第62話 偽彼女
少々話が脱線してしまったが、そろそろ軌道修正を図らなければ。
今日は、相談のためにこうして蜂須と顔を合わせている訳だからな。
時間を無駄にしないためにも、ここらで話を変えるとしよう。
そう思った僕は、今度は蝶野会長について蜂須に相談する事にした。
「えっと、会長の話だったな。会長の場合は――」
蝶野会長は、僕と会話の練習に励むようになったつい先日から、僕の前でだけはキャラを作る頻度が劇的に下がった。
そもそも、彼女が会話の練習を必要としているのは、キャラ作りしていない素の状態だと途端に人の目を見て喋れなくなる傾向があるからだ。
なので、キャラ作りをしたままだと会話の練習をする意義が薄れてしまう。
だからこそ、会話の練習の時はありのままの彼女で臨んでもらうようにしているのだ。
最初の頃は素の蝶野会長に慣れずに戸惑う事もあったが、何度か会話の練習に付き合っているうちに、互いに会話が弾むようになっていった。
しかし、そこで今度は別の問題が勃発し始めたのだ。
「んっ、梅雨の時期は暑いね……。」
「ちょっ、会長!? 急にどうしたんですか!?」
「え? 見ての通り、暑いから涼しくしようと思ったの。まだ本格的な夏に入っていないから、学校側も冷房を使わせてくれないし……。」
生徒会室で僕との雑談に興じている最中、蝶野会長は唐突にシャツのボタンを外し始めた。
夏服のボタンを上から2つ程プチプチと外した彼女がこちらに向き直ると、首周りや鎖骨、更には深い胸の谷間までもが否応なく僕の視界に入ってくる。
梅雨時は湿度が高いため、少しでも涼しくなるよう服装を弄る事自体は決しておかしな話じゃないが、校内でこんなだらしない恰好をしているのは不良のギャル連中くらいなものだ。
今は僕と2人きりで生徒会室にいる状況だから、他人の目を気にする必要がないという点も大きかったのかもしれないが。
しかしながら、引っ越しの際に会長の家に呼ばれた時も、彼女は普段の中二ファッションではなく露出度の高い恰好をしていた。
更に、豊満な胸やお尻をアピールするような体勢で動き回ったりしていたため、あの時は目のやり場に非常に困ったものだ。
内向的で大人しい性格の女の子とは思えない大胆な挙動だが、会長には自覚がないんだろうか。
――と、一通り会長の状況について話し終えると、蜂須は露骨に溜息をついた。
「あんたね、本気で会長が自覚無しにそんな恰好をしてるって思い込んでたの?」
「違うのか? 素の会長は内気で臆病な性格っぽいし、意識してあんな大胆な事はしないだろうと思ってたんだけど。」
「それ、絶対にわざとやってるわよ。断言しても良いわね。蟻塚さんと同じで、会長もあんたの事が好きなんじゃない?」
「ええええっ!?」
蟻塚は何となくそうなのかもしれないと思っていたが、まさか蝶野会長も、とは予想していなかった。
現時点ではあくまで蜂須の推測に過ぎないとはいえ、会長に好意を寄せられているのかもと思うと、急にドキドキと心拍数が上昇してくる。
「会長の体つきは、如何にも男受けが良さそうだしね。あの人もそれを理解しているから、あんたへのアピールに利用しているんじゃないかしら。普通に告白する勇気があればそんな搦め手は必要ないんでしょうけど。」
「自分の武器を活かして攻めてきている、って事か。」
確かに、そう考えれば道理は通るな。
しかし、本当に蝶野会長が僕を好きだと言うのなら、僕は何と答えるのが正解だろうか。
蟻塚と方向は異なるが、会長も性格に難を抱えているから、いざ付き合うとなれば相応の苦労を強いられるのは目に見えている。
とはいえ、この世に欠点のない人間など存在しない。
それに、人のスペックにあれこれ文句を言える程、僕は優れた人間ではないのだ。
結局のところ、相手の欠点を受け入れられるかどうかに全てが懸かっていると言えよう。
「あんたは、会長と付き合いたいの?」
「うーん、考えた事もなかったな。」
蝶野会長は紛れもなく美少女と呼べる容姿の持ち主で、尚且つ男をそそる艶やかな肢体も持ち合わせている。
性格も良い人だと思うが、コミュニケーション能力に多大な問題がある事だけは玉に瑕だ。
ただ、僕としては付き合うのは大いに有りだな。
少なくとも、平凡な僕が物申せるようなレベルの相手でないのは確かなので、もし付き合う事が出来たなら大金星を上げたと言っても良いだろう。
強いて1つ言う事があるとするなら、僕は会長よりも今目の前にいる蜂須の方が異性として気になっているという点だけだ。
「どうしたものかな。会長の事は好きではあるけど、今のところはあくまでも『友人として』というレベルだから、難しいところだ。」
「あんたも贅沢ね。普通の男だったら四の五の言わずに付き合うと思うけど。もしかして、他に気になる人でもいるの?」
「う……!」
「え、その反応、まさか図星?」
ヤバい!
