第73話 黒の影
ゲームセンターに設置されているゲームの大半は、基本的にプレイヤーの練度を競う物で占められている。
例えば、カップルが遊ぶゲームの定番であるクレーンゲームなどがその代表例に挙げられるだろう。
幾らお金をつぎ込んでも、コツが掴めなければ景品も掴めないからな、あれは。
しかしながら、ごく一部のゲームは、頭脳や身体能力の方が重要になってくるのだ。
僕と蜂須が今興じているゲームもまた、そのごく一部に該当する。
「はあ、はぁ、はぁっ! これ、かなりキツいぞ……!」
「ふふ、そうね……。でも、面白いでしょ?」
「確かに面白い、けど、ふぅっ、ゲーセンの中が冷房効いてるからって、これはな……。綾音って意外と運動音痴なのに、こういうのが好きだったのか?」
「運動が苦手な事と、体を動かすのが嫌いなのは別でしょ。あたし、持久力にはそれなりに自信がある方だしね。」
僕達が今並んで立っているのは、複数の矢印などが描かれたマットの上だ。
そして目の前には、今回のプレイの評価が記されたリザルト画面が表示されている。
画面で指示された矢印の通りに、マットに描かれた矢印を正確なステップで踏めたかどうかが、このリザルト画面に反映されているのだ。
ここまで言えば分かると思うが、僕達が興じていたゲーム機というのは、ダンスで得点を競うタイプのゲームだった。
ゲーセンに置いてあるゲーム機の中でも、とりわけ陽キャに人気のあるやつだな。
僕のような運動が苦手な陰キャは基本的にこの手のゲームは全くやらないから、新鮮であると同時に、体力的にしんどいんだよなぁ。
何でゲーセンに来てまで運動しなきゃならないんだよ、全く。
愚痴の1つも零したくなるところではあるが、隣で汗だくになっている蜂須の色っぽい笑顔が魅力的だったので、プラマイゼロとしておこう。
そんな事を思いながら、僕はゲーム機のリザルト画面に目を向ける。
「はぁ、僕の負けか。」
「仕方ないわよ。あんた、初心者なんでしょ? あたしは多少プレイした事があったしね。もし互いに同じ条件で競っていたら、あんたがちょっとだけ勝ってたと思うわよ。」
「別に何かを賭けてた訳でもないし、負けたところでどうって事はないけどな。」
「人がせっかく慰めてあげてるんだから、もう少し素直になればいいのに。あんたも割と捻くれてるところがあるわよね。」
「そうか?」
蟻塚にも以前同じような事を言われた覚えがあるが、僕って周りから一体どんな奴に見えているんだろうな。
もしや、普通の陰キャだと思っているのは自分だけだったりしないか?
毒舌の蟻塚1人に言われただけならともかく、常識人の蜂須に苦言を呈された以上、僕もある程度は耳を傾ける必要がありそうだ。
「具体的に、僕ってどんなところが捻くれてるんだ?」
「意外と辛辣で容赦ないでしょ。あと、事なかれ主義だって嘯いている割には、あたし達の事を色々助けてくれて、結構、その……いいところがあると思うわよ。」
「んん? えっと、一応褒めてくれてるのか?」
僕の捻くれているところを
しかも蜂須は顔を赤くしていて、目線を明らかに僕から逸らしている。
運動したばかりだから顔が赤いんだろうけど、まるで照れているように見えるぞ。
「な、何でもいいでしょ! あたし、ちょっとお手洗いに行ってくるから!」
珍しく慌てた様子で、蜂須がそそくさと人混みの中へ消えていく。
今のは、もしかして蜂須なりの照れ隠しなんだろうか。
強気な癖に恥ずかしがってるとか、可愛いにも程があり過ぎるだろ……。
十中八九、自分は仲の良い友人の1人としてカウントされているに過ぎないと分かっているが、あんな反応を見せられたらこっちも期待したくなっちゃうじゃないか。
「はぁ……。でも、もしアタックして駄目だったらキツいよなぁ。」
なまじ仲が良いからこそ、失敗した時のリスクばかりを考えてしまう。
そして結局、一歩も踏み出せないままその場で立ち止まる。
今までの僕は、自分が陰キャである事を理由にそんな選択ばかりを選び続けていた。
だけど、本当にそれで良いのか?
蜂須はもちろん、蟻塚も蝶野会長も、出会った時と比べて着実に成長してきている。
方向性はともかくとして、だけどな。
しかし、僕はどうだ?
最近の僕は、以前よりも成長できた点を今この場で1つだけでも挙げる事は出来るだろうか。
――いや、無理だ。
周囲からどう見えているかはともかく、少なくとも自分自身で己の成長を感じ取れる機会はなかった。
蟻塚に以前「地味でヘタレな先輩」と罵倒された事があったが、彼女の発言は意外と的を射たものだったのだろう。
「僕も、変わらなくちゃいけないのかもな……。」
物思いに耽りながら、ゲームセンターの壁に背中を預け、ぼうっと遠くを見やる。
建物の中に所狭しと設置されたゲーム機の数々や、それに群がって楽しんでいる学生などの姿。
その光景の一角、照明が特に薄暗いゲーム機の陰に、微動だにせず佇んでいる黒い人影が、何気なく僕の目に留まった。
薄暗い場所で佇んでいる黒い人影は、シルエットからしてスカートを履いている事がかろうじて分かる。
しかし、薄暗い照明やゲーム機などの障害物が邪魔なせいで、顔立ちや髪型などは、はっきりとは窺い知れない。
「何だ……?」
近くの通路を人が通っても、ゲーム機が空いても、黒い人影は一切動こうとはしない。
あの人影、まるでこっちをずっと見ているみたいじゃないか?
