第31話 喫茶店の修羅場

 陰キャな男子が、女子達と一緒に喫茶店でデザートに舌鼓を打つ。

 しかも、一緒に連れている女子3人は全員が美少女。

 そんなあり得ない状況を、僕は今、リアルタイムで身をもって体験している。

 全国の男子高校生にとっては、まさに夢のような状況と言えよう。

 だが、残念ながら、今の僕には心の余裕というものがあまりない。


 自分が注文した、カラメルソースの掛かったバニラアイスは、蜂須お勧めの一品であり、程良い甘さと冷たさが、舌から口内いっぱいに広がる。

 値段は相応にやや割高だけど、それに見合うだけの美味しさだ。


 その美味を堪能したい気持ちは山々なのだが、評判通りの絶品を味わう僕の肩を、先程から何度もトントンと叩いてくる存在がいる。


「先輩。私と一口交換しませんか?」

「いや、そういうのはちょっとな……。」


 以前よりも毒気が薄くなった蟻塚が、ニコニコ顔で自分のスプーンを僕に差し出してくる。

 彼女が注文したのは、色鮮やかな果物をこれでもかとトッピングした杏仁豆腐であり、初夏にぴったりの清涼感溢れるスイーツだ。

 見た目からして美味しそうなそれが気にならない訳ではないのだが、彼女でも何でもない女子と食べ物を一口交換するのは、陰キャにとってはあまりにもハードルが高い。

 だからこそ、僕は何度もやんわりとお断りを入れているのだが、蟻塚はまるで納得してくれない。


「自分で言うのもなんですが、私みたいな美少女と一口交換できる機会なんて、滅多にあるものではないですよ? まして、先輩みたいに地味で冴えない人にとっては猶更です。光栄だと思わないんですか?」


 うん、前言撤回。

 この子、やっぱり毒舌だ。

 僕を貶す事に一切の躊躇がない。


「もう一度言うが、遠慮しておく。そういう行為は、親しい奴とやるものだろ。」

「うむ! 彼の言う通りだな! この私と彼のように、懇ろな間柄でのみ許される行為だ!」

「会長は少し黙っててもらえますか? ただでさえ蟻塚さんが変な事を言ってきているのに、余計に話がややこしくなるんで。」

「むむぅ……。私も一口交換したかったのに……。」


 蝶野会長もしたかったのかよ!

 生徒と距離が近い生徒会長、と言えば聞こえは良いが、この人の場合はそうじゃないからなぁ。


「あら、生徒会長という立場の方が恋人でもない男子と一口交換するのは、風紀的に問題があるのでは?」


 蟻塚は、蝶野会長が見せた隙を逃さず、容赦なく突っ込みを入れる。

 彼女の突っ込みは至極真っ当なものであり、生徒達の規範となるべき存在の生徒会長の振る舞いには本来一片の曇りも許されないはずだ。


 ――え?

 普段の中二病の言動はいいのか、って?

 もちろんアウトだよ、当たり前だろ。

 本人は全く問題だと思ってなさそうだけどな!


「ククク! そこらの凡夫とこの私を一緒にしないでもらいたい! 大魔導士である私は――」

「あの~、お客様。周囲のお客様のご迷惑になりますので……」

「うっ……!」


 蝶野会長が大声を出したために、近くを通り掛かった店員から注意を受けてしまった。

 それだけならまだしも、近くの席に座っている他の客達にも今の中二病発言はバッチリ聞かれていたらしく、店内のそこかしこから、クスクスと笑い声が漏れ出してくる。


 これ、蝶野会長だけじゃなく、僕達も嘲笑の対象にされているよな?

 どうして、僕達までもがこんな辱めを受けるハメになるんだよ……。

 会長に一言文句を言ってやりたいところだが、僕が口を開くよりも先に、蜂須がテーブルを軽く叩いた。


「あんた達ねぇ、バカ騒ぎするのはいい加減に止めなさいよ。周りの人に迷惑でしょ。それに、あたしの行きつけのお店なのに、今度から顔を出しにくくなっちゃうじゃないの。」