本人を前にして「お前が気になってるんだよ」なんて言えるはずがないのに、嗅ぎ付けられてしまった!
誤魔化そうにも、陰キャな僕に追及を避けられるだけの切り返しは思いつかない。
どうしたものかと思い悩んでいると、蜂須は唐突にハッとした表情を浮かべ、何故か頭を軽く下げた。
「あー、ごめん。あたしが詮索して良い事じゃないわよね。今の質問は無神経だったわ。」
「いや……まあ、こっちこそ気を遣わせて悪かった。」
やっぱり蜂須って気が利くし、何だかんだ良い奴なんだよなぁ。
ギャル系の外見も最初は苦手だったけど、今はまともな中身とのギャップも相俟って魅力的に感じるようになってきたしな。
彼女に好意を持ってもらうには、どうすれば良いんだろうか。
僕がそんな事を考えているとは欠片も想像していないであろう蜂須は、真剣な顔で話を続ける。
「あんたに本命がいるのなら、はっきりそれをあの2人に告げるべきよ。そうしないと、余計に悪化するでしょ。」
「もちろんそうすべきだとは思う。ただ、会長はともかく、蟻塚さんは一筋縄でいかない気がするんだよ。」
「そうね。あんたの話を聞いた限りだと、蟻塚さんって割と執念深い性格みたいだし、簡単には諦めてくれなさそうな気がするわ。あんたが『他に好きな人がいる』なんて告げたら、その本命が誰なのかしつこく追及してくるんじゃない?」
「だろうな。」
蟻塚の厄介な点は、まさにそこにある。
何せ、僕と一緒にいるために平然と脅しを掛けてきた実績もあるような奴だ。
きっぱり拒絶なんてしたら、何をしでかすか分からない。
そして、蝶野会長がどう出るかも気掛かりだ。
会長は性格的に蟻塚のような暴挙は仕掛けてこないと思っているが、それも絶対とは言い切れない。
また、今の会長は家族の抑圧から解放され、自分の道を歩き始めたばかりの状態だ。
内向的な性格の彼女に下手なショックを与えれば、自暴自棄になって折角の歩みを止めてしまう可能性もあり得るため、対処には細心の注意を要するだろう。
「面倒ではあるけど、一応、何とかするアイデアがない事もないわ。」
「本当か!? 手があるのなら、是非教えて欲しいんだが。」
「蟻塚さんに追及を受けたら、あんたとあたしは付き合ってるって言えば良いのよ。こうすれば、蟻塚さんはあんたの本命じゃなくあたしに矛先を向けるんじゃないかしら。」
いやいやいや!
そのアイデア、思い切り本命の子に矛先が向く展開になるんだが!?
とはいえ、無関係な他人を「本命だ」とでっち上げる訳にもいかない。
「現実的な対処法としては、それしかないか……。」
「ええ。あんたは不満でしょうけどね。」
「いや、全然不満なんて……ううん、何でもない。でも本当に良いのか? 絶対に迷惑を掛ける事になるぞ。」
「あたしだって、元友人達の騒動にあんたを巻き込んで散々迷惑を掛けたんだし、お互い様じゃない。そもそもあたし達はもう友達でしょ。そのくらい気にしなくて良いわよ。」
友達、友達かぁ。
蜂須が抱いている僕への認識は、やっぱりそうなるか。
偽彼女を申し出てきた事といい、これは残念ながら脈無しっぽいな……。
ま、蜂須に異性として好かれるような事をした覚えはないし、当然の結果ではあるが。
しかし、分かっていてもショックなのは変わりない。
だが、それはそれとして、今は話を先に進める方が先決だ。
「でも、僕が蟻塚さんに『蜂須さんと付き合ってる』って告げたら、変な噂が広まったりしないか?」
「あたしが偉そうに言えた話じゃないけど、あの子、碌に友達いないでしょ。あたしがあんたの偽彼女だという情報を流したところで、無関係な奴らに噂が広まる心配は殆どないと思うわ。」
「確かに、それもそうか。じゃあ、偽彼女役をよろしく頼む。」
「ええ、任せて。」
本当は「偽」でない方が嬉しいが、この際仕方ない。
蟻塚や蝶野会長からの不用意なアプローチを避けるため、僕は蜂須と正式に契約を交わしたのだった。
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