僕は特別勘が鋭い方ではないけど、あの人影からは強い視線を感じる気がするのだ。
「そういえば、今日家を出る時もすぐ近くの電柱で怪しい人影を見たが……まさか、な。」
電柱に隠れた人影と、今僕の視界に映っている人影が同一人物である可能性は低いはずだ。
蜂須との待ち合わせ場所に向かう際、僕は自転車で移動したからな。
徒歩ではまず僕を追跡する事など出来ないだろう。
相手も自転車やバイク等を利用したのなら話は別だが、僕が家を出た時点で、付近にそれらが路上駐車されている形跡は見当たらなかった。
もっとも、事前に僕のスマホにこっそりGPSアプリをインストールする等の仕込みを済ませていたのなら、慌てて追い掛けなくても僕を追跡する事自体は可能だ。
だが、外出中の僕は基本的にスマホを肌身離さず持っているから、これはまず無理だろう。
体育の着替えのタイミングを狙うという手もあるにはあるが、どうなんだろうな。
「ごめん、ちょっと待たせちゃったわね。って、あんた怖い顔してるけど、何かあったの?」
お手洗いから戻ってきた蜂須は、冷静さを既に取り戻していたようで、顔色が元に戻っている。
さっきの赤かった顔が可愛かっただけに多少残念ではあるが、今はそんな事を考えている場合じゃない。
「いや、あの人影が気になってな。」
「人影? 何処よ?」
「あのゲーム機の……あれ、いない?」
つい先ほどまで僕が凝視していた場所から、いつの間にか黒い人影は忽然と消え失せている。
慌てて周囲を見回すが、何処もかしこもゲームに興じる客達の姿ばかりで、不自然な動きをしている人物は見つからない。
「また僕の勘違いなのか?」
「どういう事? 詳しい話を聞かせなさいよ。」
「あ、ああ。実は――」
最悪の事態に備え、僕は蜂須に自宅を出てからの出来事を全て説明した。
それらの説明が終わった時には、蜂須も僕と同じ違和感を持ってくれたようで、顎に手を当てながら考え込んでいる。
「偶然かもしれないけど、奇妙な話ね。そういえば、あんた少し前に傘も失くしたんだっけ。まさか、あんたの傘を盗んだのと同一人物?」
「これといった証拠はないが、あり得ない話ではないな。」
「だとすると、本格的にヤバいかもしれないわね。傘を盗んだ犯人の目星って、まだついてないんでしょ?」
「あー、そういや説明してなかったか。実は、昨日の帰り道で、蟻塚さんが僕の盗まれた傘と同じデザインの傘を差していたんだよ。」
「はぁぁ!? あんた、そういう大事な話はもっと早く教えなさいよ!」
「ご、ごめん……。」
うん、当然こうなるよなぁ。
僕自身が、「どうして今までそれを忘れてたんだよ!」って自分に突っ込みを入れたいくらいだし。
強いて言い訳をするなら、昨日は蝶野会長とのビデオ通話の件もあったから、ついうっかりというか……本当にすみませんでした。
「なるほどね。なら、あたしがさっきトイレの前ですれ違ったのはもしかして……と、とにかく。犯人はあの子で確定、って事でいいのかしら?」
「本人は、僕の傘と同じ物を真似て買っただけだ、と言って盗みは否定していたぞ。」
「仮にその言い分が本当だったとしたら、それはそれで怖いわね……。どっちにせよ、あんた、本気で危ないわよ。」
「そうだな。さっきの黒い人影といい、傘の件といい、本格的に洒落にならない事態になってきた気がする。」
もし、これらの出来事が全て、僕に対して悪意を抱く人物の仕業であったとしたら。
次に何を仕掛けてくるのか、想像する事すら恐ろしい。
姿の見えない何者かに狙われているかもしれないと自覚しただけで、背筋にゾクリとした悪寒が走り、冷や汗が噴出してくる。
「こんなの、駄目よ……。もう絶対に、あたしの大切な人に不幸が訪れる事なんて、絶対に許しちゃ駄目なのよ……!」
「ん? 綾音? どうしたんだ?」
「えっ? どうした、って何? あたし、今何か変だった?」
「あー、いや、ちょっと様子がおかしかったからな。思いつめた顔をしていたというか。」
蜂須の目が、一瞬だけ虚ろになって濁っているように見えてしまった。
色々な事があり過ぎて、僕も彼女も疲れているんだろうか。
ここらで少し休憩を取って、お互いに気持ちを落ち着かせるべきかもしれないな。
「休憩コーナーでジュースでも買って、少し休憩しようか。とりあえず、お互いに一旦頭を冷やした方が良いだろ。」
そう言って、僕は踵を返し、蜂須に背を向けて歩き出す。
その直後、蜂須が何かを呟いた気がしたが、それはゲームセンターの喧騒に紛れて僕の耳には届かなかった。
……。
「守らなきゃ。大事な人は、あたしの手で今度こそ守らなきゃ。あの悲劇を繰り返す訳にはいかないのよ。そのためなら、あたしは例えどんな――」
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