「す、すまなかった。この私ともあろう者が、少し調子に乗り過ぎてしまったようで、面目ない。」

「私も、騒いでしまってすみませんでした。」

「僕も悪かった。もっとキツく2人を止めるべきだったな。」


 蜂須が先日のお礼と言ってこの店に連れてきてくれたのに、彼女の顔に泥を塗るような真似をしてしまった。

 まあ、僕はどちらかというと巻き込まれた側ではあるんだが。

 ともかく、騒ぎを起こしてしまった点については、猛省が必要だろう。


 騒ぎを巻き起こした主犯2名も、今は申し訳なさそうな顔で蜂須に謝罪している。

 僕達が素直に反省の態度を見せたからか、蜂須は表情を緩め、大きな溜息をついた。


「全く。いつまでもここにいたら周りの視線が恥ずかしいし、さっさと食べて外に出ましょう。」

「そうだな……。」


 本来であれば、呑気に雑談でもしながらデザートに舌鼓を打つところなのだが、さすがに居心地が悪いので、仕方ない。

 僕は一言も喋る事なく、無心でアイスを口に運び、濃密な甘さを味わう。

 しかしながら、その甘さを堪能する程の余裕もなく、デザートの皿はすぐに空になった。


「蜂須さん、ご馳走様。」

「ご馳走様でした。」

「ククッ、美味であったぞ! ご馳走いただき、感謝する。」

「どういたしまして。って素直に言いたいところだけど、あんな騒ぎはもう勘弁してよね。」


 喫茶店での飲食を蜂須の奢りで済ませた僕達は、彼女の小言を浴びせられながらも喫茶店を後にし、再びショッピングモールのエントランスまで戻ってきた。


 蜂須のお礼、という名目で今日は集合した訳だし、その目的が済んだ以上、ここで解散するのが自然な流れであろう。

 とはいえ、思っていたよりも早く喫茶店を出てしまったので、13時に集合してからまだ1時間も経過していない。

 土曜日のこの時間は、まだまだ遊び盛りな時間帯であり、帰るにはまだ早過ぎる。


「蜂須さん、この後の予定はどうするんだ?」

「特に考えていないわね。あんた達が行きたい場所があるなら付き合うけど? でも、蟻塚さんは買い物帰りだったわよね?」


 蟻塚はレジ袋を複数抱えているので、このまま遊びに行く訳にはいかない。

 単純に荷物になる上に、初夏の時期に食材を冷蔵庫に入れずに長時間持ち回ると腐りやすくなってしまう。


「そうですね。名残惜しいですけれど、私はここで帰る事にします。あ、そうだ、先輩。荷物持ちをお願いして良いですか?」

「どうしてそこで僕に振るんだ……。」

「後輩の女子が、これだけの荷物を抱えて1人で帰宅するのに、先輩は心配してくれないんですか?」

「毎週それだけ買い物して帰る、って自分で言ってただろ。それに、僕達と出会う前からそれだけ買い込んでいたのは、1人でも充分に持ち帰れる分量だと判断したからじゃないのか?」

「まあ、確かにそうですけど……。」


 いつも強気な蟻塚が、珍しくシュンとした表情を見せる。

 理不尽な命令であるとはいえ、後輩の女子にそのような顔をされると、こちらとしてもこれ以上強く断り辛いんだよなぁ。

 蟻塚とはそれなりに仲が良い方だし、邪険にするのも気が引ける。


「はぁ、仕方ないな。家まで荷物持ちに付き合うだけで良いなら、手伝うよ。」

「本当ですか!? ありがとうございます、先輩!」

「お、おう。」


中身はともかく、蟻塚は外見が抜群に良いので、キラキラした笑顔を向けられると破壊力がヤバいな。

これで毒舌がなければ、本当に非の打ち所がない子なのになぁ。


「ククク! それならば、私も付き合おう! 3人で手分けすれば、かなり楽になるだろう?」

「いや、さすがにこれ以上人数は必要ないです。先輩だけで充分ですよ?」

「心配は無用だ! 私も、この後は特に予定が入っていないので――」


 蝶野会長が強硬に食い下がろうとした、その時だった。

 周囲を行き交っていた通行人の1人が、会長の後ろで足を止め、怪訝な眼差しをこちらに向けてきたのだ。

 いち早くその存在に気付いた僕が、「誰だろう?」と首を傾げたのとほぼ同時に、足を止めた通行人の女性が会長の肩にポンと手を置いた。


「ねぇ、桃華? こんな所で、あんた何をやってるの?」

「え――?」


 後ろを素早く振り返った蝶野会長の顔色が、みるみるうちに青褪めていく。

 そのリアクションから察するに、この通行人の女性は、どうやら会長の知り合いで間違いなさそうだ。


 だが、僕の知る限り、会長に友人はいないはず。

 まして、名前で呼び合うような間柄の人となると、この通行人の女性の素性はある程度絞られる。


「あの、どちら様ですか?」


 意を決して、僕は通行人の女性に素性を直接尋ねてみる事にした。

 すると、女性はクールな面差しで、僕が予想していた通りの答えを返してきたのだ。


「初めまして。わたしはね――そこの桃華の、姉よ。」

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