第72話 デート・シミュレーション
蜂須と一緒にショッピングモールを出た僕達は、早速次の目的地に向けて歩き始めた。
正午を過ぎた今、日差しは一層強くなっていて、自転車を押して歩く僕の額からは汗が垂れてくる。
街の中を2人並んで歩く僕達は、周囲からは本物のカップルに見えているのだろうか。
そんな事を思いながら隣の蜂須をチラリと横目で見やると、丁度彼女と目が合った。
「何?」
「いや、何でも。」
白いうなじの、汗で濡れて少しふやけた金髪が色っぽかったから見ていた、なんて正直に言える訳もない。
願望を胸の内に押し込めて、僕は何か会話を振ろうとしたのだが……うーん、話題が思いつかないぞ。
「ねぇ。この機会だし、ちょっと聞いてもいい?」
「え? あ、ああ、何でも聞いてくれ。」
話題に窮していたところで蜂須が話題を振ってくれるのは、正直助かる。
だが、彼女にとっては言い辛い話題なのか、珍しく気まずそうに視線を虚空に漂わせている様子だ。
蜂須がこんな態度を見せるなんて、珍しいなぁ。
普段とのギャップが可愛いらしくて、自然と胸がドキドキと高鳴る。
緊張する僕をよそに、蜂須が切り出したのは――。
「あんたさ、どういう女の子が好みなの?」
「ふぇっ!? こ、好み!?」
「か、勘違いするんじゃないわよ! 今後の参考に、一応よ、一応!」
「お、おう……。」
そうか、そういう事か。
要するにこれは、さっき蜂須が提案してくれた「試しに付き合ってみる」という案に関連する話題なのだろう。
僕の好みが分からなければ、蟻塚と蝶野会長のどちらとお試しで付き合うか、判断のしようがないからな。
蜂須は僕の好みを確認した上で、この後の疑似デートにそれを活かそうと考えてくれているのだろう。
真面目で義理堅い彼女らしい、僕の事を尊重してくれている案だなぁ。
こんな子が本当に僕と付き合ってくれたらどれだけ嬉しいか。
はぁ……。
「外見だけで言えば、清楚で正統派な蟻塚さん、かな。」
「ふーん、なるほどね。じゃ、蟻塚さんとは対極に位置するあたしみたいな外見の女は苦手なんだ?」
「い、いや、そういう意味じゃないって! 確かに最初は苦手だったけど、今は綾音が一番……じゃなくてだな、えっと、その……」
「……一番?」
蜂須は大きく目を見開き、驚いたような顔を浮かべる。
彼女の顔はじわじわと紅潮していき、まるでタコのようになるのと同時に、視線をプイッと逸らされた。
「ば、バカ。これでも我慢してるのに、抑えられなくなっちゃうじゃないの……。」
「抑える? どういう意味だ?」
「何でもないわよ! で、あんたは会長よりは蟻塚さん派、って事でいいのよね?」
「まあ、外見だけならな。」
まだ気になる部分はあったが、強引に話を戻されてしまっては仕方ない。
ここで僕が執拗に突っ張るのは、蜂須も望んでいないだろう。
あまりしつこくし過ぎて、蜂須からの好感度を下げてしまう展開は僕だって嫌だしな。
「意外ね。顔は甲乙つけがたいにしても、体つきに関しては会長の方が男受けしそうだと思っていたわ。」
「男がみんな体で女を選んでいる訳じゃないからな? 何ていうか、まあ……こういうのは、相手の全体を見て決めるものだろ。外見だけじゃなく、内面も含めてな。」
「じゃあ、あんたは誰の内面が好みなのよ?」
「そ、それは……」
お前じゃい!
などと正直に言えたらどれだけ良いか。
もちろん、僕はこの場では本音を伏せ、目の前に提示されている2つの選択肢から答えを示す。
「性格については、やっぱり蝶野会長だな。蟻塚さんの毒舌や態度には目に余るものがあるけど、会長は内気なだけで性格自体は普通に良いし、付き合い易いだろ。」
「あたしに対しては蟻塚さんってあまり毒を吐かないから、変な言い回しの多い会長より蟻塚さんの方が取っつき易いんだけどね。」
「会長は、最近僕と2人で会話する時だけは中二病キャラを止めて、普通に喋るようになったからな。素の状態で話すようになった最初の頃は全然会話が続かなかったけど、ここのところは普通に喋れてるぞ。」
「あー、会話の練習とかいうのをやってるんだっけ? 会長に恩義があるとは言っても、よく付き合うわよね、あんたも。」
「確かに大変ではあるが、割と話が合うからな。慣れると結構楽しいぞ。」
蝶野会長は生粋のアニメオタクだし、女子向けの作品よりも男子高校生が好みそうな作品に造詣が深いので、下手な男友達よりも喋り易いのだ。
ただ、こちらを誘惑するような仕草が多いせいで、話よりもそっちに意識を奪われてしまう事が多かったりするのは玉に瑕だが。
ここのところは、会長と生徒会室で会う度に漫画の貸し借りなんかもしているくらいだ。
「そういう話を聞かされると、あんたは会長と付き合う方が良いんじゃないか、って思えてくるわね。満更でもなさそうに見えるわよ?」
「まあ、それも含めて、これからデートのシミュレーションをしてみるって事だろ。」
「あんたの言う通りかもね。今結論を出してしまったら、この後の予定が意味なくなっちゃうし。さ、早く入りましょ。」
「ああ。」
僕達が訪れたのは、街外れにあるゲームセンターだ。
デートスポットとしては、割と定番の場所の1つと言えるはず……多分な。
僕も蜂須も軍資金が不足気味なので、あまりお金の掛かる場所は厳しいため、必要経費を任意で絞れるゲームセンターに白羽の矢が立ったという訳だ。
ここのゲームセンターは3階建ての構造になっていて、フロア毎に設置されているゲームのジャンルが異なる。
僕達のようなカップル向けのゲームは基本的に1階に集中しており、ディープなゲーマー向けの機械は上のフロアに多く設置されているのだ。
よって、僕達が今回遊ぶのは主に1階のゲームが中心となる。
「綾音はゲーセンによく来るのか?」
「前の友人達とつるんでた頃は、それなりに来てたわね。今はさっぱりだけど。あんたは?」
「僕は殆ど来た事がないな。一緒に遊びに来る友達もいなかったから、ゲーセンに使うお金があるなら漫画とかを買う方に使ってたくらいだ。」
「なら、今回はあたしがリードしてあげるわ。まずはやっぱり、あれね。」
蜂須はニカッとした笑みを浮かべ、得意げに胸を張る。
本来の強気なギャルっぽさが前面に押し出されたその表情に、僕は思わず見惚れてしまい、口を間抜けに半開きにしたまま固まった。
そんな僕の肩をトンと叩いて、蜂須は歩き出す。
「ほら、ボサッとしてないで行くわよ。」
「わ、分かった。」
蜂須と2人でゲームを楽しめる。
その期待と高揚感に包まれた僕に、カップルらしい定番のゲームを教えてくれるのかと思いきや、蜂須が指したのは――。
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