた腰とヘソ周りは、呼吸に合わせて僅かに動いており、妙に生々しい。

 たっぷり脂肪が詰まっているであろうムチムチのお尻にはパンツの布地が食い込んでいて、両サイドの紐が今にも解けてしまいそうだ。

 上も下も、明らかにサイズが合っていないのは明白だった。


「はぁ……はあ、はぁ……!」

「あ、あの、会長? 恥ずかしいならすぐに制服に着替え直した方が良いですって!」


 思わず僕が凝視してしまっていると、蝶野会長は、耳まで真っ赤になりながら熱い吐息を何度も零し始めた。

 もしや、羞恥のあまり過呼吸気味になっているのか?

 だとしたら、すぐにでも制服姿に戻ってもらうべきだ。

 こちらも目のやり場に困るし、お互いこれが一番良いはず。


「ち、違うの。恥ずかしい訳じゃなくて、私、また変な気分になっちゃって……。」

「変な気分? 体調が悪いんですか?」

「体調は悪くないよ。ただ、蜜井くんに見られてるんだと思うと、お腹の奥がキュンとして、我慢できなく……ううん、何でもないの。すぐに着替えるね。」

「は、はい。そうしてください。」


 試着室のカーテンをそそくさと閉め、蝶野会長の姿が僕の視界から消える。

 しかし、先ほど見てしまった彼女の水着姿は、僕の瞳の奥にしっかりと焼き付いてしまった。

 あんなの、一度見たら簡単に忘れられる訳がない。

 暫く夢にも出てきそうだな……。

 悶々としながら試着室の傍で立ち尽くす僕の背後で、衣擦れの音以外の何かが聞こえた気がしたが、煩悩を振り払うので精一杯だった僕は、それが何の音だったか聞き取れなかった。


 ……。


「蜜井くん。私、やっぱりあなたの……が欲しいな。絶対に逃がさないからね、未来の……」

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