第29話 集う少女達
「初めまして。私は、1年E組の蟻塚美波です。」
「あたしは、そこの蜜井と同じ2年C組の蜂須綾音よ。あんたにもあいつらの事で少しばかり迷惑を掛けてるみたいで、申し訳ないわね。」
ショッピングモールのエントランスで、金髪ギャルの蜂須と清純系黒髪女子の蟻塚は、互いに恭しい態度で自己紹介を済ませた。
傍から見る分には違和感しかない組み合わせの2人だが、どちらも中身は真面目だからなぁ。
1つ気に掛かる事があるとすれば、どちらも強気な性格である点が心配なくらいか。
まあ、蟻塚はともかく、蜂須は無闇矢鱈に喧嘩を売るような真似はしないから、多分大丈夫だろう。
「もしかして、私が図書委員の仕事中に蜂須先輩のご友人と揉めた事、そこの先輩から聞いていたんですか?」
「ええ、まあね。そういえば、蜜井はこの子に先日の昼休みの事、もう話したの?」
「いや、まだ話してないな。良い機会だし、もし時間があるならこの場で説明するのも吝かではないけど。」
「もしかして、何かあったんですか?」
そう問い掛けてくる蟻塚の表情には、不安の色が薄っすらと表れているように見える。
いつも強気な彼女だが、ギャル連中と揉めた時の事は、意外と堪えていたのかもしれないな。
次にギャル連中が動き出す機会があれば、僕と関わりのある蟻塚も標的になる可能性は充分に考えられる。
「ああ、実は――」
「クククッ! それについては、この私の口から説明させてもらおうか!」
「うぇっ!? ちょ、蝶野会長!? いつの間に!?」
背後から唐突に現れないでくれよ、会長っ!
びっくりし過ぎて、思わず跳ねてしまったじゃないか!
「ハハッ、驚いてくれたようで何よりだ。もし私に友人という存在が出来たら、こういう事をやって驚かせてみたい、と昔から思っていたのだよ!」
「そんな事を言われたら、怒り辛くなるんですけど。悲しいエピソードをいきなり投下しないでくださいよ……。」
得意気に笑う蝶野会長の私服は、上下ともに真っ黒で、長袖のシックなシャツに、裾がふわりと広がるフレアスカートを組み合わせている。
また、同じく真っ黒なハンチング帽を頭に被っていて、全体的に……いや、これ物凄く不審者っぽい恰好なんですが。
中二病の人は黒い服装を好むというのは、本当の話だったんだな……。
「その恰好、暑くないんですか? もう5月も終わりが近いですし、もっと涼しい服装の方が良いのでは?」
呆れながら蟻塚が苦言を呈しても、蝶野会長は全く堪える気配がない。
それどころか、誇らしげに胸を張り、口元に薄い笑みを浮かべている。
「大魔導士である私にとって、これは制服のような物だからな! 多少の暑さはあるが、我が冷却魔法の前には些末な問題に過ぎん!」
「先輩、この人の台詞の翻訳をお願いできますか?」
「僕は翻訳機じゃないぞ。自分の力で頑張って理解してやってくれ。」
蜂須といい蟻塚といい、ナチュラルに僕を蝶野会長との間に挟もうとするのは何なんだ。
そもそも、2人共に学業の成績は優秀なのだから、その気になれば会長の言葉の意味は通訳無しでもある程度理解できるはずだろ?
こいつら、面倒事は全部僕に丸投げすればいい、と思ってないか?
とりあえず、翻訳のお願いはスルーして、さっさと話題を切り替えて逃げるべきだな。
「コホンッ。これで一応全員集まった事だし、場所を移動しよう。蟻塚さん向けの説明を会長にしてもらうのは、それからの方が良いだろうし。」
「蜜井、ちょっと待って。その話をする前に、まず蟻塚さんが時間空いてるかどうか聞かなきゃ駄目でしょ。買い物帰りみたいだしね。」
「私はこの後に用事は入っていないので、大丈夫です。それに、先輩がどうやって蜂須先輩と仲良くなったのか、個人的に興味もありますので。」
ニッコリと微笑んでいる蟻塚の目に、妙な圧のような物を感じるのは僕の気のせいだろうか?
さっきも思ったが、この子、今日は少し機嫌が悪いように見えるな。
特に怒らせる事をした覚えは僕にはないので、今日の蟻塚は元々虫の居所が悪かった、と解釈して流しておくしかないか。
「じゃあ、このショッピングモールの中にある喫茶店に行きましょ。この辺りの喫茶店の中でもデザートが結構充実しているから、個人的にお勧めの店なのよ。」
そう言って先導する蜂須についていくと、お洒落な立て看板が特徴的な喫茶店が見えてきた。
看板には、如何にも女子受けしそうなメニューのラインナップが並んでいて、店内の窓から見える客の姿は予想通り女性がほとんどを占めている。
女子と一緒じゃなければ、僕には到底入れない店だな。
やや気が引けながらも、今は蜂須達と一緒なので問題ないだろうと気持ちを切り替えて入店すると、僕達は店の端にある4人掛けのボックス席へと案内され、そこに座る事になったのだが。
「先輩、男の人は通路側ではなく奥の席に座るのがマナーですよ。」
「え? そうなのか?」
蜂須に続いて、僕が彼女の隣に座ろうとすると、蟻塚に呼び止められてしまった。
そんなマナー、聞いた事がないんだが、本当にあるんだろうか?
反応に困って僕が立ち尽くしていると、蟻塚はいきなり僕の腕を引いてくる。
「ほら、早く座ってください。」
「あ、ああ。分かったよ。」
男が奥の方の座席に座るべき、というマナーが実在するのかどうかは分からないが、いつまでもこんな所で立ち尽くしている訳にもいかない。
止むを得ず、言われるがまま僕が蜂須の正面へ回り込んでソファに座ると、蟻塚は僕の後ろにぴたりと続き、僕の隣に腰を下ろした。
彼女が持っていたレジ袋は、ソファの通路側の端に置かれ、レジ袋のスペース分、蟻塚は僕との距離を詰めてくる。
ほぼ密着状態になっているせいか、蟻塚が発している爽やかな香水のような匂いが僕の方にまで届き、鼻の奥をさらりと撫でてきた。
「むむっ……。わ、我が友の隣を奪われるとは、な。」
この面子の中で、蝶野会長と最も親しい間柄にあるのは恐らく僕だろう。
だからなのか、会長は僕の隣の席を確保したかったらしく、悔し気にこちらを見ていた。
顔を引き攣らせた彼女は、憮然とした面持ちで僕の斜向かい、蜂須の隣に座る。
すると、会長と向かい合う形となった蟻塚は、会長に無言の笑みを向けた。
何なんだ、この雰囲気は。
蟻塚と会長の間に、まるで火花が飛び散っているかのような錯覚が見えたのは、僕の気のせいだろうか。
じりじりと不安を膨らませる僕をよそに、正面の席でアイスコーヒーを啜っていた蜂須が、話の本題に入った。
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