第56話 アルバイト
蟻塚に捕まった僕は、仕方なく彼女と共に街へと繰り出した。
と言っても、これまで碌な友達がいなかった僕達に、まともな遊び場所などそうそう思いつく訳もない。
その上、今の僕はお小遣いの残高も少ない状態なので、あまりお金を使う場所は厳しい。
こんな状態では、行ける場所が相当限定されてしまうのは言うまでもないだろう。
暫し歩き回った末、僕達は結局街のショッピングモールに足を踏み入れる事になった。
「せっかくのデートなのにお金がないなんて、先輩は何を考えているんですか? 女の子をリードするのが男性の役目ですよね?」
「君がいきなり僕を誘ってきたからだろ。高校生に経済力を期待しないでくれ。」
社会人であるならともかく、僕は一般庶民の高校生。
それにアルバイトも一切していない。
デートのために使えるお金なんて、殆ど持ち合わせていないのだ。
もし本当に僕に彼女が出来たら、アルバイトしてお金を稼ぐ事も考える必要がありそうだな。
現時点では、そんな日が来るとは思えないが。
「それで、何処へ行くんですか?」
「この前、蜂須さんに紹介してもらった喫茶店……は、駄目だよな?」
「当然です。確かにあのお店のコーヒーは安くて美味しかったですけど、初デートで二番煎じの場所に行きたいと思う女子高生はいませんよ。」
僕は一言もデートとは言っていないんだが、蟻塚はどうやら本気でこれがデートだと思い込んでいるらしい。
ここに至るまでの経緯や発言を鑑みれば、蟻塚が僕に好意を抱いているのは間違いないと、さすがに僕にも理解できる。
だけど、なぁ。
蟻塚は、容姿も能力も、僕とは明らかに釣り合わないレベルの後輩だ。
そんな後輩に好意を寄せられて、嬉しく思わない男子高校生などほぼ皆無だろう。
しかし、先程の蟻塚が垣間見せた異常性や、あまりにも強引なやり口をそのまま受け入れる事は、僕には出来ない。
もし、仮に僕がこいつの気持ちに応えたとして。
果たして、僕達はまともなカップルとしてやっていけるだろうか。
深く考えるまでもなく、答えは明白。
脅しを掛けるような真似を平然とやれる奴を彼女にするのは、あまりにも危険だ。
例え、外見がスタイルの良い美人であったとしても、受け入れられるはずがない。
だが、蟻塚に今それを直球で伝えてしまうのは憚られる。
今の蟻塚には、何をしでかすが読めない怖さがあるからな。
ここは適当に合わせ、はぐらかすのが最善手だろう。
そう結論付けた僕は、ショッピングモール内のレストランに足を向ける事にした。
「ここへ入ろうか。」
「構いませんよ。先輩と一緒なら何処へでも行きます。」
何処へでも?
さっき「あの喫茶店は嫌だ」って言ってなかったっけ?
秒で主張が変わるのは何なんだ。
こいつ、僕に対しては何をやっても良いと思ってるだろ。
まあいい、さっさと店に入って――
「いらっしゃま……って、あ、あんた達、何でここに!?」
僕達を出迎えた店員は、ウェイトレスの服を着た、金髪サイドポニーのギャルっぽい……って、どう見ても蜂須じゃないか!
学校の制服姿や、先日見た私服姿とはまた違う装いだが、着ている本人の素材が良いためか、普通に可愛いな。
僕のような陰キャがギャルに対して抱く事の多い、特有の取っつき難さも程よく相殺されていて、素直に好感が持てる。
恰好を見るに、どうやら、蜂須はここでアルバイトしているようだな。
蜂須がこのショッピングモール内の喫茶店をよく利用している、と言っていたのは、バイト先が同じモール内にある事も関係していたのかもしれない。
「僕達は、普通に適当な店に入っただけのつもりだったんだけど……。」
「蜂須先輩、こんにちは。私達、今はデート中なんです。ここのお店に入ったのはたまたまですよ。」
「は、デート? あんた達、マジで付き合ってるの?」
「蟻塚さんの嘘を鵜呑みにしないでくれ。それよりも、早く席に案内してくれないか?」
このまま蟻塚に喋らせると、蜂須にまで余計な勘違いをされかねない。
僕が蜂須を急かすと、真面目な彼女も勤務中にこれ以上の私語は宜しくないと判断したのか、すんなりと僕達を席に通してくれた。
まだ夕食前の時間帯であるため、店内は空いているので、蟻塚が多少変な言動に出たとしても注目を浴びる可能性は然程高くなさそうだ。
「で、何を注文するかは決まってるの?」
「僕はアイスコーヒーで。」
「じゃあ、私も先輩とお揃いでお願いします。」
「はいはい。じゃ、伝票ここに置いとくから。」
注文を聞き届けた蜂須が席から離れていくと、僕の正面に座っている蟻塚が、何故かジト目をこちらに向けてきた。
さっきまではずっと笑顔だったのに、一転して機嫌が急降下したように見えるが……。
「先輩って、やっぱり蜂須先輩みたいな方が好みなんですか?」
「な、なんだよ急に。どうしてそう思うんだ?」
「ついさっき、ウェイトレス姿の蜂須先輩に見惚れていましたよね?」
「いや、別にそんな事は……」
まあ、なくはない、か。
実際、蜂須は美人だし、性格も良い。
僕の知り合いの女子の中で誰か1人と付き合う事になるとしたら、僕はきっと蜂須を選ぶだろう。
「満更でもない、って顔ですね?」
「は? あんた、それ本当なの?」
「だ、だからそんな事は……って、は、蜂須さんっ!?」
いつの間にか注文した飲み物をトレイに載せて持ってきた蜂須が、呆れたような顔で僕達を見下ろしていた。
これまでの会話をばっちり聞かれていたのか、蜂須の顔が普段よりも若干赤くなっていて、強気と照れが融合したその表情はなかなか――って、だから何で僕はこんな事を考えているんだ!?
「今のは、そこの蟻塚さんの冗談って事でいいのよね? 勝手にあんまり馬鹿な話をしてたら、前にあたし達にちょっかい掛けてきたあいつらと同じになっちゃうわよ?」
「分かってる。悪かったよ、蜂須さん。」
ある事ない事を適当に言いふらすのは、僕達を陥れようとしてきたギャル連中と大差ない所業だ。
自分達がそのせいで嫌な思いをしたのに、ここで同じような行為をしてしまうのは、明らかに駄目だよな。
「違うんだったら、紛らわしい事言わないでもらえる? あたし、一瞬ドキッと……コホン! それじゃ、あたし仕事に戻るから。ごゆっくり。」
飲み物の入ったグラスをテーブルに置いた後、蜂須はそそくさと去っていく。
今の蜂須、割と本気で照れているように見えたのは、僕の気のせいか?
でも、あの蜂須が僕に対して照れるなんて、常識的に考えてあり得ないよな。
うーん、実際のところはどうなんだろう。
「ちっ! やっぱり、あの人が一番の強敵のようですね。何とかしなくては……」
「蟻塚さん、どうしたんだ?」
蜂須が消えていった方角を睨み付け、蟻塚は小声でボソボソと何かを呟いている。
耳を澄ませば何とか聞き取れそうな声量だったが、蟻塚の表情に鬼気迫るものを感じた僕は、聞かない方が良いと判断して視線を逸らした。
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