第30話 火種
蜂須は、つい先日ギャル連中とやり合った時の事を、洗いざらい蟻塚に説明した。
僕と蜂須がギャル連中に目を付けられている事、蝶野会長の仲裁によって一時的に事態は解決している事。
そして、次にギャル連中が動き出した場合、僕達と同様にあいつらと因縁のある蟻塚までもが標的にされる可能性がある事。
それら全ての話が終わると、蟻塚は神妙な面持ちで口を開いた。
「あの人達と揉めているらしい事は知っていましたけど、さすがにそこまで話が大きくなっているとは思いませんでした。」
「あたしの友達のせいで、蟻塚さんにも色々と迷惑を掛けてしまって申し訳なかったわね。」
「いえ、あの人達の横暴ぶりは、蜂須先輩のせいではありませんよ。」
「ありがとう。そう言ってもらえると、少し気持ちが楽になるわ。」
強張っていた蜂須の表情が、安堵したかのように緩む。
問題の発端の1つが、球技大会で蜂須とギャル連中が揉めた事であるだけに、真面目な彼女は強く責任を感じていたようだ。
もっとも、蟻塚もギャル連中と派手にやり合っているので、一概に蜂須だけが原因という訳でもないが。
「今日は、今後のあの人達の対策をするために、先輩方がこうして集まったんですか?」
「いいえ、違うわ。あたしを助けてくれた会長と蜜井に、きちんとお礼をしたいと思って呼んだのよ。」
「なるほど、そういう集まりでしたか。」
蜂須と蟻塚が言葉を交わしている間、蜂須の隣に座っている蝶野会長は、下を向いて何かを触っている。
一体何をしているんだろう、と思った僕が彼女を横目で観察していると、僕のポケットに入っているスマホが唐突にブルブルと震えた。
家族以外で連絡先を交換している人間は、この場に全員揃っている。
という事は、メッセージの送り主は両親である可能性が高いか。
とりあえずスマホを取り出して画面を見てみると……って、何だこりゃ。
「我が友よ。今日の私の姿は、どう思う? 大魔導士の風格が滲み出た姿であると自負しているのだが、感想を聞かせてもらえないだろうか。」
おいおい。
ここにきて、何でまた服装の感想を求めてくるんだよ……。
というか、目の前にいるんだから直接話せば良いだろうに。
蜂須と蟻塚に気を遣っているつもりなのかもしれないが、人が話をしている隣でスマホをポチポチと触っているのも大概失礼だと思うぞ。
「あのー、会長。普通に喋りませんか?」
「なっ、何で直接話し掛けてくるのだ!? これではメッセージを飛ばした意味がないではないか!」
「先輩方、さっきから何の話をしているんです?」
「会長がスマホを触ってるのが隣でちょっと見えたんだけど、もしかして、会長は蜜井宛てにメッセージを飛ばしてたんですか?」
「い、いや、そのだな……。2人が喋っている間、ひ、暇だったものだから、つい……」
僕と蝶野会長は斜向かいの位置関係で座っているので、僕が直接声を上げれば、当然ながら蜂須と蟻塚もそれに気付く。
集中砲火を浴びる形となった会長は、冷や汗をかきながらしどろもどろに弁解を始めたが、適当な言い訳が通用するはずもない。
たじたじになっている会長に、蟻塚はフフンと鼻を鳴らして挑発的に口角を吊り上げた。
「生徒会長ともあろう人が、人付き合いのマナーに疎いのは頂けないですね。良い歳なんですから、人に対する礼節をもう少し弁えた方が良いと思いますよ。」
「蟻塚さん、思い切りブーメランが後頭部に直撃してるけど大丈夫か?」
先輩である僕や会長への態度を鑑みれば、蟻塚も人付き合いのマナーがしっかりしている、とは到底言えないと思うぞ。
本人に自覚があるのかどうかは知らないが。
「先輩は、一体どっちの味方なんですか?」
「ククク! 当然、この私の味方に決まっているだろう!」
「私は会長じゃなく先輩に聞いたんです! 会長は少し黙っていてください!」
「ちょっ、店内で大声出して喧嘩しないでくれよ!」
男1人に女3人という歪な組み合わせのせいもあってか、周囲の客や店員からの視線がやたらと痛い。
しかし、僕が声を上げたお陰か、ヒートアップしていた彼女達も多少落ち着きを取り戻したらしく、半ば浮いていた腰を再びソファに降ろした。
蝶野会長も蟻塚も、元来は真面目な優等生であるため、みっともない大喧嘩をすんなり止める程度の理性はまだ残っていたようだ。
だが、やれやれ、と一安心したのも束の間。
呆れたように溜息を吐き出した蜂須が、ギロリと鋭い眼差しを僕に向けてきたのだ。
「あんた、この2人と一体何があったのよ?」
「僕に聞かれても困る。」
蝶野会長は、これまで友人に恵まれなかったが故に、それなりに仲良くなった僕に固執しているのだろう。
彼女は蜂須や蟻塚ともそれなりに話せる仲になっているものの、中二病キャラが災いして、僕ほどは仲良くなれていないしな。
まあ、僕も会長の中二病キャラには未だに慣れていないんだけど……。
それはともかく、今問題なのは、会長ではなく蟻塚の方だ。
最近、蟻塚とは学校で毎日のようにすれ違っている。
更に、今日は休日であるにも拘わらず、こうして顔を合わせる事となった。
これらはさすがに偶然に過ぎないのだろうが、蟻塚の態度の変化は、偶然の一言では説明がつかない。
僕と知り合った当初の蟻塚は、誰に対しても容赦のない毒舌をぶちまける性格であった。
だが、ここ最近、僕への態度が明らかに軟化しているように感じるのだ。
現に今、蟻塚は会長を出し抜いて僕の隣を確保し、袖が触れ合う程に僕に密着してきている。
そのお陰で、長い黒髪から漂うトリートメントの爽やかな香りや、香水の甘い匂いが僕の鼻を強烈に刺激し、否応なしに緊張を強いてくるのだ。
更に、至近距離に入っているせいで、意識せずとも蟻塚の美貌が目に入ってきてしまう。
黒髪の隙間から覗く白い耳や、ほんのりと赤らんだ顔、大きくて丸い瞳、艶やかな桃色のリップ。
1つ年下の少女らしからぬ大人っぽい色香は、僕にとっては刺激が強過ぎる。
しかしながら、それほどの美少女が僕に懐いてくれているという事自体が、やはり腑に落ちない。
蟻塚は、何が切っ掛けで変わり始めたのだろうか?
「お待たせしました。ご注文の品をお持ちしました。」
「あ、注文してたやつが来たわよ。ほら、どんどん食べて。」
僕の思考を断ち切るように、台車に載せられたデザートのお皿を店員が持ってきた。
せっかく旨そうなデザートが来た事だし、蟻塚の態度の変化については、後で考えればいいか。
蜂須お勧めのデザートの味が如何ほどのものか、堪能させてもらうとしよう。
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